東京・霞が関。
 日本の中枢だった場所で、国見大吾はパソコン画面を眺めていた。
「ちっ……」
 朝宮の暴走。アトラク・ナクア・ホロウの露見。
 潰れた計画に、国見は嘆息する。
「やはり、何事もうまくいかないね」
 そう呟いて、ノートパソコンを閉じた。
 もともとは、失敗も織り込んだ計画だった。とはいえ、こうして明確に失敗したとなると、さすがに少し落ち込む。
 呪力保持者を最も多く保有する自衛隊。その能力が最大限に生かされるのは、やはり変種を相手にした非正規戦だ。呪力保持者でなければ、変種を相手に対抗はできない。
 米軍のアルミュールは少々想定外だったが――。それでもまだ、日本のリードは信じられるレベルにあった。何より、鈍重なアルミュールと違って、個人のスーパーマンは小回りが利く。
 だが、その計画も潰えた。アトラク・ナクア・ホロウがやられた以上、変種が再発することはもうないだろう。そうなると、今度は特殊部隊的な運用が売りか。銃弾も通じないメンバー。戦力としては申し分ない。
 そんなことをつらつら考えながらコップに入った水を飲んでいると、扉がノックされた。続き、一人の男性が入室してくる。
「……? どうしたんだい、八雲君」
 八雲悠介。蘇生させられた、国見の護衛。
 話しかけて、気づく。
 アトラク・ナクア・ホロウがやられた以上、蘇生させられた変種は順次、死滅していくはずだ。彼がまだ生きているのは謎だが、期限は近くなっている。
 そんな彼が、この場で死なれては、いかにもまずい。
「八雲君、すぐに霞が関の外へ……」
「首相。計画は終わりましたね」
 剣と化した腕を振るい、悠介は国見を見やる。
「あなたを殺せば僕も死ぬ。そう言われていたからこそ、手は出しませんでした。あるいは、それは僕の弱さだったのかもしれませんが」
「な、何のことだ」
 悠介の放つ気迫。
 それに、数々の国会で優勢を築いてきた国見大吾が、恐怖している。
 そう、それは、人間という存在にある、生まれながらの恐怖。
 死――。
「ゲームセットです。なら、あなたも罰を受けるべきだ」
「だから! 何を言っているんだ、君は!」
 呪力保持者には銃弾が通じない。
 殺そうとして殺すことなど、普通の人間にはできやしない。
 それがゆえの、最強の駒。
「八雲家では、力はケモノに向けるべきと教わります。それ以外に向けぬよう、心を律する必要がある、と。ですが、僕はPMCに入り、世界の戦場を見て歩きました。その最中で力も使った。両親に知られたら、きっと怒られたでしょうね。祖父は僕に甘かったので、何も言いませんでしたが」
 悠介の腕が――剣が、国見を指す。
「要するに僕は、八雲家……、正確に言うなら、呪力を伝えてきた血筋の中でも不良だということです。人に力を躊躇なく向けられるくらいには」
「や、やめっ……!」
「悪党が命乞いなどするものじゃない」
 一閃。
 空気を裂いた剣は、そのままの勢いで、人間の首さえ吹き飛ばす。
 首から上が塵となって消えた国見大吾は、そのまま床に倒れ伏した。
「……アメリア。恵美を守ってくれて、ありがとう」
 小さくつぶやき、そのまま悠介もゆっくりと倒れた。
 死者は死者へ。
 正しき姿へと還っていく。



 陸自の車両は、とかく乗り心地が悪い。
 だが、それでも文句は言えまい。全力を出し尽くした今、アメリア・ラッセルは自分の足で歩くこともできない状態だった。
 ふと、後続の車両で治療を受けている葛原が心配になった。甲斐のことだから変なことはしないと思うが、これほどの振動だ。もしかすると、次に会う時は手と足が逆についているかもしれない。
 その想像にくすりと笑いながら、揺さぶられるままに右へ左へ。ごろごろ転がるアメリアを、フィオナが抱き留める。
「何をしているの、あなたは」
「振動を堪えることもできないのよ……」
「まあ、当然ね。あれは完全なオーバーワークだったわ」
「しょうがないでしょう」
「……やはり、生来の呪力保持者というのは、違うのね」
 自分を抱き留めるフィオナを、アメリアは見上げる。
「やっぱり、あなたも呪力保持者なのね」
「そうよ。レイナの作った薬品、それを米軍が解析・コピーした量産品の実験体」
 甲斐はもともとアメリカで研究を行っていた。大災害直前に日本入りしていたため、アメリカの研究施設とはやり取りすら困難になった。
 そんな中、生き残った米国側の研究員たちは、米軍と組む道を選んだ。甲斐の研究成果だったBアンプルを解析し、コピーを施した。とはいえ、甲斐は全てのレシピや研究ノートを残してくれたわけではない。完全な成功例は甲斐が日本に持って行ってしまったため、残されたデータから類推することしかできなかった。
「米軍の作ったコピーアンプルは、たいした効果もないわ。投与された人間の9割は死んだ」
「そんなに……」
「それでも投与をやめなかった、あの研究グループは本当に頭がおかしいわね。私は、その数少ない成功例。といっても、呪力量はたいしたことないわ。ナナよりはマシだけど、呪力保持者を名乗るには足りない。そんな程度」
 はぁ、とフィオナは嘆息した。
「本当なら失敗作よ。いくらこんな世の中といえど、米軍が秘密裏に、そんな危険性の高い薬品を作っていると知られるのはまずい。失敗した私は、処分されてもおかしくなかったわ」
 それを、あの男が――大統領が拾った。
「私の能力を使えば、別の計画に役立つと。それが、アルミュール計画。私は、アルミュールが内蔵している貯蔵呪力タンクの力を自分に送り込むことで、アルミュールのパワーを一時的に引き上げることができるわ」
「すごいじゃない」
「より正確に言うのなら、機械を呪力でコーティングできる、ってことかしら。私自身の保有呪力量は決して多くない。けど、それを別の手段で補えれば、もっと力を発揮できる。それを考えついた大統領もたいしたものだけど、それを実践したディラン中佐も、やっぱりたいした男よ」
「でも、あなたがいなければ、その計画はならなかったわ」
「ならない方がよかったかもしれない」
 つぶやき、フィオナは顔を伏せる。
「私が日本に来たのは、合同演習のためなんかじゃないわ」
「……じゃあ?」
「あなたたちを殺すため。日本という国で呪力保持者の排斥運動を起こさせ、呪力保持者を撲滅するためよ」
「呪力保持者を……?」
「そう。呪力を持った人間がいなくなれば、必然的に、変種への対抗策はアルミュールだけになるわ。同時に、日本は変種に対するアドバンテージを失い、アメリカが以前のように世界の警察となる」
「そんなことを考えてたの」
「言っておくけれど、発案は私ではないわよ」
「わかってるわ」
 アメリアはくすりと笑う。
「どうせ、あの大統領でしょう? 災害前から、強いアメリカを取り戻すって、ずっと言っていたものね」
「そう。私は、そんな彼に付き従った。抵抗しなかった。強い自分を演じ、彼の庇護下で生きていこうとしていた……」
 今から思えば、そんな自分がよくわからない。どうして彼に従ったのか。何故、アルミュール計画に乗ろうと思ったのか。
 もちろん、最初のきっかけはある。計画に乗っていなければ、中途半端な存在である自分は、殺されていたかもしれない。
 その恐怖はあった。だが、従い続けたのは、きっと違う。
「……私は、何も考えていなかった。自分の足で歩けていなかった。子供のようなものね」
「でも、今は違うわ」
 アメリアとフィオナの視線がぶつかる。
「大統領の命令に従えば、あたしを守る必要なんかなかったでしょう? 命がけでアンラ・マンユに挑み、あたしを助けてくれた。あなたがいなければ、あたしは殺されていたわ」
「それは……」
「だから、ありがとう、フィオナ。助かったわ」
 フィオナ・クローゼは視線をそらし、鼻を鳴らす。
「あなたのためではないわ」
「助けてもらったらお礼を言うものよ」
 ねえ、とアメリアは続ける。
「確かに、人間には汚いところもある。でも、そうでない馬鹿もいるのよ。あたしはそれを知っている。傷つくことはたくさんあるけど……、逃げなければ、希望だってあるわ。あたしは、大切な人に、それを教えてもらった。あの言葉が胸にある限り、あたしは進んでいける」
「……」
 そう、と小さく言ったフィオナは、アメリアの頭をなでた。
「私もなれるかしら。あなたみたいに」
「いつでも」
「……そうね」
 小さく微笑んだフィオナ。その笑顔に、アメリアもまた、つられて笑った。
 直後、大きく揺れた車両の床に頭をぶつけ、涙目となったが。



「恵美さん! お医者さんが来ましたよ!」
 和室に駆け込んだ井出は、恵美のそばにひざまずく。
 遅れて、英彦と片浜、それに初老の医者が飛び込んできた。
 片浜が小脇に抱えてきた医者は、恵美の横に座ると、腕の包帯をほどいていく。
 そして見えたのは――。
「え?」
 血まみれの包帯。著しい出血をしていたのは間違いない。
 なのに、そこには、綺麗な肌だけがあった。
「どういう、こと?」
 足の包帯もほどくと、同じように傷跡など、どこにもなかった。
「あ、ありえません。確かにベヒーモスの生み出した呪力獣に貫かれたはずです!」
「それは全員が見ているから間違いないだろうけど、でも……、これは? 八雲の能力っていうのは、治癒の効果もあるの?」
「ないはず、だ。神力家の皆がそんな能力を持っていれば、とっくに世間で騒がれていておかしくないだろう。そんな話、聞いたこともない」
「でも、現実に……」
 井出はそっと手を伸ばし、傷跡があったはずの場所に触れる。
 人間のほのかなぬくもりと、同時に感じるひんやりとした冷気――。
「つめ、たい?」
 その瞬間。井出には、なんとなく理解できた。
 現実的ではない。解析をしたところで証明もできないだろうし、そもそも再現だってできないかもしれない。
 だが、それは井出の中で、ひとつの事実として固まった。
「アメリアさんが、助けてくれたんですね」
 全てのイザナミは繋がっている。そして、呪力保持者とは、そんなイザナミの力を宿した者の子孫だという。
 だから、そう、呪力保持者というのは、皆が繋がっているのかもしれない。奇跡を願えば、それが叶う程度には。
 安らかな寝息をたてる恵美に、井出はほっと安堵していた。



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