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そして、とうとうある意味で決戦の日を迎えた。 帝都の外に配置した大型テント。数十人が余裕で入れてしまうような巨大テントの中に、各国各陣営のお偉いさんが集った。 テントの外は厳戒すぎる警備体制。もっとも、わたしたちが帝都を手に入れた経緯を考えれば、これでもまだ足りないくらいなのかもしれない。 ウェア側からは代表としてレイチェルとクロス、そしてわたし。旧王制側の代表はアリスと、元王国軍トップだったという将軍。 他国の方は、レイチェルの故郷でもあるローレンクロイツの国王と、その護衛が二人。加えて、近隣国でもあるジョルジュの国王とケルナの国王も来ている。もちろん、それぞれが護衛を引き連れているもんだから、とんでもない人口密度。 他国の王様は初めて見る。どれもギルフォードほどの体格や威風はないものの、物腰にある余裕や落ち着きは、ひとかどの戦士であることを窺わせた。 おそらくは、ここにいる三人が三人とも、魔人なのだろう。国を守る最後の砦。もしここでケンカになれば、わたしたちの命はない。 ガルシアやヴィンセントは城で待機していた。今回の会合、こちらから人数を出しても仕方ないし、なにより、それでは国王暗殺をたくらんでいるようにしか見えない。実際にやったし。 それを回避するためには、こちらは非武装、かつ、最低限度の人数で行くことが求められていた。帝都の外に場所をセッティングしたのも、そういう事情からだ。 「では、会合を始めさせていただきます」 クロスの号令。まっさきに手をあげたのはローレンクロイツの王様だった。 「まず、最初に確認したいのだが。うちのバカ娘がなぜ、革命軍の代表として来ている?」 「あたしの名前で呼びかけなきゃそもそも来なかったでしょうがクソ親父」 「そもそもお前は今までどこほっつき歩いていたんだ!」 「どーこだっていいでしょうが! あたしの自由! リバティ! フリーダム!」 「バカを言うなあああああ! お前は自分の立場をわかっているのか!? 正妻の子供ではないとはいえお前も私の血を受け継いでいるんだぞ! すなわち器になりうる人間ということだ!」 「だからなんだテメエの都合を押しつけんなバーカ!」 「そういう問題ではない! もしも何かあったらどうするつもりだったんだ!? というか自分で起こすか普通!?」 「ちょっと国ひとつ支配しただけじゃないの!」 「それのどこがちょっとだッ!!」 「……こほん」 ジョルジュ国王の咳払いに、レイチェルとローレンクロイツ王、両方が止まる。 「できれば、静かな話し合いをしたいのですがな」 「こ、これは失敬」 ローレンクロイツ王が着席。ヒートアップしていたレイチェルもおとなしくする。 「それでは、改めまして。ジョルジュ国王・ラハル二世です」 中年の国王は頭を下げ、 「これまでの経緯、一応は書面にてお伺いしていますが、詳細を王国軍の方からお聞きしたいのですが」 「では、私が」 将軍が起立し、書面にまとめておいた経緯を読みあげた。 話はウェアの存在、そのものから始まる。そしてこちら側の持っていた不満。王国側のそれを認めるわけにはいかなかった事情。このあたりは、どの国も大差ないはずだ。みんなが黙って頷いた。 続けて、わたしたちの起こした革命という名の奇襲攻撃。虚無のマナを併用した反乱軍に対抗しきれなかった王国軍。国王たるギルフォードの死は、アリス自らが伝えた。 一通りの説明が終わったところで、またジョルジュ王が口を開く。 「経緯に関しては承知しました。では、それに関しまして、あなた方はどうお考えなのですかな」 まっさきにジョルジュ王が視線を向けたのは、この中で唯一の異形であるクロスだった。 「普通の人間は、倉庫の扉を開けば食料があり、肉や野菜が詰め込まれていることでしょう。海に行けば魚を釣り上げ、日の下で学び、遊び、働く。死におびえることも飢えに苦しむこともほとんどない。我々が求めたものとは、つまるところ、そういう類のものです」 「では、自分たちの行いは間違っていないと」 「正解や不正解を論ずるのはあまりに無意味かと思います。歴史は勝者が語った過去にすぎません。そして、此度は獣が勝利した。なればこそ、これが正史です」 「なるほど。よくわかりました」 ジョルジュ王が引き下がる。続けてケルナの王が口を開いた。野性味あふれる、王様というよりはそこらの盗賊みたいな雰囲気の人だ。 「うちとしては、そんなに難しいことを問うつもりも言うつもりもない」 ケルナ王はまっさきに宣言し、 「こっちとして気になっているのは、おたくらの今後の動向だけだ。おたくらがフォルンハイムだけで満足するってのなら、こっちから軍をさしむける必要は一切ないわけだからな」 「陛下……!」 後ろの護衛が慌てたように止めるが、ケルナ王はそれをひとにらみして押し返す。 「いいか。建前ってのは嫌いだ。はっきり言えば、こちとら世界の秩序なんてものを担うつもりはない。自国の利益が最優先だ。その点、おたくが保障できるというのなら、こっちは手出ししない」 「我々が求めたのは獣の自治権です。過剰な土地でもなければ、世界の覇権などという具体性を持たないものでもありません」 「結構。そんだけわかりゃ十分だ。こっちは手を引く」 「……ケルナ王。それでよろしいのか?」 ローレンクロイツ王が口を挟む。ケルナの王様は視線を移し、 「だってそうだろう。というか、そんな余裕もないんじゃないのか。フォルンハイムは世界最強の軍を持っていた。それが、奇襲とはいえ破れたんだ。ウェア軍の能力は侮れるもんじゃない。 俺たち三人が連合軍でも作れば対抗できるかもしれないけどな、その音頭取りは誰がやる? そして、その先にあるメリットってのは何だ?」 「そういう問題ではないだろう。彼らは、武力をもって人を支配し、少なからぬ犠牲を出したのですぞ」 「そりゃギルフォードが悪いんだ。だいたい革命なんてのは武力制圧が当たり前だろう、あんたは小国の革命戦争も知らないのか?」 「それとこれとは話が違う!」 「いいや、違わないね。戦争はメリットがなきゃ生まれない。デメリットがでかけりゃ生まれない。こいつらは……」 ケルナ王はわたしたちと指し、 「自分や他人の命をかけてなお手に入れたいものがあったから戦争した。俺たちはそういうものがない。それともローレンクロイツ、お前のとこがフォルンハイムに侵攻するか? それだったら止めはしない。他国の事情だ。けど、俺は動かないぜ。そんなことで俺の国民を死なせるわけにゃいかない」 「しかしッ――!」 「落ち着いてはいかがですか、ローレンクロイツ王」 ジョルジュの国王は相変わらずの冷静。感情に流されがちなローレンクロイツ王をいさめ、 「この場で申し上げるのは控えたほうがよいのでしょうが、あえて宣言いたしましょう。我々、ジョルジュもフォルンハイムの政治的変化に関して、介入はいたしません」 「ジョルジュ王まで……」 「ケルナ王の言うことではありませんが、確かに他国の事情です。ウェアという存在は秘匿され続けていましたが、こうして表に出た以上、いまさら隠し通すこともできないでしょう。正直に申し上げれば、こちらも国内の事情に関して整理するだけで手いっぱいでしてね。戦争などというカードを切る余裕はないのですよ」 ジョルジュ王が口を閉ざすと、沈黙が落ちた。ローレンクロイツ王はなおも何か言いたげだけど、それを口にできない雰囲気だ。 実際、話の流れがこんな方向に行くなんて、わたしは考えてもいなかった。平和的交渉は無意味、すぐさま戦争の流れになると思っていたのに。 「私が言うのもおかしいでしょうが、皆さま、それでよろしいのですか?」 だから、クロスがそんなことを言いだしたのも、わたしからすれば自然な話だった。 「我々は侵略者です。領土を持っていなかった者が、力で他人の持ち物を奪い取った。これは人の法律に従えば、十分に刑罰に値するものだと思いますが」 「あんたの言い草じゃないが……、法律ってのはトップが作るもんだ。そして、今のトップはウェア。そんだけだろう」 ケルナの王様が言ったことに同意するように、ジョルジュ王も頷く。 拍子抜けもいいところだった。そこで、みんなの視線がローレンクロイツの王様に向く。 彼は苦虫を噛み砕いているような顔をしたまま、何も言わない。見かねたのか、ケルナ王が話しかける。 「ローレンクロイツ、この際だ。腹芸はやめようぜ。実際問題、ウェアの軍勢が本気で暴れれば、俺たちの国土も危ない。調和で進められるなら、それに越したことはないだろう」 「だが……」 「なによクソ親父。まだ不満があるってわけ?」 「お前のその態度も気に入らんが、あえてそれを置いておくにしても、だ。 ウェアは、一般市民からすれば未知の獣だ。その経緯、貴様らがどう宣伝しようとも、それを信じる者はいないだろう。なぜなら武力で支配した侵略者だからだ。 そんな貴様らに譲歩し、あまつさえ非戦の構えともなれば、それはウェアの存在を認めるのも同然となる。何百年と続いた、ウェアと人の関係が崩れることになるのだぞ」 「いいじゃない、そんなの。だいたい今までがおかしいのよ。マナが使えなきゃ屑みたいな風潮とか、ウェアの存在を見て見ぬふりするとか。そんなの近代国家のやることなわけ?」 「それで世の中が成立していたんだ。大きな変化は、それだけひずみを生むのだぞ!」 「だからって犠牲にするには大きすぎる問題でしょうが!」 「レイチェル、いい加減にしろ。話が進まん」 今度はクロスが引き留め、レイチェルは犬歯むき出しに近い状態で矛を収める。 「ローレンクロイツ王。我々の言葉を誰が信じずとも、我々という存在がいたこと、それだけは誰もが理解するはずです。 未知の生物として認識する、それは構いません。では、その後はどのようになさるおつもりですか? まさか新種の動物だとでも?」 「……貴様らの知ったことではない」 「存在を秘匿できなかった以上、最善手は包み隠さないことであるはずです。もしまた何かを隠し、それが明るみに出れば、国民の信用はなくなります」 「そんなこと! 貴様らに言われる筋合いはない!」 ローレンクロイツ王は引き下がれないようだった。どうしたものかと思っていると、アリスが挙手するのが見えた。 「よろしいでしょうか、陛下」 「……アリス殿か」 アリスはギルフォードの守り人だ。その名前も知られているらしい。 立ち上がった彼女は全員を見渡し、 「ギルフォード・フィル・フォルンハイムの従者でありました、アリス・ゲーティアムです。私は、彼を一人の男性として愛しておりました」 いきなりの宣言に、誰もが目を丸くする。構わず、彼女はつづけた。 「彼はどこか、死ぬことを求めていたようにも思います。そういう意味で、彼は幸せだったかもしれません。ですが、その周囲まで幸福になったのかと言えば、そうは言えません」 彼女の独演。止めようとする人はいなかった。 「彼は大勢の人に慕われておりました。そんな彼らの嘆き、私の耳にさえ届いています。ですが、誰より悲しんでいるのは……、僭越ながら、私自身でしょう」 ほろりと、アリスの目端から何かが零れ落ちる。 「お願いします。もうこれ以上、私を増やさないでください」 そう言って、アリスは静かに頭を下げた。 |