■朝駆けのこころ

午前5時半。東の空が白みだし、美しい朝日が昇ろうとしていた。
白い日差しを背に、漆黒の翼を持つ鳥が飛んできた。
烏はまっすぐに学園長室の窓辺を目指す。それを見越していたように窓が開き、烏は室内へと入った。
「来たようじゃな」
学園長が伝書を受け取ると、烏は一度だけ大きく伸びてから朝日に溶け込んでいった。
すでにここには凛を除く全員が揃っている。この時刻に手紙が来る事は真紀の証言から予測済みだ。
「読むぞい」
学園長は一同を見回してから、手紙を声に出して読み始めた。
「『無用な争いを避ける判断、感謝する。
学園北部にて例の品の受け渡しを行う。神無月金五郎ひとりで来る事。他のいかなる者も同伴は認めない。
学園の皆々の命を大事にする事を切に願う限り』」
「相変わらずふざけた内容ですね」
秀一は腕を組み、浅くため息をついた。
「ここまでは先輩の言う通りでしたね」
由佳は隣に立つ真紀を見上げた。真紀はちらりと由佳に目をやり、小さく頷いた。
「てぇ事は行人が先輩たちと一緒に学園の南にいるんだな?」
「そのはずだけど」
「じゃ、作戦通りで行くか」
聡はひとり頷いた。
「確認するぜ。
俺と茜、それに桔梗と秀一のフォーマンセルで行人と先輩たちの相手。
松岡先輩と由佳ちゃん、それに神楽が親父の奪還と六芒星ヘキサグラムの破壊。
麻生先生はデーモンの操作に集中。
学園長はできる限り時間を稼ぐ。
新藤先生には連絡が取れないんだったな。というわけで今回は計算に入れない。
とまあ、これで大丈夫か?」
「個々の不安要素を除けば、布陣としては悪くないはずよ」
桔梗はさらりと髪をかき上げた。
「松岡と顔見知りの柊や神無月が組めば相手も多少は納得するはず。私たちはフォーマンセルでスリーマンセルを相手にするんだから有利なはずよ。とにかく速攻。ジジイの時間稼ぎにも限界があるんだから」
「りょーかい。任しとけって。俺がなんとかしてやるよ」
「・・・どこからその自信が来るのかしらね」
いつも通りの不機嫌な眼差しを聡に向ける。
――聡が救ってくれた。
桔梗の脳裏に行人の言葉が蘇る。行人を特に意識するわけでもなく救った男。まさに、天才。桔梗とは正反対に位置する者が、その目の前にいる。
「まあ、いいわ。信用してあげる」
「珍しく素直ですね」
桔梗は秀一の軽口を聞き流した。
「それでは、各々準備時間としようかの」
それぞれの想いを知ってか知らずか、学園長は解散を言い渡した。

すでに日は完全に昇り、心魔を明るく照らし出している。今日もよく晴れるだろう。
「先生にはまだ連絡できないのか?」
聡は寝不足の顔を秀一に向けた。
「おそらく今日中は不可能でしょう。協会の周辺は外部からの魔法を完全にシャットアウトしますから」
学園長室を出て、聡が向かったのは近くの喫茶室。学祭期間中は朝早くから営業している店である。
他にやる事がある茜・神楽・由佳はいない。逆に突撃時刻まで何もやる事がない聡たちは、僅かな時間で休む事しかできない。
だが、この精神状態で眠れるわけもない。仕方なく、喫茶室で時間を潰しているに過ぎない。
「・・・松岡、確認したい事があるんだけど」
桔梗は向かいに座る真紀に目を向けた。真紀は黙って桔梗に視線を移す。
「綾瀬は誰が引き入れる事を提案したの」
「確か、白鷺さんだったはずよ。後輩に使えそうなヤツがいるって」
「使えそうな、ね」
本人は気付いていないが、桔梗の目に怒気が宿った。
「行人を道具みたいに言いやがって。行人は人間だ。道具じゃないぜ」
「でも、半獣なんでしょ?人間じゃなくて」
真紀の不用意な言葉に、二人分の怒りがこもった視線が帰ってきた。
「松岡先輩。行人は、人間ッス。確かに獣人の血は流れているけど、あいつは人間なんだ。外見とか、そんなのは関係ない。あいつの心は人間なんです。あいつを、化物扱いしないで下さい」
聡は、まるで自分が化物と呼ばれたかのように、静かに怒っていた。心の底から、本当に。
「・・・ごめん。そういうつもりじゃ、ないんだけど」
「会えばそういう事は言えなくなりますよ。あいつは本当に人間らしい。だから弱くて、誰かを信じ続けられないんだ」
聡の表情がふっと曇った。
言葉にはしないが、聡とて不安はあるのだろう。行人が自分よりも松岡組を頼りにした事、どうなっても彼とは戦わねばならない事。心が折れない事が奇跡に思えるほど、辛いはずなのに。
「――村野。綾瀬が、あんたには感謝していた」
「え・・・?」
桔梗は窓の外に目を向けていた。通りを歩く人はさすがにあまり多くはない。
「一昨日、あいつと会った。その時に言っていたのよ。あんたには、感謝しているって。嫌われていた自分を、何も考えずに助けてくれたって」
「行人が、んな事を思っていたのか」
カチャリとコーヒーカップを傾ける。桔梗のその仕草は、とても優しげだった。
「あんたは自分を信じてなさい。どうせみんなあんたに付いて行くんだから。迷わず怯まず、勝手に進みなさいよ」
「――ああ、ありがとう。桔梗」
僅かな陰りすら掻き消し、聡はその瞳を輝かせた。これからの未来に、希望だけを見つめて。



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