そのウッドデッキからは木々が広がる光景がよく見渡せた。
 安楽椅子に座り、女性はぎしぎしと軋ませながら、その光景を眺めている。
「何をたそがれてるの」
 と、そんな女性に、別の女性が声をかけた。活動的な印象の女性は、安楽椅子の女性を見下ろし、どこか怒りさえ覚えている様子だ。
「んなことしている暇があんなら手伝ってよ。こっちだって忙しいんだから」
「いいじゃない、たまには」
「あんたはいつもそうじゃない」
「失礼ね。これでも忙しいのよ」
「どこがよ。ほら、帝都に行くわよ」
「別に、あたしが出るわけじゃないんだから、慌てなくていいじゃない」
「あんたが行かなきゃ始まらないの! ったく、外で待ってるから早く来てよ」
 ドタドタ、と女性の足音が遠ざかる。椅子を軋ませていた彼女は、近くのテーブルを見やった。
 そこには古ぼけた手紙が置いてある。それを書いた時、彼女は迷っていた。今でも、折に触れ、その手紙を読み返す。
 大切にしてきた手紙は、いまやボロボロだ。それでも、そこには彼女の大切な思いが詰まっていた。
 手紙を手に取り、開く。
 並ぶ文面。
 その最後には、こう書かれている。

『消えて、なくなってしまえばいい。
 何もかも。
 マナ。
 こんなものがなければよかった。そうすれば、わたしは悩むことも、苦しむこともなかった。
 けれど、現実にそれは存在して。わたしたちの生活、その大半を占めている。
 家を作るにも、涼しく過ごすにも、夜を明るく照らすにも、食事をするにも。何をするにも、マナの存在は不可欠になった。
 そして、そのせいで、わたしたちはたくさんのものを失った。わたしも、例に漏れず。

 リュート。

 さびしいよ』

 その言葉に偽りはいない。大切なものを失い、苦しみ、悩んだ。
 あの時、戦争に加担した理由に、彼の死が関係していないとは言えない。それはきっかけとなった、間違いなく。
 では、彼が生きていたら、彼女は戦争に加担しなかったのだろうか。考えてみたけれど、答えはいつも同じ。
 おそらくは、どんな経緯があろうとも、結末は同じだったろう。獣の勝利として終わるか、人の勝利として終わるかの違いはあったかもしれないが。
 時代の変わり目だったのだ。何かのきっかけで噴出しただけで、もともと、放置するには、あまりに大きなひずみだった。
 みんながそれぞれの正義を通し、残った正義が、それだったというだけの話。
 まだ幼い頃、教師に言われた言葉を、今ならばハッキリと思い出すことができる。
 人はそれぞれに正義を持つ。だからこそ、自分で自分を誇れるようになれ、と。
 今ならば。全てを終えた今ならば、それを言うことができる。
「わたしは、これが正しいと思ったから、そうしたよ」
 手紙を畳み、封筒にしまい込んだ。
 ギシリと椅子を軋ませ、エリアは立ち上がる。
 寂しさというものは、今はあまりない。時間は癒してくれる。
「エぇリぃアぁぁぁぁぁ!!」
「はいはい、聞こえてるって」
 長年に渡って支えてくれた友人の叫びに苦笑を浮かべつつ、エリア・クリスティは、旧王城に向かう。初の選挙というシステム、その始まりを宣言するために。
 机上の、色あせた手紙。
 その隣に、まだ白い、別の手紙がある。
 文面にはこうある。


『わたしは、ゴールにたどり着けました。
 少なくない犠牲の上、わたしたちの今があります。いずれ、それを知る人もいなくなっていくでしょう。
 それでいいのでしょう。過去に縛られ、生きていくのは、本当に辛いことだから。
 みんなが自分の正義を持ち、誰かと衝突し、悲しみ、怒り、笑い、そうやって生きていける世界。
 あなたが望んだ、ほんの少しだけの変革。

 あなたは、わたしの、わたしたちの誇りです。
 だから、わたしは胸を張って言うことができます。
 あなたの正義を貫き通すこと。それが、わたしの正義であったと。

 本当に正しいことは、きっと誰かが継いでくれる。

 革命によって、少しだけ世界は変わり、涙は減ったように思います。
 それはもちろん、減っただけ。あるいは、誰も見ていない場所で涙を流しているのかもしれない。そもそもゼロにはなっていない。
 それでも、みんなが感情を表現できるのは、素晴らしいことだと思う。獣たちは、そんなことさえ許されていなかったのだから。


 笑い、泣き。怒り、支え合い。

 そんな、当たり前のことができる世界。
 そんな、当たり前のことができうる世界。

 それが、本当の意味での神様からの贈り物ギフトなんじゃないかな』




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