■激突のこころ

聡と行人がぶつかる地からかなり離れた場所で、桔梗と美華は相対した。
「白鷺、ひとつ確認したいんだけど」
「なーに?」
美華は可愛らしい仕草で首を傾げた。男が見れば思わず守りたくなるような、そんな不安定さが溢れている。
「綾瀬を誘う計画を出したのは誰」
「そんな事を知ってどーするの?」
桔梗は黙ってアーティファクトを構えた。切っ先を頭の後ろにして構える、桔梗独自の構え。
「ま、いいわ。答えてあ・げ・る。美華よ。いい計画でしょ?半獣なんて最高の道具おもちゃじゃない。力は強いくせに頭は弱い。だから、美華たちの話を素直に信じる。きゃはは、バッカみたい。化物が人間になれるわけないのにねー?」
あ、と美華は口元に手のひらを持っていった。そして、反対側の手をひらひらとさせる。
「ごっめーん。あんたの仲間だったわね、あの化物。ま、『穢れた血脈』には丁度いい相手かもしれないけどー」
桔梗の槍を握る手に、いつも以上の力が入った。あまりにも強く握りすぎて、槍を持つ手が赤くなっている。
「あんたにはどんな蔑みの言葉も似合わない。私が知る限り、あんたは最低の人間だわ。今まで殺してきたどんな相手よりも程度の低い相手。まさに、私の相手に相応しい」
「なーにー?美華にケンカ売ってるのォ?」
「違うわよ」
桔梗は血が滲みそうな白い槍を構え直した。
「あんたを殺すって言ってるの」
「あなたバッカじゃないのォ?『穢れた血脈』が美華を殺すゥ?はッ!できるわけないじゃないの」
「・・・とりあえず、その道化の面を剥いであげる」
桔梗は構わず踏み込む。同時に美華の右手が動いた。
ガッ!
白槍と交わったのは、ぬいぐるみの手。
「ドールマスター、ね」
「正解。美華のお友達が美華を守ってくれるのよ」
桔梗と対峙したのは大人の男ほどの大きさがある熊のぬいぐるみ。さらに美華の周囲には小さなぬいぐるみが守るように構えている。
ドールマスター。人形使いとも呼ばれる魔法族で、その最大の特徴は独特の戦闘スタイルである。
魔力糸を用いて人形を操り、時には仕込んだ暗器を使ったりもする。本体を叩かない限りは絶対に倒せないのだが、本体に辿り着くには人形を倒さなければならない。
「独りじゃ戦えない腰抜けが・・・」
「ふふ。『穢れた血脈』に何を言われても響かないわぁ」
桔梗の槍と熊の手が、交差した。

一方、桔梗とは正反対の方向に跳んだのは、秀一と星次。
互いの間合いから外れるほどの距離を置いて、ふたりは対峙していた。
周囲は僅かに草の生える荒地。秀一がすり足で動くと、砂利が音を立てた。
「残念でしたね。あなたが逢ったのが僕ではなく、桔梗や学園長だったら。あるいは村野聡だったら。あなたは死なずに済んだかもしれません」
「何を言っているんだい?」
星次は柔和な笑みを浮かべたままで言う。いつも通り、他人を無条件で安心させる、それだけに恐ろしい笑みを浮かべて。
「僕は殺人を悪と思いません。ただ、これは桔梗やマスターすら正確な理由は知らないんです。言ったところで理解できないでしょう。そういう理由です」
「その理由、聞いてもいいかな?」
ええ、と頷き、秀一は続けた。
「桔梗は自身を傷つけた者を憎む。復讐のために、倫理を捨てました。マスターや新藤先輩は、己に降りかかる火の粉を払うために、細かい事を気にしないと決めています。だから、人を殺せる。けれど、僕はそうじゃないんですよ」
秀一はニコリと笑った。本当に、無邪気な笑み。
「僕は死体と生者が区別できません。正確に言えば、人間を生物と認識できないんです」
「・・・どういう事かな?」
「僕は先輩に認めて欲しい。ロードではない、ただの人間になりたくない。それはですね、僕までが物になりたくないんです。僕が物になれば僕は僕に興味がなくなる。そして、壊したくなってしまう。それでは僕が消えてしまいます。全てが終わってしまうんです。僕はまだ終わりたくはない。いえ、終わりたくないと思い込んでいるのですよ。でなければ、世界が無意味になってしまいますから」
他のロードのように、意思で殺すのではない。秀一は、本能で殺す。それは生まれながらに身に着けている“殺人の才能”。いかなる殺し手をも上回る、崩れる事のない原点。秀一は、生まれたその瞬間から、“殺人”の境にに生きている。
星次は秀一の言葉を鼻で笑い、肩をすくめた。
「それは矛盾しないか?君は人を人として扱っている。それに何より、君が死を恐れるという事は、君が君自身を生物と認識している証拠のはずだと思うけれどね」
「惜しいですね。いや、僕の言い方が悪かったかな?僕には物と人が同じ。逆に言えば、物も僕にとっては生物なんですよ。壊れたら次を使えば良い。壊れるまでは愛でる。そういう存在なんです」
それに、と秀一は続けた。
「僕が終わらせたくないのって、単にマスターと約束したからなんですけどね」
「同じ事だよ。それに、君がどれだけ経験を積んでいようと所詮は2年。5年という歳月の差は大きいよ」
星次が構えた。秀一も賢王の太刀ワイズ・ブレイドを抜く。片刃の鞘を持つアーティファクトは、それ自体が相手に畏怖を刻み込む。もっとも、この相手には効き目もないだろうが。
「その意味、わかるだろう?君が僕をどう思おうと勝手さ。僕と物の区別なんかしなくていい。すぐに、その意味もなくなる。それに・・・」
星次もまた、無邪気な笑みを浮かべた。秀一のそれとの決定的な違いは、それが心の底から生まれたものではないという事だけ。
「僕も似たようなものさ。僕以外の人間には価値を見出せないからね。そういう点では、同類だよ。僕と、君は」
「残念です。この違いが、理解できないとは。それと、僕を甘く見ない方が良いですよ。ロードとは、神の事なんですから」
星次はもはや答える事もしなかった。一拍の間。そして、同時に地を蹴り、激突する――。



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