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■楽しむこころ
心魔学園の一角。そこに、女性の悲鳴が響き渡る。 その悲鳴のほぼ真下に、聡と神楽は立っていた。 「・・・なあ、本当に乗るのか?」 「当然。さ、行くわよ」 「ああ、逝こうか・・・」 聡はため息を吐きつつ足を踏み出した。 入り口の係員が声をかけてきた。 「はい、おふたりですか?」 「あ、はい。これでお願いします」 神楽はバッグの中から券を一枚、取り出した。 「カップルチケットですか。はい、それではどうぞ」 係員に案内され、神楽が先導してふたりは歩く。 ここは学祭期間のみ運行している遊興施設。魔力で加速する乗り物で不安定な道を行くという乗り物で、早い話がジェットコースターである。 カップルチケット・・・すなわち男女組でなければならないという名目で神楽は聡を誘った。もしその場に茜がいればただでは済まなかったろうが、幸いながらクラス委員長である茜は学祭の期間中はひどく忙しい。神楽がその話を持ちかけた後、聡はまだ茜に会っていない。 「こちらにどうぞ」 係員が案内し、神楽と聡は列の最後尾に並んだ。 「なあ、これってやっぱ怖いんだろ?」 「そーよ。だから乗るんでしょ?」 「なんでわざわざ怖い想いせにゃならんのだ?」 「いいじゃない。怖い想いを楽しむのよ」 聡は別に高所恐怖症ではない。単にこの手の乗り物が苦手なだけだ。昔、安全バーを完全に無視して吹っ飛びかけたという思い出のせいである。 しばらく無意味な談笑を続ける間に列は進み、とうとうその時は来た。 「あ、次は私たちの番よ」 「・・・マジか」 嫌ならば嫌と言えば良かったのだが、神楽の剣幕にムリヤリ押し切られた聡。今更、退く道はない。 「うっしゃ!覚悟を決めるぜ!」 「別に戦いってわけじゃないんだからさ。もっと気楽に行こうよ」 神楽は嬉々として、聡はひどく緊張しながら座席に座る。 「か、神楽・・・。ちっと手ぇ握っててくれねーか?」 「へ?あ、ああ、いいわよ」 聡は何の気なしに言っただけだが、今度は神楽の顔が朱に染まった。 「レディ・・・ゴー!!」 爆発的な加速で、聡と神楽は飛んでいく。手を取り合って。 「さあ!とっとと姫を渡せ!そうすれば命だけは助けてやろう!」 兵士が槍を男に向けた。 「しつけぇな!痛い目ぇ見たくなかったら消えやがれ!」 男は傍らの少女を引き寄せて剣を抜き、呪文を唱え始めた。 「パーン・ストーム!」 ズドンッ! 派手な音と光が舞台を埋め尽くし、紅蓮の煙に包まれた。 「今の内に!」 「あ!こ、こらぁ!」 男と兵士の怒号が会場に響き渡り、煙が切れたその場所には、兵士たちの姿しかなかった。 「く、くそ!まだ遠くには行っていないはずだ!追うぞッ!」 兵士たちが慌ただしく舞台袖に引っ込むと、床板の一部が外れた。そこから顔を出したのは、先刻の男女。 「危ないところじゃったのぅ・・・」 「めくらましなんて何度も効く手じゃねーけどな。とりあえず時間は稼げたし、逃げるぜ!」 男女は兵士たちとは反対側の舞台袖に引っ込み、ナレーターの声が響きながら幕が下がってきた。 客たちはザワザワと話しながら席を立っていく。 「私たちも行きましょうか?」 「あ、はい」 新藤が眠そうな半目のまま立ち上がると、隣の席に座っていた由佳も慌てて立ち上がった。 劇場の外は日の光が眩しいくらいだ。外に出た由佳は、目を細めた。 「さて、と。柊さん。どうしたいですか?」 「じゃあ、ちょっと散歩でもしませんか?」 新藤は微妙な間の後に頷き、先導するように歩き出した。誰が見てもデートだろう。実は本当にデートである。 結界日や天原の件で世話になったため、由佳の頼みを断れなかったのだ。その頼みとは、今日だけ彼女に付き合う事。 女性嫌いな新藤としては、これは拷問のようなものだ。あるいはそこまで大袈裟な話ではないかもしれないが、愉快ではないであろう事は想像に難くない。 今日、由佳はある決意をしていた。成功の望みは薄い。だが、それをやらなければ、前には進めない。 無理をして先に進んでも、傷つくだけかもしれないけれど。 それでも進みたいと思える今がある。そう思わせてくれた人がいる。 「柊さん。ひとつ、構いませんか?」 人込みを歩きながら、新藤は由佳に問い掛けた。 「何ですか?」 「どうして私と学祭を見て回ろうなどと思い立ったんですか?何も楽しい事などないでしょう?」 「そんな事はないですよ。先生、優しいですから」 由佳の言葉に、新藤は眉根を寄せた。 「・・・私が優しい?」 「ええ。とっても」 由佳は微笑んだが、新藤は意味がわからないと言わんばかりに首をかしげた。 「ね、先生。あっち見てみましょうよ」 由佳は誤魔化すように新藤の手を引き、人々の間を歩いて行く――。 |