■夫婦のこころ

「マスター、どうして僕が一緒に行かねばならないのですか?」
「いーだろ、別に。暇なんだから」
学園祭で盛り上がる外を尻目に、天原と秀一は学園長室に向かって歩いていた。
学祭のイベントや店舗経営に関係しないこの場所は、他と比べると比較的、静かだ。と言っても、外の喧騒が十分に伝わってくるが。
「まあ、確かに暇な事は事実ですが。先輩も出張で訓練できませんし。学祭なんてのは僕の趣味じゃありませんからね。
で、何のために向かっているんですか?学園長なら外回りしている筈でしょう?」
「ちょっと人を迎えに、な・・・」
微妙に語尾を濁し、天原はスタスタと歩み行く。
学園長室の前まで来ると、天原はそれとなく秀一の後ろに隠れた。
「秀一、開けてくれ」
「はいはい・・・」
ため息混じりに答え、秀一は扉のノブに手をかけ・・・開いた。
ビュオッ!
途端、突風が吹き荒れる。
「なッ・・・攻撃魔法!?」
秀一はすぐさまアーティファクトを構えた。秀一ほどに慣れていれば、詠唱を破棄した上でアーティファクトの召喚も可能である。
「何者ですかッ!」
叫びながら、秀一は刀を手にしつつ中に飛び込み・・・。
「ひじ・・・、あれ?秀ちゃん?」
「え?静音さん?」
双方、動きが止まった。
部屋にいたのは明るい緑髪を肩で揃えた女性。ハイヒールのせいもあるだろうが、かなり背が高い。天原と同じくらいの背丈はあるだろう。スタイルも良い。可愛いと言うより美しい、理知的な外見はどことなく聡に似ている。
「秀ちゃん、どうしてここに?聖が来るはずじゃなかったの?」
「マスターならそこに・・・あれ?」
秀一が振り向くと、そこにいたはずの天原の姿はない。
「さっきまでそこにいたんですけどね・・・?」
廊下の左右を見渡せど、天原の姿はどこにもない。まさに雲隠れといった様子だ。
「そうねえ・・・。聖の事だから、そこね!」
静音は風弾を解き放つ。目標は、部屋の隅に置いてあった衣装タンス。
バチッ!
しかし風はタンスに届く前に弾け飛び、ただの空気へと戻った。目には見えないが、そこには電気の壁があるのだろう。
「聖!出てらっしゃい!」
静音が一喝すると衣装タンスの戸がゆっくりと開き、中から怯えた表情の天原が姿を現した。
「よ、よう・・・静音。久しぶりだな。げ、元気だったか?」
天原の声は震えていた。まるで、これから起こる嵐に怯える子猫のように。
静音はツカツカと天原に近づき、その首元をガッと掴んだ。
「元気だったか、ですってえ?バカ言ってんじゃないわよッ!まったく、私がどれだけ心配したと思ってるの!?連絡くらいできないわけ!?」
「お、落ち着け!とりあえずおぢづいでぐれ・・・!」
首をカックンカックン揺さぶられながらも天原は抗議の声をあげる。
「もう!新藤君の話がまるで遺言みたいな台詞だったから、すっごく心配したってのに!それを元気だったかの一言で済ませるわけ!?」
「し、静音さん!マスターが死んじゃいますよ!」
秀一が慌てて天原と静音を引き剥がす。興奮して鼻息の荒い静音に、天原は首元を緩めながら言った。
「わ、悪かったよ。お前も聡も、寂しい想いをさせちまったからな。これからはもうちっとしっかりするからよ、それで勘弁してくれよ」
「ふん!わかればよろしい」
天原は頭を下げ、静音はようやく収まった。
「で、マスター。どうして静音さんがこちらに?シャルロードから心魔まではかなりあるはずですが」
「ああ、俺がいない間の事も謝りがてら、学園祭を一緒に回ろうと思ってよ。ちょっと遠出して貰ったんだよ」
天原の言葉に、静音の顔も明るくなった。
「いいわね!じゃ、さっそく行きましょう」
静音が天原の手を取り、先導して歩こうとする。秀一はその光景をため息混じりに眺め、おもむろに歩き出した。
「じゃ、僕はこれで・・・」
「待ったあ!!」
去ろうとする秀一の手を、天原が押さえた。
「待て!お前も一緒に行こう!と言うか来い!」
「は?久しぶりの夫婦水入らずでしょう。僕は遠慮しておきます」
秀一の台詞に、天原は小声で返した。
「いや待て!俺を静音とふたりきりにはしないでくれ!頼む!」
「・・・何故です?」
秀一は心底嫌そうな目で見るが、天原はそれをものともせずに秀一を引っ張っていく。
「色々と察しろ!あいつの普段の行動言動!お前だって知ってるだろうが!」
当然ながら知っている。知っているからこそ嫌がっているのだが。
静音は先刻の通り、少しばかり感情的になるところがある。先ほどのようなやり取りもこの夫婦では珍しい事ではない。
天原も静音だけには弱く、秀一も静音は苦手にしている。と言っても、別に嫌っているわけではないのだが。
「聖。何か言ったかしら」
静音は鋭い視線を天原の背に飛ばした。それだけで天原の背筋がピンと伸びる。
「いいいいや!何でもない、何でもないぞお!ほ、ほら秀一!さっさと行くぜ!」
強引なまでに秀一を連れ、天原は静音と共に学園長室を後にした。



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