■揺れ動くこころ

朝日が昇り、夜を徹してのイベントも終わりを告げる。
心魔が束の間の休息を得る時刻、学園長室には秀一と学園長がいた。
「それで、天原君はまだ戻らぬのかの?」
「・・・ええ。その通りです」
秀一は天原の言いつけ通り、学園長室で学園長が帰るのを待っていた。
学祭期間中は皆が忙しく動き回り、確実に逢うためには、確実に戻ってくる場所でじっとする他に選択肢はない。
朝日が昇ろうという時刻になってようやく、学園長が姿を現したというわけである。
秀一はさっそく、預かった手紙を学園長に渡した。学園長は素早く目を通し、秀一に質問したわけである。まだ戻らないのか、と。
手紙の内容からすれば、事は確実に戦いとなったはず。天原がどのような敵と戦おうと、容易に負けるはずはない。それどころか、よほどの力量を持っていても手出しはできない筈だ。
なのに、帰ってこない。
となれば、結論はひとつしかない。にわかには信じられないが、可能性が皆無ではない以上、最悪の事態を想定して動かねばならない。
「どうやら、事態は深刻なようじゃな。麻生先生を呼んでくれるかの」
「桔梗や『不死の暗黒』、それに村野聡たちには?」
「クロウ殿は昼間の間は動けぬ。風峰君にはまだ知らせない方がええじゃろ。彼女では無茶をしかねんからのォ。村野君たちには論外じゃ。まだその時期ではなかろうて。とにかく、麻生先生に連絡、捜索をしてもらおうかの」
わかりました、と言い残し秀一は部屋を出て行った。天原に関する事態だけに、秀一も素直に動く。
遠く建物の間には陽が昇る。今日も好天気になりそうだ。
「ほっほっほ。どうにも、今年は無事では済まんようじゃのォ」
学園長は立派なヒゲをなで、目に染みる朝日を見つめた――。

学園祭、中日。
2日目の学祭は初日以上の盛り上がりを見せる。客はますます多くなり、各店舗は休みなく賑わう事となる。
それは学生の運営するパーラーとて同じ事。聡たちのクラスもまた、特に裏方は戦場のような状態だった。
「何やってんの!さっさと運びなさい!」
昨日以上に厳しい茜の叱咤が飛ぶ。まるで何かにイラついているかのように、ほとんど八つ当たり気味の勢いで指示が飛んでいる。そして、その主な犠牲は聡である。
「これ以上は運べねぇ!っつーか普通に無理だろ!」
両手にお盆を抱えつつ、聡は紅茶やケーキを運ぶ。まだ朝の時刻だというのに、すでに店内には客が大勢、入っている。朝の間は軽食も出しているので、朝食を食べに来る客も多いのだろう。それはそれで狙い通りなのだが、こう忙しいと休む間もない。
聡は本来なら仕事をしなくていいのだが、あまりにも忙しいので手伝いをしている。
――イライラするわね。
茜は内心の動揺を隠したまま(自分ではそのつもり)で、ケーキを作る。何となく、昨日よりも出来が悪い気がした。
「ちょっとそこの副委員長」
「ん、何?」
クラスをまとめる茜委員長の直属の部下であるのが副委員長(要するに下僕のようなもの)だ。人のよさそうな顔に笑顔を張り付かせたまま、副委員長が寄ってきた。
「これ、ちょっと味見して」
茜が突き出した小さなケーキを、副委員長は食べてみる。
「うん、美味しいよ。昨日よりも美味しくなってるんじゃない?」
「・・・そう、ありがと。じゃあさっさと運んでね」
「厳しいなぁ・・・」
言いながら、副委員長も両手に盆を持って客におしぼりを運んでいった。
「――気のせいなんだろうけどさ」
動揺が、消えない。
昨日はあまり眠れなかった。聡の話を、聞いてしまったから。
神楽が、聡に、告白した。
聡はまだ答えを出していないらしい。簡単に答えを出さなかったのは聡なりの優しさである。
それと同時に、事態の真剣さも伝わってきた。これは、本当に本気の告白なんだという想い。
自分は、まだ動けないでいるのに。神楽は、どんどんと進んでいる。彼について行くため、迷わず道を歩んでいる。
「どうしろって言うのよ・・・」
自分の想い。それは、あの日に確認したはずなのに。目の前の、実力以上の敵を破り、決心したのに。
なのに、大きく進む事ができない。今までが壊れるのが、怖い。
想いを言葉に換えれば、絶対に元には戻れなくなる。そうなった時、自分はどうすればいいのだろう。
成功するならば問題はないかもしれない。しかし、失敗すれば、その先はどうなってしまうのだろう。
そして。重大な事実が、もうひとつ。
自分が聡に告白すれば、聡は茜か神楽のどちらかを選ぶ事になる。それは、必ず敗者が出るという事。
聡がどちらを選んでも、あるいは選ばなくても、傷つく者がいる。それが怖くて、恐ろしくて、前に進むための一歩が踏み出せない。
あるいは、茜は今までを積み重ね過ぎたのかもしれない。神楽よりも長い付き合いで、茜は聡という人間を知り尽くしている。もし茜が告白すれば、聡は真摯しんしに悩むだろう。結論は、どちらかわからないけれど。
「おい、茜!」
聡の怒声が響き、茜ははっと顔を上げた。
「早くしてくれ!でねーと作り置きが消えるぜ!」
「わ、わかってるわよ!あんたはさっさと自分の仕事をしなさい!」
強がって、茜はケーキ作りに没頭しようとした。
何かをする事で、今を忘れようとした。
何をしていても、今という現実が変わるわけではないのに。



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