「拍子抜けしたわ」
 テントの外に出たわたし、レイチェル、クロスの三人は、たらたらお城に向かう。
「おそらくだが、他国の連中も限界を感じていたんだろう。獣を押さえ続けるには時間が経ちすぎた。いずれ不満が表に出るだろうことも、連中にはわかっていたはずだしな」
「そういうもんかね」
「ま、なんでもいいじゃない。これで、あんたは晴れて国の代表を名乗れるわけよ」
 どん、とわたしの背中を叩くレイチェル。その手をやんわりと押し返し、
「わたしはね、そういうことするつもりないんだってば」
「まさか、本気で選挙するつもり?」
「もちろん。何年かかるかわからないけど、ウェアを認めさせて、みんなが平等になれたら……、本当にやるよ」
 それは、わたしの新しい志だった。
 ウェアが支配する。それでも、ウェアはいいだろう。けど、人間は?
 ウェアが平等な政治を行う間は問題ないかもしれない。それでも、きっと不満は出る。その時、その理由が『ウェアが政治をやっているからだ』ではダメだと思う。
 それじゃ、同じことが繰り返される。革命の後の革命。そんなことを繰り返しても、きっと誰も喜ばない。
 そうさせないためには、みんなに納得の上でリーダーを決めてもらわなきゃいけない。そうなると、選挙、という手段が連想される。
 それぞれが政治について考え、どうすれば国が、みんなが幸せになれるかを考えて。その上で、自分の考えに近い人に想いを託す。
 みんながみんな、政治に関わることはできないだろう。かといって、全く関わらない王制では、コウモリのような善悪さえ誰も考えない存在が生まれてしまう。
 それは良い、それは悪い、と全てについて論議すること。結論が重要なんじゃなくて、どうしてそうなんだろう、って考えること。それが、これからの時代には必要なんだと思う。
「……なんか、あんたって何も考えてないように見えていたんだけど」
「普通に失礼ね、それ」
「まあまあ。ともかく、なんか、色々と考えていたのね。あたしなんかよりも」
「レイチェルが考えなさすぎなだけじゃない?」
「言ったわねあんた」
「言ったから何よ」
 バチン、と飛び散る火花。なんかこういうのも久しぶりな気がして。
「よーし、やったろうか!」
「お? 言ったわねー! マナさえなきゃあんたなんか怖くないんだからね!!」
「ふふん、ケンカでわたしに勝とうなんて百年はやいわ!」
「ちょっと待てお前ら。一応は女なんだから拳で決着させようとするな」
 ぐぐいっ、とわたしらの間に入ったクロスはため息ひとつ。
「エリア。お客さんだぞ」
「は?」
 拳を下ろし、見れば、帝都の入口らへんにアリスが立っていた。
 妙な既視感を覚えつつ、彼女と正対する。
「帰ってよかったのよ?」
「どうして私を釈放したの?」
「ん? だって、まあ、何か起こしそうにも思えなかったし。それに、この会合には旧王制側の人間も必要だと思ったからね」
 わたしたちだけが出席しても、言葉に重みがないだろうと思えた。その点、アリスたちなら、中立な立場から発言することができる。
「そんな理由で、私を完全に釈放したのね」
「んー、わたしの勘なんだけどね。あなた、もう革命なんてしたくないでしょ?
 より正確に言うなら、人が死ぬところを見たくないんじゃない」
「――私の眼前でギルを殺しておいて、よくそんなこと言うわね」
「うん、よく言われる。神経が太いのかしらね、わたし」
 じっ、とアリスがわたしの瞳を見つめる。ショートヘアが揺れ、ほんの少し、花のような香りがした。
「あなたの目には未来が見えているのかしら」
「見えていたら、わたしの人生に後悔はなかったわ」
「……」
 しばしそうしていた彼女は、そっとわたしから離れる。
「不思議ね。あなたを見ていると、少しだけ信じたくなってしまう」
「それは初めて言われたわ」
「そう? あなたの瞳には、まるで他の誰かが宿っているかのようだわ」
「誰のことを言っているのかしらね」
「さあ?」
 ふい、とわたしに背中を向けたアリス。どことなく、その後ろ姿は、軽くなっているように見えた。
「ねえ、エリア。ギルは間違っていたと思う?」
「ある側面ではね」
「そんな真似、私にできると思う?」
「は?」
 首だけ振り返った彼女は、なんとまあ、笑みを浮かべていた。
「あなたに協力してあげる。そして、選挙ができる日が来たら、私も代表になるわ。彼ができなかったこと、彼の夢、私が叶えたいから」
「アリス……」
「じゃあね」
 肩の荷を下ろした彼女は、どこまでも自然体で。
 そんな彼女は、素敵だった。
「こら強敵ねえ」
「いいんじゃない。ああやって、色々な人が出てくれた方が、選挙っぽくなるでしょ」
「だが、随分な心変わりだな」
「んー、変わってないんじゃない?」
 彼女の物語は、ここから始まるのだろう。
 新しい、彼女のための物語だ。

 私室に戻ったわたしは、大きく背伸びをした。
「んー……、なんか、どっと疲れた」
 けど、これでひとつの目処がついた。後は国内を安定させ、ウェアやコウモリの存在をみんなに承知させ、受け入れさせる。
 何年かかるか分からない大事業だ。うまくいく見込みもない。
 だけど、その先にしかリュートの望んだ世界はない。そうならなければ、獣が戦った意味もなくなる。
「――こんなところで疲れている場合じゃないのよね」
 帝都の、フォルンハイムの支配は、終わりじゃない。始まりだ。
 ここから、ようやく獣たちは始めることができる。今まで失い続けた人生を。
 ……わたしは、どうなのだろう。
 リュートが死んで、確かに失われた、わたしの中の何か。それを取り返すことはできたのだろうか。何か、彼の代わりになるようなものを得られたのだろうか。
 答えは、すでに持っている。
「ないのね、そんなものは」
 彼の代わりはいない。何者も、何物も彼の代わりになることはできない。それは悲しいけれど事実で。
 彼という、わたしの中で最も尊い、最も愛したものはすでにこの世にない。その大きな穴を埋められるものはなくて、何かで蓋をしてごまかすことしかできない。
 そうやって、わたしはこれからも生きていくのだろう。日々を忙しく過ごし、何かのために戦い、また何かを失って。
 そんな中、ふとした拍子に思い出すに違いない。わたしの目の前で倒れた、救うことさえできなかった、大切なひとのこと。
 何度も後悔するだろう。時には死にたくなるかもしれない。それでも、わたしは生き続けなきゃいけない。
 生きるって、そういうことだから。
 彼が、それを望むだろうから。
 どんなに苦しくても、生きていれば、何かを成すこともできるだろう。あるいは、また誰かに恋をし、愛し、愛されるかもしれない。
 彼という過去を抱き、その上に新しい未来が重ねられるかもしれない。
 そんな未来、今は想像できないけど。
 ひとつの幕を迎えて、けれど、わたしは満たされない。

 それでも。わたしは愛しい人の思い出を胸に、生きていくんだ。



 
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