|
ディランが目を覚ますと、目の前に女の顔があった 「……なんだ、レイナ」 「なんだとはなんだ、愚か者が」 建物の陰だった。横たわったディラン。その頭に膝を貸しながら、甲斐はディランを見つめていた。 「ディラン。私の部下が世話をかけたな」 「君の部下……、ああ」 前後の状況を思い出す。 研究員が触れたエキドナの死体、そして――。 「もしかして、君の部下は、変種を?」 「ああ。自分に移植したらしい」 「……馬鹿なことを」 吐き捨てたディランは、顔をしかめる。 「ったく、頭が痛いのは考えものだな」 「考えてばかりだから、そうなるのだろう」 「はは、それも言えるかもしれないな」 手足を投げ出したディランは、甲斐の向こう、青空を見上げる。 世界は変わり果てた。だが、空は青い。 「……なあ、レイナ。君は優秀だった。そんな君なら、こたえられるか」 「何をだ」 「僕らは、何のために研究をしていたんだ」 「無論、人のためだ」 迷わなかった。そんな甲斐に、ディランは苦笑する。 「昔の君は、絶対にそんなことを言わなかった。未知を知るため。きっと、そんな風に答えた」 「……それが? 研究は人のために使われて、初めて存在意義が出るんだ」 「そう思わなかったのが君の部下ということじゃないのか」 「なら、あいつが間違っているんだ」 「そうだな……、そうだ、彼は間違っている。間違いは、正されなければいけないな」 ディランは震える手に力を込め、体を起こす。 「フィオナ大尉は?」 「わからん。姿が見えない。アルミュールもだ。加賀谷はやられたぞ」 「じゃあ、なんとかして、フィオナ大尉に連絡を取るんだ。彼女は、きっと世界を救うぞ」 「ご自慢のアルミュールか? だが、あれでは……」 「僕はフィオナ大尉が世界を救うと言ったんだ。アルミュールは僕の力だ」 「……? どういうことだ」 「やはり、気づいていなかったか」 ディランはにやりと笑う。 「ふたつのアルミュールは別の機体だ。細かなチューニングの他に、フィオナ大尉の機体は特別な機能を有している。彼女でなければ使えない、特別な機能を、ね」 「どういうことだ?」 「簡単なことさ」 ディランは肩をすくめ、言う。 「彼女もまた、呪力保持者だ」 跳びあがったアンラ・マンユに、アメリアの放つ氷刃が襲い掛かる。 無数の氷刃が枝を裂き、木々を倒すが、アンラ・マンユにはかすめもしない。 「ちっ……、早い!」 縦横無尽に動くアンラ・マンユ。それも、生物学や物理学といった概念を飛び越して動く化物を相手にしては、アメリアも捉えることができない。 「はははは、見えていないのか!? この世界が!」 「くッ!」 アンラ・マンユの放つ呪力弾。恵美のミカヅチに似ているが、その威力はけた違いだ。 強く地面を蹴ってかわしたアメリアの後ろを力がよぎる。莫大な呪力は炸裂し、吹き荒れる暴風でアメリアは吹き飛ばされた。 「これならどう!?」 点で通じないならば、面で。 アメリアは氷の結界を生み出す。地上から円柱が幾本もそそり立つ。 だが、直角に軌道を変えるアンラ・マンユは、それでさえ捕らえられなかった。 「あいつ……、呪力を踏み台にしているの!?」 「ご名答だ! 目に見える足場だけが全てじゃないぞ!」 呪力を踏み台にされては、どこでどう動くか予想ができない。わずかに呪力を感じることはできても、瞬間で向きを変えるアンラ・マンユの動きを全て予想できるわけでもない。 「ほらほら!」 しかも、遠距離攻撃が厄介だ。 不規則に動き、呪力弾を放つアンラ・マンユ。こちらの攻撃を当てることはできず、向こうはどこからでも攻撃を仕掛けてこられる。 アメリアも必死に樹木や建物を足場にして攻撃をかわし、時に氷の盾で受け止めるが、それでも浅く傷が走る。 「うぐっ……、ならァ!」 歯を食いしばり、アメリアは手に氷剣を作り出す。同時、全身を冷気で覆いながら、アンラ・マンユに斬りかかった。 「当たるものか!」 当然、剣士でもないアメリアの斬撃など、アンラ・マンユに通じるはずもない。左にかわしたアンラ・マンユを視線だけで追いかけたアメリアは、 「そこッ!」 氷棘を放った。 「ッ!?」 最初から、剣で捉えられるなどとは思っていない。全身を包んだ冷気で、刺し貫くが狙い! 伸びる氷の槍を、 「ふん……、ぬんッ!」 アンラ・マンユは胴で受け止めた。氷は刺し貫くことができず、先端が砕ける。 「嘘ッ!?」 「その程度か!」 「あっ……、っぅ!!」 反撃の呪力弾。咄嗟に氷盾を生み出すが、威力を殺しきれない。 衝撃に弾かれたアメリアは、そのまま高空から地面に叩きつけられた。 「あぐっ……!」 全身がバラバラになりそうなほどに痛い。当然だ、普通の人間ならば死んでいる。 「生来の呪力保持者とは言っても、この程度か」 ふわりと地面に降り立ったアンラ・マンユは、アメリアをあざけった。それに反論することさえできない。 アメリアは、氷剣を杖の代わりに、なんとか体を起こした。それが精いっぱいだった。 力が足りない。それを、感じていた。 当然と言えば当然だ。アンラ・マンユの呪力量は、今まで敵対したあらゆる変種を上回る。攻撃力に特化していない自分の攻撃など、通用するはずがない。 せめて、ここに恵美がいれば。 だが、恵美が戻るのを待つなど論外だ。その間に、この化物は世界中の変種を活性化させ、自らも多くの命を屠るだろう。 そんなことをさせるわけにはいかない。それが、自分の役目だ。 「方法……」 ひとつだけ、思い当たるものがある。 恵美にできるなら、自分にもできるかもしれない。同じ生来の呪力保持者だ、不可能ではないはず。 ――ツクヨミだ。自分の呪力をチャージする。そうすれば、奴の呪力装甲を破り、ダメージを与えられるはず。 最大の問題は、こちらがチャージするのを、おとなしく見ていてくれないだろう、ということ。 なんとかせねば。その気持ちが、自分を奮い立たせる。 「うぅ……、あああああああああ!!」 叫んだ。腹の底から。 自分を鼓舞し、力を引き出す、獣のごとき咆哮! 「余計なことなど、させっ……、!?」 それは、あるいは、奇跡と呼ぶべきなのか。 アメリアを殺そうと飛び出しかけたアンラ・マンユ。その後背に、鋼鉄の巨人が舞い降りる。 「ぬっ……、アルミュール!?」 呪力兵装はアンラ・マンユに手を伸ばし、その体をがちりと捕まえた。目の前の敵に集中していたアンラ・マンユに、かわす術はない。 『アメリア!! 私が抑える、今の間に!!』 「OK!!」 もはや、是非もない。 アメリアは目を閉じ、大切な仲間の顔を浮かべながら、自分の呪力に身をゆだねた。 声が聞こえた。 声に導かれるように、恵美は目を開く。かたわらで、人が身じろぐ気配。 「あ、恵美さん……。気がつきましたか」 「井出君……?」 井出晶と清水恋華が、自分を見下ろしている。 だが、聞こえた声が二人の声でないことは、恵美にはわかっていた。そう、あれは――。 「呼ばれている、んだ」 「呼ぶ? 誰がですか?」 井出は問いかけながら、清水と視線をかわす。きっと、自分が何かの妄想に取りつかれていると思われているのだ。 恵美は、それでも構わない、と思った。自分が誰の声を聞いたのか、どうすればいいのか、誰よりもよく知っていたから。 「アメリア……」 友達が、力を貸して欲しいと祈っている。 だから恵美は、自分の力を貸そうと思った。 理屈ではなかった。現実的に考えれば、鳥取にいる自分が、関東にいるアメリアに力を貸せるはずもない。 ただ、知っているのだ。距離も、時間も関係がない。 信じるだけでいいのだと、知っている。 「アメリア、頼む」 神薙の力。 今こそ、託す時。 ふっ、と自分から何かが抜け落ちる感覚を胸に、恵美は再び目を閉じた。 ぐっ、と奥歯を噛みしめる。 足りない。 血が滲みそうなほど拳を握る。 ……全然足りない。 冷気が渦巻き、自分の周囲で漂っている。それらを、全てかき集める。 それでも、全然足りない! 耳には、ギシギシと軋む音が聞こえていた。目の前では、アルミュールが全身全霊をかけて、アンラ・マンユを抑え込んでいる。 「馬鹿なッ……、馬鹿なッ! この私が! 人間の作った木偶などにッ……!!」 『舐めないでッ! こいつは、私の手足! 私の呪力を喰って……、こいつは全力を発揮する!!』 「そう、か。そうか、貴様も甲斐の人形かッ!! くそっ、ならば打ち壊してやる!!」 フィオナが全力で抑えても、きっと長くはもたない。その間に全力の攻撃をどれだけ打ち込んでも、呪力に守られたアンラ・マンユを倒すことはできない。 もっと上の力がいる。命を削ってでも、奴を殺したい! ただ、それだけを願う。 「エ、ミッ……!!」 小さな呼び声。だが、それは確かに友へと届く。 直後、不思議と体が熱くなった。体の芯から、力が湧いてくる。 それも、それ以外も、何もかもを全身にたわめる。 圧力に耐え切れないように、体が悲鳴をあげ始めた。ぷちりと毛細血管が切れ、手足から血が滲みだす。頬を赤いしずくが垂れていく。 まだだ、まだ足りないんだ! あいつを殺すのに! 力が足りない! ふわりと、周囲の空気さえもが震えだす。恐ろしいほどの力。蓄えられた呪力が片端から冷気に変換され、アメリアの手へと収束する。 「ウグッ、ルァァァァァァァ!!」 とうとう、獣のごとき咆哮と共に、アンラ・マンユが動き出す。アルミュールの腕が弾け、ひしゃげ、その戒めを脱する。 その様を――アメリアの瞳が真っ赤に染まり――敵の姿だけを見ていた。 「喰らええええええええええええええ!!」 全力の一撃。 アメリアの腕を伝った冷気は、空間を薙ぎ、アンラ・マンユへと殺到する。 放たれた冷気はその全てが敵へと収束し、全てを閉ざす。 「なッ……、ぁ」 全力の完全氷結。 腕も、足も、尾も、何もかもを氷の中に閉ざす。 「消え去れッ!」 氷は、その全てがアメリアの支配下だ。 振り下ろした腕は内に宿る存在ごと氷を砕く。 砕けたアンラ・マンユの内側から、凍った黒い塊が転がった。 アメリアは塊に歩み寄ると、そっと手を触れる。 「さようなら」 ぴしり、とひびが入り、塊は砕けた。 アンラ・マンユの――イザナミの悲鳴が聞こえたような、そんな気がした。 |