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■殺傷のこころ
白い槍が幾度目かの交差を果たす。すぐに桔梗はぬいぐるみと距離を置き、額の汗を振り払った。 「きゃはははははは!苦戦してるじゃな〜い?」 美華の甲高い声が嘲るように響く。 「美華だって馬鹿じゃないから知ってるわ。 近接格闘タイプの戦士は、だいたいみんな勘と殺意を感じる事で回避し、攻撃に転じる。強くなるほどにその傾向は一層、強まっていく。ところがぁ――」 美華はニマリと笑った。 「美華のクマちゃんは意思のないぬいぐるみだから殺意を感じ取れない。人間には出来ない動きで攻撃するから予想も不可能。だからあなたは苦戦せざるをえない」 違う?と言わんばかりに美華は首を傾げた。 「それに関してはその通りね」 それは言うなれば最悪の相性。桔梗にとっては苦手な相手が美華なのだ。 だが、桔梗の面からは余裕の色が消えなかった。それが、美華には気に食わない。 「だったら、さっさと・・・死んで頂戴ッ!」 美華の細い指が動き、ぬいぐるみが不自然な角度で飛び込んで来る。 しかし、桔梗は動かなかった。 「・・・断絶せよ。『死白槍』」 ただ一言、アーティファクトに声をかける。 キシリ。 同時に、空間が、悲鳴をあげた。その瞬間にぬいぐるみは魔力糸の束縛を離れ、あらぬ方向へと飛んでいく。 「え!?」 「遅い」 美華が驚愕に目を見開いた刹那にはもう、眼前に桔梗が迫っていた。 「ッ!!」 美華は桔梗の攻撃を紙一重でかわし、出来る限り距離を置く。ギリギリでかわせたのは、美華もまた多くの戦いを経て得た経験のおかげだろう。 「失敗だったわね。魔法糸でなかったら、もう少し戦えたのに」 「何をしたのよッ!?」 美華の悲鳴にも似た問い掛けに、桔梗はかすかな笑みを漏らす。 「私のアーティファクトは限定空間内でのあらゆる魔法を封じる。魔法で作り出した糸じゃ、意味をなさないわ」 「くッ!?」 まさに互いに最悪の相性。風峰桔梗はドールマスターが苦手であり、白鷺美華は死白槍に弱い。 「じゃあ、死ぬ?」 桔梗の槍が、敵を殺すために構えられた。憎き相手に対する殺意を、その切っ先にこめて。 星次は秀一から逃げるように駆けながら呪文を紡ぐ。 「世界を支えし大地の精よ!古の盟約に従いて、汝が力を開放せよ!」 「地系攻撃魔法ですか!随分と危ない術を使うんですねッ!」 秀一が太刀を振るうと、炎矢が星次めがけ撃ち放たれる。星次は身軽にかわしつつ、詠唱を止めない。 「其の力は悪魔の墓標!我が力は天使の道標!其の力を我が腕に宿せ!天地の旋律は流麗にして優美なり!」 秀一はきゅっと急ブレーキをかけ、全力で一気に跳躍した。 「大地の怒りッ!」 星次が地に手を突く。途端、大地が脈動し、平坦な地面は鋭い錐となって秀一に襲いかかった。 「炎帝が力を我が剣に宿せ。森羅万象、一切を灰燼に帰せ。焔を以て、滅びの道を切り開け」 太刀に炎が宿り、ジリジリと熱量が高まっていく。 秀一は太刀を振り抜きつつ、最後の呪を紡いだ。 「炎の大嵐」 炎に化えられた魔力が土塊の錐を焼き払う。燃える土は本来の不安定さを取り戻し、ボロボロと崩れ去った。 「やるねッ!」 「誰に言っているのですかッ!?」 空中で方向転換し、秀一は太刀を前に星次に向かって突っ込んだ。星次は構わず次の呪文を紡ぐ。 「世界そのものたる大地の精よ!古の盟約に従いて、汝が力を開放せよ!あらゆる生は汝の欠片!あらゆる死は汝の一部!生死の先を視る者は、赤色の魔眼をその身に有する!」 同時だった。秀一の太刀が星次に届くのと、星次の魔法が完成するのは。 「はあッ!」「悪魔の瞳ッ!」 赤灰色の煙が溢れ出し、星次と秀一を包み込んだ。すぐに煙を破り、星次が姿を現わす。 「馬鹿だなぁ・・・。禁呪を知らないのかな?」 あまりにも危険であるが故に使用を禁じられた魔法。それが、禁呪。これを使う事は、それだけで重罪となる。それだけ危険な魔法なのだ。 星次が使ったのは石化魔法。禁呪の中でも危険度が高く、煙を吸った者は全て石像と化す。放っておけば石像は風化し、砕け散ってしまうだろう。 「ま、後は石像を壊して終わりだね」 煙が晴れるのを待ち、星次は悠然と構えた。 やがて煙は段々と薄まっていく。煙の中には人影がひとつ。 星次は無造作に影に近付いていった、その、刹那。 「残念でしたね」 煙を切り裂き刃が飛び出す。不意を突かれた星次は反応しきれず、刃は星次の肩口を貫いた。 「ぐ・・・アッ!?」 よろめく星次から刃は引き抜かれ、秀一は煙の中から姿を現した。 「忠告しておきましょう。詠唱は小声で行うものです。何の魔法を使うか相手に知られてしまえば、今のように対抗魔法を使われてしまいますから」 「バ、カな・・・。禁呪に対抗できる魔法があるはずがない!」 秀一は無防備に肩をすくめた。 「これはマスターのオリジナル・マジックでしてね。石化を止める効果があるんですよ」 さて、と秀一は太刀を星次に向けた。 「あなたは暗殺ばかりやりすぎですね。故に正面切って戦う技術がない。雑魚はともかく、ロードには通用しませんね」 「まだ、まだ終わってはいないぞ!」「終わりですよ」 敗者の言葉を、秀一は言下に否定する。 「動作なしに魔法を使う技術は難しい。あなたには僕を殺傷できるほどの魔法を無詠唱する技術がないでしょう。だから、僕の勝ちです」 難しい魔法ほど複雑な呪文と難解な動作を必要とする。肩を貫かれた星次には、もう上級の魔法は使えない。そして、秀一のレベルには、この状況で下級魔法など意味がない。 「次に生まれる時は、もう少し強くなって下さいね」 もはや問答すら許さず。白き刃が、振り下ろされる――。 |