■お昼のこころ

人々がごった返すファーストフード店。安く手早く手軽で、学生は普段からよく利用する。学祭期間の今は、学生以外の客も多いが。
神楽はひとり、窓辺の席に座っていた。窓の向こうは楽しげな人々が歩いていく。
「・・・はぁ」
重く暗い息が吐き出された。覚悟を決めて、自信もある。なのに、結果を考えると不安に押し潰されそうになる。
ただ、ずっと一緒にいたい。それだけなのに。ただ、同じ歩調で歩きたい。それだけなのに。
その想いを言葉にするのが、怖い。いや、言葉にして、それが拒絶されるのが、怖い。
「よ、お待たせ」
背後からの声。振り向けば、プレートを手にした聡が立っていた。
「やっぱ込んでるなあ・・・。買うだけでめっちゃ時間かかっちまったよ。これじゃあファーストじゃないっての」
文句を言いつつプレートをテーブルの上に置き、神楽の向かいに座る。ちなみに聡のおごりだ。
「さ、食べようぜ」
「うん・・・」
聡は嬉々として昼食を頬張る。その姿はまるで子供のようだ。
「・・・どした、神楽」
「え?」
先を考えてボーっとしていたのが気になったらしい。聡は心配そうに眉間にシワを寄せた。
「あ、何でもないの」
慌てて神楽も遅めの昼食を食べ始めた。
聡はなおも心配そうだったが、気にするだけ無駄と悟ったのか、飲み物を口にする。
「・・・神楽」
「何?」
「俺はさ、行人みたいに頭よくねーけど・・・相談くらい乗るからな?」
「へ?」
口の端に付いた赤いソースが子供のようなのに。その声や表情は、ひどく大人びていた。
「俺に相談したってどうにかなる問題もそんなにねーけどさ、俺は誰も拒絶したりしないから」
「聡・・・」
拒絶しない。
今、最も欲していた言葉を、彼は何の気なしに口にする。
「(その辺が・・・天原さんに似たのかもね)」
ふふ、と小さく笑った。それで安心したらしく、聡もニコリと笑った。
やはり、前に進もう。進めば戻れない道だけれど。
だけど、この想いは・・・胸に秘めるには、大きすぎる。
結果は後悔するものかもしれない。望まない結果になるかもしれない。それでも、進みたい。試したい。
そうしなければ、何も始まらないから。

新藤と由佳は歩き続けた疲れを癒すために、パーラーで休んでいた。
「すみません、お客様」
声の方を向けば、店員が困ったような表情でいた。
「申し訳ありませんが、相席をお願いできませんでしょうか?」
客が多過ぎる学祭では頻繁に起こる事態である。新藤は黙って頷いた。
店員はほっと安堵の表情を浮かべると、礼を述べて新たな客を呼びに行った。
店員はすぐに二人組の客を連れて戻ってきた。新藤と由佳はほぼ同時に客の顔を目にし、驚いた。
「おや・・・」
「松岡先輩!?」
「げっ・・・。由佳に新藤先生?」
そこにいたのは少女と男。
少女の方は松岡真紀。元美術部で、由佳に対するイジメを行っていたグループのリーダーだ。
隣の男は、見るからに柄が悪い。額と右頬に傷がある。彼に睨まれたら、一般人の十割は逃げ出すだろう。それだけの凄みがある。
「真紀。知り合いなのか?」
「うん。数学科の新藤先生と、美術部の後輩の由佳」
ほう、と小さく呟き、男は新藤の向かいに腰を下ろした。
真紀は店員に注文し、その隣に座る。
「娘が世話になっています。真紀の父で、太一と申します」
「心魔学園数学科担当の新藤玄馬です」
太一の顔は笑っていたが、目は笑ってなかった。
「まさかこんなところであの有名なロードにお会いできるとは思っていませんでしたよ」
「・・・随分と詳しいようですね?」
「まあ、私は見た目の通りの商売をしていましてね。そういう噂は自然と耳に入って来るのですよ」
真紀は父の横で居心地が悪そうだ。これは由佳も同じである。なにせ、新藤と太一が互いに殺気を飛ばしあっているのだから、当然である。
店員が紅茶を持って来たが、殺気に憶したのか、カップを置いて早々に逃げ出した。
太一は運ばれてきた紅茶をゆっくりと口に含み、言葉を継ぐ。
「先生にしておくには勿体ないほどの強さをお持ちのようですね?どうです?ウチの組に入りませんか?」
「遠慮しておきますよ。一応、免許取得のための修行期間中ですからね」
「免許なら私がいくらでも手に入れて差し上げますよ?」
「それでも辞退させて頂きます。他人を食い物にするような腐った商売は嫌いですから」
今まで表情に変化のなかった太一も、この言葉にはさすがに片眉を跳ねさせた。
「先生は・・・失礼ながら、世渡りはお下手のようですね?」
「他者に媚びるくらいなら自己の力で切り開く。それがロードです」
「・・・なるほど。参考になりました」
太一は立ち上がった。真紀も慌てて跡を追う。
「次にお会いする時は、もう少し穏やかに話したいですね」
「それはあなた次第ですよ、松岡組長」
太一は鼻を鳴らし、足早に立ち去った。真紀もついて行こうとして、思い出したように振り返った。
「・・・先輩?どうかしたんですか?」
「ん、いや・・・。あんたたちに話してどうにかなる問題じゃないかもしれないんだけどさ・・・」
真紀は話すのをためらっているようだ。表情からも、冗談の類ではない事が分かる。
「せんぱ――」
「真紀!何をしている、行くぞ!」
太一の鋭い声に、真紀はピクリと肩を震わせた。
「何でもない。今のは忘れて」
真紀はそう言い残して、出入り口に向かった。



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