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■逆襲のこころ
天原がいるであろう小屋は、当然ながら鍵がかかっていた。 神楽は慌てて呪文を唱えだす。 「我が敵を屠れ、炎の一矢。一つの火炎矢」 最も簡単な攻撃魔法である魔法矢の、中でも破壊力の高い炎属性の矢を放つ。紅い矢はあっさりと南京錠を破壊した。 神楽と真紀はふたりで体当たりをするように扉を打ち破る。扉の中には、更に扉。しかも、何やら不可思議な文字が刻まれている。効能は不明だが、文字を刻む事で発動する形式の魔法も存在する。これもその類だろう。防御か、封印か。もしかするとカウンターを放つタイプかもしれない。 「ど、どうするの!?」 慌てふためき、真紀は神楽の指示を仰いだ。 「待って下さい。今、これの解呪をしますから!」 神楽はアーティファクトを取り出した。古代呪文書。あらゆる詠唱魔法を魔力などの条件は無視して発動させる力を持った道具だ。 「えーと、万能型解呪魔法!」 術者の意思に応じて書物は望む魔法の呪文を示す。やはり、上位の魔法だけに詠唱が長い。 「急がなきゃ――!」 緊張感と焦燥感に挟まれながら、神楽は呪文を紡ぎだした。 「嬢ちゃん、退いてくんねーか。でないと痛い目ぇ見るぜ?その年で顔に一生残る傷はつけたかないだろ?」 短刀を構え、脅しを言葉にする男に対し、由佳はアーティファクトを構える事で答えた。 「あたし、逃げません。あたしはもっともっと先に行かなきゃいけないんです。こんなところで立ち止まれるほど、余裕はないんです」 追いつきたい人がいる。遥か彼方、遠すぎるところにいる男。彼に追いつくためには、戸惑う暇は存在しない。 「しゃらくせぇ!殺っちまえ!」 先頭の男が叫び、数人の筋者が短刀を手に走り出した。 「――開放、召喚の筆」 しかし、由佳は慌てなかった。任意のものを召喚する由佳のアーティファクトは、開放する事で仮想の存在すら召喚してしまう。 「守って、焔の剣士!」 由佳の絵筆は虚空に剣士を描き出す。焔を握る、無双の剣士を。 描き出された剣士は主を守るべく剣を振るう。その一太刀で、男を数人、吹き飛ばしてしまった。 「ッんだよコレ!こんなのが来るなんて聞いてねーぞ!?」 男たちのひとりが悲鳴にも似た声でわめいた。その隙に、由佳は呪文を紡ぐ。 「天風、我に味方せよ。万事をなすには力が必須。汝が力で世界の全てを包み込め。されば望みも叶うであろう」 由佳が得意とする風系補助魔法の一種。その効果は速力強化。どちらかと言えば運動の苦手な由佳でも、並以上の足を持つ大人よりも早くするほどの魔法だ。 由佳は地面を強く蹴り、男たちの最中に突っ込む。召喚士である由佳は近接格闘に関しては素人だが、これだけの速力があれば捕まる事はまずない。そして、逃げ回るだけだろうと高をくくっていた男たちは、由佳のこの行動に更に慌てた。 「はッ!」 由佳がアーティファクトを振るえば、その軌跡はそれだけで武器となる。蒼い軌跡はまるでムチのように男たちを叩いた。 「ッソアマァ!舐めたマネしてんじゃねーよッ!」 手近の男が無造作に振り下ろす小太刀をかわし、由佳は大きく飛び退った。 「先生の訓練は、もっと厳しいですよ」 由佳の表情にはどこか悲壮感が漂う。だが、それは決して死を覚悟しているわけではない。むしろ、その逆。何があろうと生き残ろうとする強い意志があるからこそ、この表情になる。 「先輩が成功するまでは、あたしと遊んでもらいます」 舞うように、由佳は男たちの合間を駆け巡った――。 「ちょっと、まだなの!?」 真紀の甲高い問いを、神楽は呪文で返す。間もなく、魔法が完成する。 「無力な錠前」 ピシリという、窓にひびが入った時の擬音のような音が響いた。そして、扉を蒼く縁取っていた不可思議な紋様が消えていく。 「これで大丈夫なはずです」 「おっけ!」 言うやいなや、真紀は扉を蹴飛ばした。開かれたその先は、窓すらない小部屋。薄暗い部屋の中に、ふたりの大人が倒れていた。 「天原さん!大丈夫ですか!」 神楽が声をかける。うう、と男の方が小さく呻いた。 「ん・・・か、神楽ちゃんか?」 「今、回復かけますね」 神楽はすぐに次の呪文を詠唱する。彼女の得意な魔法である回復は、アーティファクトを使う事なく高い効果を得られる。 「こっちも大丈夫、息もしてるし、目立った怪我もない」 静音の様子を確認し、真紀もようやく微かな笑顔を見せた。 「す、すまねーな。迷惑かけちまったみてぇだ」 「――はい、とりあえず処置は終わりました。動けますよね?」 「ああ、大丈夫だ。迷惑かけちまったな」 天原はよろめきながら起き上がった。縄で縛られる事すらなく、ただ寝転がされていただけらしい。魔法の使えない天原なら怖くないとでも思ったのだろうか。 天原は体の動作を確認し、神楽に背を向けた。 「迷惑ついでにもうひとつ頼む。静音を守ってやってくれ。俺は、やらなきゃならない事があっからよ」 「やらなきゃならない事・・・?」 天原はニヤリと笑った。まるで聡が悪戯をする直前のような、楽しそうな笑み。 天原はすぅと息を吸い込んだ。 「てめぇらぁ!ようく聞いとけやぁ!」 天原の怒号が扉から外へ、そして辺り一帯に響き渡る。馬鹿みたいに大きな声は、おそらくこの近くの人間なら確実に聞こえるだろう。 「俺だけならまだしも!静音にまで手ぇ出したその罪ぁ万死に値するッ!死にたくない奴ぁとっとと逃げやがれ!でねぇと、手加減なしで!ぶっ殺すぜぇ!!『神の王』を舐めんじゃねえぞコラアッ!!」 満足そうに鼻から息を吐き、腕を組んだ。 「まさか戦う気ですか!?たった今まで倒れていたんですよ!?無茶です!」 神楽は言うが、天原は振り返り、ぽんぽんと神楽の頭を叩いた。 「大丈夫だ。俺もこれでもロード・オブ・ロードを名乗る身だぜ?この程度でやられるもんか」 「行かせてやりなよ、神無月」 天原を庇うような発言をしたのは、以外にも真紀だった。静音から神楽に移った視線には、達観の様がある。 「その人は本気だよ。それに、言って止まるような血筋じゃないんでしょ?」 「それは・・・」 「そういうこった。んじゃ、後は俺に任せておきな」 返事すら待たず、天原は扉の外に飛び出した。 「・・・松岡先輩、私たちも行きましょう」 「言うと思った」 呆れたようにため息をつき、真紀も走り出した。 「早く行くよ。由佳も心配だしね」 「・・・はい!」 強く踏み出し、神楽も明るい外に飛び出す。決して、明るくはない場所だけれど。 |