■脅しのこころ

「失礼します」
ノックの後に扉を開き、凛は学園長室に入った。
「調べはついたかの、麻生先生」
「はい」
部屋には学園長と秀一が控えている。その面には緊張の色が走っていた。
凛は書類をめくり、淡々と話し出した。
「まずはマスターに関してですが、指定されていた教会を調査しました。人が出入りした形跡はありましたが、戦闘の痕跡は認められませんでした」
「・・・静音さんを人質に脅されたんでしょうか」
秀一の台詞に、しかし学園長は首を振った。
「ありえんの。天原君は危険でも戦うタイプじゃ。戦わなんだには他の理由があるんじゃろう」
凛がかさりとページをめくった。秀一と学園長は口を閉ざす。
「次にその他の異常ですが、学園内にて魔法が使用できません。原因は不明です」
「は?」
秀一はためしにと明かりの呪文を唱えた。基礎的な魔法で、学生でも扱える魔法である。
明光ライティング
本来なら光球が生まれるはずの秀一の手には、予想に反して何も生まれなかった。あるいは、予想通りに。
「これが原因、ですか」
天原が魔法を唱え、しかし発動せず、その不意を突かれた。
可能性としてはそれが一番高い。問題は、原因がわからない事だが。
「また、学内にてガーゴイルを発見。動作はしていませんでしたが、念のため破壊しました。その際にアーティファクトを使用できましたから、そちらには問題がないと思われます」
アーティファクトが使えるのは朗報だ。これがあれば、最悪の事態せんとうにも対応できる。
「それら以外に目立った異常は発見されていません。報告事項は以上です」
凛が書類から目を上げ、無言で指示を仰いだ。
「そうじゃのぉ・・・」
学園長が指示を出そうとした時だ。
コンコン。
窓ガラスを叩く音に振り向くと、一羽のカラスが窓辺に立っていた。
学園長が窓を開くとカラスは中に入り、右足を突き出して短く鳴く。足には小さな筒がくくりつけられていた。
「伝書とは、古臭い手段ですね」
秀一はカラスの足から筒を取り外した。カラスは一度だけ伸びると、開け放たれた窓から飛び立って行った。
秀一は学園長に筒を投げ渡す。
受け取った学園長は筒から手紙を取り出し、素早く視線を走らせた。
「・・・内容は」
秀一の短い問いに、
「悪い知らせじゃな」
学園長は苦笑いをしつつ手紙を秀一に渡した。
秀一は内容を声に出して読む。
「『天原聖、村野静音の両名はこちらで預かっている。返して欲しければ無言の書をこちらに渡せ。
本日の日没までに回答がない場合、もしくは拒否した場合、学内に魔法非生物を放つ。
回答方法は、教員棟屋上に赤い旗を上げる事とする。日没までに上げ、周囲にかがり火を焚く事。
色良い返事を期待する。
天下を得る者、松岡組』」
秀一が口を閉じると、静寂が部屋を包んだ。
それを破ったのは、やはり秀一である。
「ふざけたマネをしてくれるじゃないですか」
「わかりやすい話じゃな」
どうして無限の話が外部に漏れたのか、どうしてわざわざ天原を人質としたのかは不明だ。が、予想はできる。
「学内にガーゴイルがいたんですよね?」
秀一は確認するように凛に問う。
「ええ。動作はしていなかったけれど」
「・・・ガーゴイルは、動く石像ゴーレムの一種。起動に条件設定が必要で、製作時に魔力を要するタイプです」
そんな事実はいちいち確認するまでもなく、ふたりはわかっている。秀一とて確認のために言っているだけだ。
「となれば、相手は相応の用意をしたはずです。その上でなお、危険を犯してまでマスターを捕縛する理由がありますか?
邪魔者を魔法が使えない間に捕縛すると言うのであれば、魔法を封じている今なら捕縛するまでもなく殺せばいい。
が、僕が生きているという事はマスターも生きているという事です。マスターは何故だか殺されていない。その理由は、何だと思いますか?」
「予想じゃが、答えはひとつしか考えられんの」
凛と秀一の視線が学園長に集まった。
「・・・天原君の魔力を、利用するつもりじゃろう。溜められる魔力にも限りがあるからの。大きな魔法を使うにしても、天原君ほどの魔力があれば便利じゃからの」
何をする気かわからないが。だが、天原ほどの魔力を悪用すれば、それは・・・。
「マスターが殺されぬ間に急ぎましょう」
「ふむ」
学園長は窓から外を眺めた。
何も知らない人々が楽しげに歩いている。もしあの場でガーゴイルが暴れれば、学園は瞬時に地獄と化すだろう。
「・・・止めるぞい」
「当然です」
雲のない空に、日が輝いていた。時刻は、まもなく正午になる。
日没まで、およそ残り5時間――。



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