ピピピピピピ――

「んっ……」
 目覚ましの、音。
 手探りで枕元のスマホを探し……、見当たらない。
 ゆっくりと目を開く。よくよく聞けば、音が少し遠い。枕元じゃない。
 体を起こすと、机の上でスマホが震えていた。
「またかぁ……」
 ため息交じり、ベッドから起き上がり、机の上のスマホを手に取る。アラームを止めると、ぐっと背伸びし、カーテンを開けた。
 明るい日差し。今日も良い天気だ。なのに、朝から気分は晴れない。
 振り返る。窓際に近いところに机。ベッドは、部屋の反対側。
 昨日は寝る前にスマホを見た。アラームがちゃんと設定されていることを確認するために。だから、間違いなく枕元に置いた。どう転んでも、机の上には飛ばないし、こんなところにあること自体がおかしい。
 そんなおかしなことは……、この家に引っ越してきてから、しょっちゅうだ。けど、頻繁にあるから慣れるってわけでもなく、ただ単純に気持ち悪い。
「はぁ」
 ため息ひとつ、とりあえず朝の準備をするため、私は部屋を出た。

◇ ◇ ◇


 キーンコーンカーンコーン――

 チャイムの音を聞くなり、私はぐったりと机に突っ伏した。
「愛梨。お昼だよー」
「出たなのうてんき」
「今日は良い天気、ってちゃうわ。何よいきなり」
「アイリちゃんはお疲れモードなのだ」
 そう言いながら、私は体を起こす。お弁当箱を持って立っているのは、城嶋じょうしま美紀みき。私の、中学からの親友だ。メイクばっちしで派手な格好をしているけど、それは見た目だけで、面倒見もいい。
「どったの? さっきの授業?」
「それもそうだけどそれだけでもないような」
 確かに私は数学とか好きじゃないけど。でも、お疲れモードなのは、ここ最近ずっと。具体的には引っ越してからずっとだ。
 そんな私の様子を知ってか知らずか、美紀はじーっと私を見つめ、
「ふうん。ほう。へえ。で? 何なの?」
「ん……、まあ、色々と」
 美紀は、私の親友だ。だけど、親友だって、話せないこともある。
 というか、なんて話したらいいか、私自身もよくわかっていない。不都合といえば不都合だけど、それを説明すると難しい。だから、“なんとなく”気持ち悪い。
 私がいつものように口を濁していると、美紀はおもむろに立ち上がり、
「ていっ」
「ぐえっ」
 私の首根っこをひっつかんだ。
「愛梨ちゃーん? お姉さんにはなんでも話すって約束だよね」
「お姉さんって年齢一緒で……ぐええ」
「い、い、か、ら! 話しなさーい」
「わ、わかったってば!」
 私を解放した美紀は、私の向かい側に座り直し、じっとこちらを見つめる。
「本当に。新学期になってから、愛梨ってば調子悪いよ? 何があったのさ」
「何が……、ってほどじゃないの」
 そう言いながら、私は引っ越し直後のことを思い出していた。

◇ ◇ ◇


 最初に気付いたのは、引っ越しの片づけをしていた最中のことだ。
 ガムテープで閉じた段ボール箱。それを開こうと、カッターを手に取ろうとして、手元にないことに気づく。
 つい今さっきまで使っていたのに。そんなことを思いながら探し、結局見つからず、ガムテープを剥がして箱を開封した。
 カッターは、箱の中に入っていた。
 ありえない話。今さっきまで使っていたカッターが、箱の中にあるはずない。
 だから、何かの勘違いか、カッターが2本あったか、そんな話のはず。そうとわかりきっているのに、気持ち悪さはぬぐえなかった。
 それからというもの、たまに物がなくなっては、違うところで見つかるということが時々あった。
 なくなって困るものがなくなることはない。たとえば、財布や家の鍵がなくなったことは一度もない。一方で、髪を縛るゴムとか、腕時計とか、ハンカチとか……、なくても致命的に困るわけじゃないものだけがなくなる。
 なくなった後も、すぐに見つかる。わざとらしいくらい分かりやすいところに置いてあったり、必ず見る場所にあったり。つい直前に探したところにあったこともある。
 お父さんもお母さんも気づいているはずだけど、気のせい、と言うだけ。私ほどは気にならないみたい。
 もともとお父さんたちは共働きで、家にいる時間は私より少ない。そのせいかもしれない。
 私一人が、悩んでいる。そういう話だった。

◇ ◇ ◇


「ふうん」
 私の話を聞いた美紀は、箸を起き、お茶をすすった。
「なるほどね。勘違いかもしれない。ありえないとは言い切れないけど、普通に考えるとありえない。だから、気持ち悪い」
「そう、そうなの」
 私は強く頷いた。
 実際、誰かが何かをしているとは、とても思えない。泥棒が入ったにしては、動くだけで盗まれないのもおかしいし、そもそも頻繁に侵入なんてできるはずもない。
 そう、たとえて言うのなら……、『目に見えない第三者が住んでいる』ような違和感があるんだ。
 美紀は私のことをじっと見つめ、
「そういうの、先輩にも聞いたことある気がする。心霊現象ってーの?」
「心霊って、そんな大げさな。お化けを見たとかじゃないんだよ?」
「でも、ありえないことが起きる、超常現象ってやつでしょ。似たようなもんじゃない?」
「そう、かなぁ」
「なら! そういうプロに頼んでみたら?」
 美紀はスマホを取り出し、さっと操作する。
「そうそう、ここ。心霊現象っての、調査してくれるんだって」
 美紀が見せてくれた画面には、ホンダリサーチ、とある。誰かのブログに載った記事らしかった。
「リサーチ?」
「そう、探偵事務所みたいな感じらしいんだけど、心霊現象を調査してくれるんだって。先輩のとこの不具合も、それで治ったらしいよ」
「へえ」
「送るね」
 ラインで、美紀から私のスマホに送られてくる。
 ホンダリサーチ。
「実際、それで解決するか分かんないけどさ。何もしないよりいいんじゃない? 何より、悩みを聞いてくれる相手がいるって、大事なことだよ」
「それは、そうかもしれないけど」
「普通の人、たとえば警官とかに言ったって、たぶん何もしてくれないと思う。でも、こういうとこの人なら、とりあえず頭ごなしに否定したりしないでしょ? で、ちゃんと調査してくれる。その結果、何もなければ、本当に愛梨の勘違い。でも、聞く限りだと、ただの勘違いとも思えないんでしょ?」
「それは、そう」
 ありえなくもない、ありえない。
 小さな違和感。その、原因を調べてくれる人。
「心配なら、あたしも一緒に行こうか?」
「……ううん。一人で行ってみる。私のことだしね」
 そう言って、私はスマホを握りしめた。