■歯痒いこころ

「動き出しているようだな」
ゆっくりと動く観覧車の中に、4人が乗っていた。カップルや家族連れが多い中で、明らかに浮いている。
「そう、ですね」
遠く、教員棟にかがり火が見える。そこには肯定を示す赤い旗があった。
「さて、これから忙しいよ。行人君」
星次は変わらぬ笑みを行人に向けた。
太一の隣で、行人は感情のない顔でかがり火の方向を見つめていた。
「なぁにぃ?心配してるのォ?大丈夫よ、美華がついてるもん」
「そんなのじゃ、ありませんよ」
いつもの行人からすれば考えられないほど、冷たく重い声が狭い部屋に響く。
ゆっくりと動く観覧車の外には、美しい心魔の夜景が広がっている。黒い海を照らす色とりどりの光。儚げな光を見ていると、何となく切ない気分になってくる。
「まさか、まだ学生生活に未練でもあるのかな?」
「なんだろう。それも、あるかもしれませんね」
星次は軽く髪をかき上げた。
「おいおい、この期に及んで迷いは止めてくれよ?かなり危ない橋を渡るんだからね」
「・・・ええ。戦う時は、迷いません。それが獣人の血ですから」
忌み嫌われた血。戦いを好む獣人の血は、確かに行人の中に流れている。
「(風峰さんのせい、かな)」
彼女もまた、忌み嫌われていた。不条理に殺意で立ち向かい、ますます恐怖と絶望に堕ちていった。
まさに、同じ。今の行人もまた、桔梗と同じような道を進みかけている。
行人はその事実に気付いている。この道の先には良い結果がないであろう事も。
それでも、この道を選んでしまった。許されざる血を捨てられるというのは、半獣の彼には耐え難い魅力があった。
今のままでも受け入れてくれる仲間がいるのに、それ以上を望んでしまう。本当の意味で彼らと同じになりたいと思ってしまう。
そんな事をしなくても、彼らは否定したりしないのに。他の人と同じように接してくれるのに。なのに、愚かしいながらも進んでしまう。
ずっと悩んでいたから。ずっとずっと、重荷だったから。
人間になりたいと思っていた。獣の血なんか欲しいと思った事は一度もなかった。なのに、現実は変えられなくて。否定し続けても、獣の血はなくならなくて。
「本当に、なくなりますよね」
「ああ。私に任せておきなさい」
太一は安心させるように言う。そんな言葉は嘘だとわかるのに、そこには逃げられない魅力があって。
それに抗えない弱さが行人の中にある。それが、人間の血に由来するものだとは・・・彼は、まだ気付いていない。

漆黒の闇が辺りを覆う。学園の一角にある、何のイベントも行われていない丘。何もないだけに、この学祭期間中は訪れる人もいない。
そこに凛は大きな魔方陣を描いていた。魔方陣は大きさに比例して、円内の者の魔力を底上げする。これだけの大きさがあれば、十分な増幅率が得られるだろう。
「準備完了です」
「ならば、始めるか」
闇よりなお暗き闇が声を発する。
まだ学園結界は解いていない。学園結界には魔法使用を制限する力があるが、例外的に召喚術だけは封じる事ができない。それは、召喚だけが他の魔法とは毛色の異なる術だからである。
また、魔力供給はそもそも封じる必要のない魔法。魔法を封じてしまえば、魔力などどれだけあろうと関係ない。だからこそ、今でもすでに魔力は供給できる。
闇の中の影が人のカタチを取る。クロウ・イブニングロウ。無限の書を守るためにこの学園に存在するアンデッドだ。
クロウは短い動作で自身の魔力を凛に渡す。クロウ自身は召喚魔法が得意ではない。それに何より、召喚術を使った本人がすぐに行動できないというものはまずい。だからこその作戦。
学園の客から魔力を集める前に、クロウから魔力を貰い受ける。それを使えば、かなりのデーモンが召喚できるだろう。
「麻生凛。今回、我は戦えぬ。おそらくは我の存在を知っての行動だろう。人間に任せるのは不安が残るがな」
「・・・新藤先生なら心配しないでしょうに」
「あれは特別だ」
クロウと凛を淡い蒼色の光が包む。目に見えるほど濃密な、魔力。
「まあ、言葉にしたところで意味はない。事実は変わらぬ。麻生凛、決して憶するな。恐怖を捨てて戦えば、ロードが人間に負ける事はない」
「それでは、私が化物みたいに聞こえますね」
「・・・そうだな。失礼をした」
「あなたでも謝るんですね」
くすりと笑い、凛は呪文を唱え始めた。
「大丈夫。マスターは必ず助けます。無限も守りましょう。それを、あの方マスターが望むのだから」
「本当に人間というものは・・・変わっているのだな」
自分のためよりも、他人のための方が力を出せる。
守りたいものがあるからこそ、全力以上の力を発揮できる。
それが、人間。人間ではない存在ばけものにはない能力。その能力が故に、人間は栄華を極めている。
「ふむ、松岡太一では無理だな。ヤツには守るべきものがなさ過ぎる」
己しか守れない者は、己のために破滅する。
それはあるいは本望かもしれない。けれど決して、彼らはそれを認めようとはしない。
「勝負は最初から決まっているのやもしれぬ。まったく、無謀な人間というのは後を絶たないものだな」
数え切れない年月を経た『不死の暗黒』は、それ故に人間の愚かさにため息をついた。
だからと言って、人間に絶望したりはしないのだけれど。
彼が信じる者もまた、人間なのだから。



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