■直前のこころ

学園の中にはすでに使われなくなり、廃屋と化した建物もいくつかある。
その中のひとつに茜たちがいた。
茜、由佳、真紀、桔梗、秀一。戦いに赴くメンバーが揃っている。元は教室だった場所で、椅子だけを人数分、用意してある。
「桔梗、早めに出た方が良いのでは?僕らが暴れれば、それだけガーゴイルが分散する可能性は高くなるのですから」
「少しくらい待ちなさい。迷いを払う事も戦士には必要なんだから」
「・・・どうしたんです?いつもなら真っ先に潰しに行くのに」
秀一は素直に首を傾げた。
「本当にどうかしたんですか?どこかに頭でもぶつけました?」
「大きなお世話よ。少なくても、この時間は村野と神無月には必要なの」
「なんだか女性みたいな口振りですね」
「私は女よ」
ジロリと桔梗は秀一を睨む。秀一は軽く肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。
「ねえ、桔梗」
茜の声に、桔梗は振り向いた。茜の顔は緊張と、戸惑いの色がある。
「やっぱり・・・神楽の方が女らしいかな」
「誰より?」
茜は言いよどんだ。桔梗は軽くため息をつき、カタリと背もたれに身体を預けた。
「だったら何なのよ。あんたはあんたのやりたい事をやればいいでしょ」
「それは、そうだけどさ・・・」
「だいたい、あんたの悩みは私よりも柊あたりに相談した方がいいんじゃないの」
冷たく突き放す。半年ほどの短い付き合いだけれど、桔梗にはわかっていたから。茜は、自分で崖下から這い上がれる人間だと。
「由佳ちゃんはどう思う?」
「うーん・・・。神楽先輩がどうとか、あまり関係ないと思いますけど」
戦いの前だというのに、由佳は緊張していないようだった。目指すものがあるから、目標も目的も決まっているから、迷わない。揺るがない。
「茜先輩には茜先輩の魅力があるじゃないですか。神楽先輩は茜先輩の持っていないものを持っているかもしれませんけど、その逆だって成り立つんですから。悩んでも仕方ないと思います」
「・・・ホント、由佳ちゃんは強いのね」
“あの”茜が弱さを見せていた。いつもなら誰よりも強く、誰よりも先に進もうとするのに、今は前に進めそうにない。
「先輩が迷うのは、やっぱり神楽先輩が相手だからですか?」
「それも、あるかもしれない。でも、何より・・・私は私がわかっていない。だから迷うのよ」
「なんだ。わかってるんじゃないですか」
茜が疑問を視線に換えて由佳を見た。
「自分がどうして迷うのかわかっているのなら、それを取り除けば済む話じゃないですか」
「迷う理由はわかるんだけどね。自分の気持ちってのがわからないから苦労しているのよ」
流動的で目に見えないもの。とても不安定なのに、なくてはならないもの。それが。“こころ”。
「自分の気持ち、ねぇ・・・」
今まで黙って話を聞いていた真紀が口を開いた。行動や今までの会話を聞けば、何も知らない真紀でもだいたいの想像はつく。
「簡単とは言わないけど、出せない答えじゃないでしょ?例えば、大事なもんがなくなった時とか考えてみたら?」
「なくなる?」
――まさにそれが今。考えるまでもない。
茜は、そう思った。
「私はお父さんがやる事のせいで、この学園とか、その他の色々なものがなくなるのが怖い。だからわざわざあんたたちに協力してるのよ。そういうもんでしょ?」
「それは、そうですけど」
「いいじゃん、好きならコクるなり何なり好きにすればいいじゃないの。どうせ言おうが言うまいが、相手の気持ちが変わるわけじゃないんだからさ」
真紀は何も難しい事は言っていない。むしろひどく簡単な事。
先を心配するからこそ、一歩が踏み出せなくなる。なら、いっそ何も心配せず、何も考えず、ただ進んでみればいい。出会ったものには、出会ってから考えればいい。
「それができるなら、苦労はしないんですけどね」
「できるかどうかじゃなくて、するもんじゃないの」
まるで、いつもの茜のような強い答え。他人の事を全く気にかけていないようで、実は本当に心配している答え。
「先輩。この戦いが終わったら、気持ちに答えを出しませんか?」
「戦いが、終わったら?」
由佳は頷き、
「だから、とりあえずこの戦いを終わらせちゃいましょう。そして、答えを出すんです。それまではこの戦いに集中しましょう」
少し目を伏せ、茜はその瞳にいつもの輝きを取り戻した。
「そう、ね。なんだか“死亡フラグ”みたいで気に入らないけど」
言って、茜は明るく笑い飛ばした。
戦いは、もう始まる――。



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