料理と酒を手に、太陽は部屋に戻って来た。
 朝霧邸の一室。どうして他人の家で給仕をせねばならんのだ、と太陽は思うが、それも仕方ない。
 クリスマス当日。朝霧邸には、太陽と愉快な仲間たちを除いて誰もいない。
 最初は、妖怪たちが好き勝手なことをできるように、という配慮だった。だが、こうもカオスになってくると、はっきり言って嫌がらせでしかない。
 どうカオスかと言えば、
「にゃははははははカー君! 酒が足りないよ酒が!!」
「うるせえ! そもそもあんたは未成年だ!!」
「あー、そっかー、そーゆーこと言っちゃうんだー? いいもんいいもん、カー君てばいけずぅなんだからぁ」
「な、何の話だ?」
「あの夏の日、あたしを強く抱きしめてくれたのは一夜限りの幻だったのね!」
「本当に何の話だ!?」
「なっ!? か、か、烏丸太陽! あんた人を二度もはずかしめておいて、朝霧にまでそんなことしてたわけ!?」
「してねえ! てかはずかしめるも何も不可抗力だ!!」
「あーあーそうねそうでしょうね男ってすぐそうやって逃げるのね!! 最低ね烏丸太陽! もうぶっ殺しちゃおうかしら!!」
「わかった、すまん、俺が悪かった! だから妖化はやめよう!!」
「太陽。私はごはんさえ貰えれば我慢しますよ」
「さりげに何のアピールだ!? なんで俺がお前を養わなきゃならん!! 左門寺にでも奢ってもらえよ!!」
「左門寺大河ではなく烏丸太陽に言っているのですよ」
「んなことわかってるわバカ! というか座布団を食うのはいい加減やめろ!!」
「なになに〜、太陽ってばモテモテじゃん。いつの間にフラグ立てたの?」
「ミハエル、お前には俺がモテているように見えるのか。そうか。じゃあ代わってくれ。遠慮はいらねえから」
「僕は太陽の代理にはなれないからね〜」
「要するに逃げてんじゃねえか!」
 一事が万事、この調子。
 高校生に酒を入れた奴が悪い。
「太陽。今さらだが……、飲み過ぎは身体に毒だぞ」
「俺は飲んでねえしあんたが酒をくるみに与えるからだろうが!!」
「いやあ、多々良って本当になんでも美味しそうに食べるよなぁ」
「そうだないいことだなでも子供に酒を飲ますな!」
「カラス。血管が切れる」
「そう思うならお前もいさめてくれ、郁乃」
「小学生に頼るの?」
「猫の手も借りたい気分だ」
「ほれ」
「確かに先生は猫だが先生の手は今のところクソの役にも立たないからいらねーっす」
「ほう。ほほう。保護者にそういうことを言うのだな烏丸。お前の自由をことごとく奪って放課後を補習率1000%にしてもいいんだぞ」
「横暴だ!?」
「あー、先生ってばずっるーい。カー君をひとりじめしようとしてるー」
「なっ!? バカ、誤解を招く言い方をするんじゃない!」
「ふうん。ネコもなんだ」
「郁乃!」
「まあ。まあまあまあ。さすがよさすがねさすがだわ! 大人って汚いね〜」
「ね〜」
「ええいそのイラつく態度を改めろ朝霧! 不知火!」
「ふふーんだ。妖怪なら力で正義を示しなさいよ!」
「ああ上等だ! 一線を引いたとはいえ老いてなんかいないぞ! アタシに勝てるもんなら勝ってみろ!!」
「だーかーらー! 屋内で妖化すなー!」
「太陽。妖怪が他人の話に耳を貸すと思っているのですか?」
「そうだなちくしょう! くるみの言うとおりだよ!」
 まったく収拾のつかない状態。酔っ払いが手に負えないのは、人間も妖怪も変わりない。
 どうしてくれようか、と太陽が心中で算段していると、
「太陽」
「あ? ああ、テッセンか。お前、復活したんだな」
 ミハエルの必殺ジャパニーズミソスープを食らったはずのテッセンが、いつの間にか起き上がって太陽の後ろにいた。
「少しいいか?」
「ああ? まあいいけどよ」
 テッセンと共に、太陽は屋敷の庭に出た。さすがは朝霧邸、庭も広い。
 適当なところに並んで腰を下ろす。冬の夜気は寒いが、熱気にあてられた体には、むしろ心地よいくらいだ。
「太陽。お前が妖怪であるということは聞いた」
「悪かったな、黙ってて」
「いや、いい。お前にも話せぬ事情はあろう。そうでなくとも、自分が人間ではないなどという事実、そう易々とは語れまい」
 テッセンは暑苦しいし、人間離れしているが、懐の大きさもまた並ではない。そういうところを、太陽は好ましく思っている。
「お前が妖怪だろうと人間だろうと、わが生涯の友であることに違いはない」
「そういうこと恥ずかしげもなく堂々と言えるお前ってすげーな」
「俺はいつだって真面目だ。だが、太陽、お前が妖怪であるとすると、この先はどうするのだ?」
「先?」
「ああ。人間ではない以上、普通の人間のように、進学し、就職し、結婚する。そういう人生を歩むわけにはいくまい」
「ああ、まあな」
 獅堂は妖怪ながら就職を果たしているが、あれもかなり強引な手練手管を使っている。くるみの幻術ではないが、似たようなものだ。
 太陽も、同じように幻術を使っていけば、人間社会を誤魔化して生活することは難しくない。だが、それをするつもりは、太陽にはなかった。
「お前は、どうしたいのだ?」
「俺か。俺な、妖怪と人間って仲良くできると思うんだよ」
「……?」
「俺とお前たちは友達になれた。ルナ先輩と茨たちだって友達みてえなもんだろ? 妖怪はさ、もっと人間に歩み寄れると思うんだよ」
「ああ、そうかもしれんな」
「俺、高校を卒業したら、いっぺん京都に戻ろうと思ってんだ」
 まだ先だけどな、と太陽は続ける。
「んで、里を解体する。人間の社会に、妖怪が浸透するようにすんだよ」
「それは簡単なのか?」
「いや、めっちゃ難しい。けどまあ、なんとかなんだろ」
 妖怪は人間と交流を持たない。そうあるべき、という古い慣習のせいで、だ。
 確かに、妖怪という存在が人間と交われば、人間社会は混乱するだろう。今まで存在しなかった生物が出現するのだから。
 けれど、ならばこのまま山中に引きこもり続けるのが正しいのか、と言われたら、太陽は首を横に振る。
 どこかで変わらなければならないと思う。なら、その起点になる誰かがいるのだ。
「ま、まずは、妖怪の常識を変えなきゃならねえけどな」
「どのあたりだ?」
「非常識で他人のことを全く鑑みないあたり」
「……なるほどな」
 室内の乱痴気ぶりがここまで届く。まあ約2名、人間も交じっているが。
「では、卒業してしまうと、しばしの別れとなってしまうのだな」
「たまにゃ顔を出すよ。てか、まだ一年以上も先だぜ?」
「すぐさ」
「あー……、ま、そうかもしれんな」
「ここにいた烏丸太陽!!」
 振り返れば、妖化したままの茨と獅堂がいた。どちらも激戦の後らしく、少しすすけている。
「先生。教師が子供に手を出すとかどうかと思います」
「妖怪は殴り合わなきゃわからんこともある。それより、郁乃が聞いていたぞ」
「……げ」
「ちょっと太陽! 京都を乗っ取るつもり!? ど、どういうことよ! あたしは長を降りないわよ!」
「好きにしろよ」
「ふ、ふふん。そう、そういうこと言っちゃうのね!? ならせめてあたしの手でトドメを――」
「不知火様。外では危ないかと」
 がやがや、とみんなも庭に出てきてしまった。じっとできない性分の面々に、太陽も苦笑を浮かべる。
「あ、雪」
 見上げれば、白い結晶がちらちらと舞い降りていた。
「道理でさみぃわけだな」
「アタシは寒いのはかなわんぞ。烏丸、こっちこい」
「俺は暖房器具じゃねえ」
「あー! 先生職権乱用! カー君のひとりじめはよくないと思いまーす!」
「俺は共有物じゃねえ」
「ちょ、ちょ、ちょっと! 破廉恥よ破廉恥! さ、させないわよ!!」
「破廉恥よか金棒の方があぶねえって言ってんだろうが! ええい、お前ら室内に戻れ! 室内に!!」
「ところで太陽。食事はまだですか」
「さっきから食ってんだろうがだいたい俺じゃなくて先輩に言え!!」
「カラスは頼りになるから」
「こんなところで頼らないでいいわ!!」
「やはは、モテモテだよねぇ、太陽って」
「うむ」
「うむじゃねえミハエル! テッセン! 少しはお前らも手伝え!!」
 一人だけ素面の太陽は、酔っ払いを数人まとめるだけでも手いっぱいだ。
 だが、それも悪くないと思う。
「ほらほら、戻りやがれ!」
「はーい」
 みんなを室内に押し込め、太陽はガラス戸を閉めた。窓越しに、雪が降っている。
 窓ガラスを眺め、少しだけ表情を緩めた太陽は、表情を引き締めて振り返った。
「お前ら! ちったぁおとなしくしやがれ!!」




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