■嫌われ者のこころ

人々に埋まる学園のとある通り。そこを見下ろす場所に公園がある。
やはり人の数は多いが、どちらかというとカップルなどがゆっくりと休むための場所。下に比べればスペースも広く、静かだ。
その公園のベンチに桔梗はひとりで座っていた。
「・・・お待たせ」
後ろからの声に桔梗が振り向くと、行人が両手に紙コップを持って立っていた。
「どうぞ?」
行人が差し出すコップを桔梗は無言で受け取った。行人が気にせず桔梗の隣に座り、上手そうにジュースを飲む。
「ふう・・・。今日は暑いねえ?」
「そう、ね」
桔梗も一口、ジュースを飲んだ。冷たいジュースは暑い気候には丁度良い飲み物だ。
「綾瀬」
「ん?何?」
桔梗は相変わらず眉根を寄せた表情。何が気に入らないというよりは、この表情が落ち着くのだろう。
「どうして私を誘ったわけ」
「暇そうだったし、俺も少し時間が空いていたからね」
行人と桔梗が会ったのは、ちょうど桔梗が女子寮から出てきた時だった。桔梗としては単に騒がしい寮を出たかっただけなのだが。
当てもなくフラフラしていた行人は暇そうな桔梗に声をかけ、そして今に至る。
「変なヤツね、あんたは」
「そうかな?」
「そうよ」
公園をカップルが歩いている。それらと同じ男女の組なのに、行人と桔梗はだいぶ違う。
「だいたい半獣がどうして人間と親しくしているわけ?」
「どうしてって、仲良くするのは悪い事じゃないと思うけど・・・?」
「そういう事じゃない。あんたは人間を憎むとか、そういう発想はないの?」
「憎む理由がないじゃないか」
桔梗は疲れたようにふう、とため息をついた。
「異種族間ハーフが平和な生活を送れたとは思えないわ。力を持つが故に人間に嫌われる。何かにつけて、何の関係もないのにハーフのせいにされて。恨まれ、憎まれ、嫌われ、妬まれ。それでもなお人間社会で生きる。あんたってどういう精神構造しているのよ?」
「うん、まあ・・・辛い事はあったけどね」
「なら・・・」
行人は頭をポリポリとかき、困ったように言う。
「俺だって汚い感情の中で生きていた事もあったさ。他人に嫌われ、嫌い。憎まれ、憎み。そういう生活を送っていた時期もある。けれど、聡が救ってくれた」
「村野、聡?」
行人は頷き、
「そう。聡は何の気なしに俺に近づいてきて、仲良くしてくれた。半獣なんて皆は知らなかったけど、それでも皆がなんとなく俺を嫌っていたのに・・・聡は、そんなのはおかしいって言ってくれた。行人は何もしていないのに、嫌う理由はないだろって」
聡は、その場の空気が読めないようなヤツではなかった。それでもおかしい事はちゃんとおかしいと言った。間違った空気を吹き散らす力があった。
だから行人はここにいられる。迷ったら正してくれる友達が、傍にいる。だから間違わなかった。誰を憎むでもなく、悲しみに満ちる事なく生きてこられたのは、他でもない。聡の、おかげ。だから行人は、聡を守りたいと思う。何よりも大事な、誰よりも恩のある、最高の友達。
「・・・・ッ!」
ずっと、望んでいたもの。同じ人間なのに、力を使えないというそれだけで忌み嫌われていた。誰かに助けて欲しかった。でも、誰も助けてくれなかった。
行人には救いの手を差し伸べてくれる人がいた。だが、桔梗は出会わなかった。そして行人は平和な道を歩み、桔梗は血に塗れた道を歩んだ。
望んでも得られないと思っていたのに。この男は、それを得ている。そして、同じスタート地点にありながら、まったく異なる答えを出している。
「風峰さんも知っているはずだと思うけどね。人間は、人間という大きな括りじゃくくれない。それほど多様で、優しい奴もいればロクでもない奴もいる。それは半獣の俺よりも風峰さんの方がずっとわかるんじゃないかな?」
「・・・私は、人間ではないわ」
「人間だよ」
睨む桔梗に、行人は微笑みかけた。
「風峰さんは俺と違ってちゃんとした人間だ。人間だって色々ある。魔法使いとか非魔法族とか、そんなのじゃ人間はわからない。俺はそれを知っているよ」
「あんた、変わっているわね」
「ん、褒め言葉と取っておくよ」
行人はジュースを飲み干す。つられて桔梗もジュースを口にした。
「・・・変な感じ」
天原や新藤と旅をした。多くの敵を打ち倒し、立ちはだかる全てを斬り払ってきた。
なのに、今、彼女の前に座る男は。それは今まで現れたどんな相手よりも変わっていて、それでいてどんな相手よりも温かい。
天原は強引なまでに引っ張って進んだ。新藤は何も言わず、ただ同じ戦地を駆け巡った。秀一とは幾度となく背中合わせに戦った。
しかし、そのどれとも違う感覚。一緒にいるだけで安心ができて、心が溶けてしまいそうになる。いつまでも、このぬるま湯に浸かるような感覚を味わいたくなる。
この、初めての感覚。ずっと一緒にいたい。離れたくはない。そんな、独占欲にも似た感覚。これは・・・。
「まさか、ね」
ふっと笑い、桔梗は立ち上がった。
「綾瀬。せっかくだから付き合いなさい」
「・・・はいはい」
行人はため息混じりに苦笑いし、紙コップを握り潰した。



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