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■紅魔のこころ
桔梗が地を蹴った。慌てて美華も駆け逃げる。 「逃がさないッ!」 桔梗の槍が閃き、美華の腕を凪ぐ。斬り飛ばされる事は避けたが、鮮血が宙を舞った。 「・・・ッ!」 美華は斬られていない左手を地に、軽業師のように逃げていった。 「逃がさないって・・・!?」 追う桔梗の足が止まる。それを見て、美華も止まった。 「やっぱあんたも無駄に勘がいいのね」 美華は右腕を押さえつつ、足で二度続けて地を踏み鳴らした。 途端、地面が揺れる。間を置かず大地を割り、巨体が姿を現した。 「あっはっはっは!美華の最高傑作、リリィちゃんよ!」 それは可愛らしい猿型のぬいぐるみだった。ただし、その背丈は大人の数倍はある。無意味な笑顔が、この時だけはそこはかとない恐怖感を抱かせた。 「魔封じされたのは初めてだけど、糸を斬る相手は何度か戦ったわ!そういう相手にはこの子!リリィは自立駆動型のドールだから魔封じされても関係ないわよッ!」 体内に魔力を蓄えているのだろう。リリィの名を持つぬいぐるみは、死白槍の影響下でも構わず桔梗に迫ってきた。桔梗のアーティファクトも、対魔封じ用の装甲を施されたリリィは動きを止められないらしい。 「・・・面白いわね」 セリフの割に仏頂面で、桔梗は槍を構える。 先に動いたのはリリィ。無意味に長い手を伸ばし、桔梗を捕まえようとしてくる。桔梗はそれをさらりとかわし、足下まで駆け抜けた。 「はッ!」 桔梗独自の槍術・死突がリリィの足を貫く。だが、リリィは痛みを感じない。よって、止まる事もない。 「リリィ!蹴飛ばせ!」 リリィは無造作に貫かれた足を前に蹴り出す。桔梗は咄嗟に槍を引き抜き、間合いを開いた。 「面倒、ね・・・」 仕方ないとばかりに桔梗は首を振り、槍を正面で構えた。美華に対する純然たる殺意は、消え行く想いをカタチに遺す。 「開放!死白槍!」 高まった殺意が槍の先端を三つ又に変える。その切っ先で裂いたものの魔力を乱す力を付加された、純白の槍。 「これなら・・・どう!?」 振り下ろされた長い手を桔梗の槍が裂く。リリィの動きは一瞬だけ止まるが、すぐさま動き出して桔梗を踏み潰そうとしてきた。 「(・・・って、この巨体が相手じゃ効果時間が短かすぎるわね)」 開放状態のアーティファクトは、本来なら相手の隙を狙うための効果を持つ。だが、リリィはあまりに大きすぎて、僅かな時間では隙が足りないのだ。 リリィの動きは案外、素早い。桔梗は攻撃をかわしつつ攻撃を続けるが、そのいちいちが決定打にはならない。腕、足、胴。どこを裂いてもリリィは的確に攻撃を続けてくる。痛みを感じないが故に、リリィは決して怯まない。 「(アレやると動けないんだけど・・・仕方ないか)」 リリィの拳圧が桔梗の髪を揺らす。その美しいまでの姿は、これから起こる血潮の祭典を連想させた。 「きゃはははははは!ダメダメじゃな〜い?リリィ!さっさと潰しちゃえ!」 美華の甲高い声に桔梗は眉をひそめつつ、自身の内と槍とを一体化させていく。 アーティファクトと対話する事。すなわち、己の心と正面から相対する事で、自分の力を高めていく。 武器だけでなく、己の力すら開放する技術。桔梗が命懸けで編み出した、唯一最高の力。 「これが見られるのを誇りなさい」 「は?何言ってんのォ?」 桔梗とアーティファクトは、ひとつになる――。 「開放……同化!!」 ドンッ! 桔梗を中心に、魔力が弾けた。 「なッ・・・!?」 桔梗の背で輝くのは紅蓮の双翼。その身を覆うのは簡素にして美麗な焔の鎧。 「う、そ・・・?紅蓮が、魔法を!?」 「非魔法族は魔法を行使できない。その理由、わかるかしら」 桔梗は燃えたぎるような紅い瞳で美華を睨んだ。 「答えは明快。非魔法族は生まれながらに世界と同化する技術がないの」 美華は驚きと恐怖のあまり身動きひとつしない。主の命令が途絶え、リリィも動きを止めた。 「魔力は世界と同化する事によってのみ得られる。だから同化できない非魔法族は力を行使できない」 炎に縁取られた槍がリリィを指す。ターゲットは、見誤らない。 「けれど、私はアーティファクトを通す事で一時的に世界と同化できるの。その間だけは、魔法を使える。こんな風に」 魔力とは、世界そのもの。魔力とは、世界と同化する事で得られるもの。世界への回路が絶たれた非魔法族でも、もし回路を繋げられるのなら。それは、魔法族と何も変わらない。本当に、何も。 桔梗の開放同化とは、アーティファクトの力を借りて世界と同化する技術。血の滲むような努力を経て辿り着いた、非魔法族の戦闘技術が得られる極限。 「この姿は私にとって強者の証。私を倒した初めての男を模したもの。悪いけど、格が違ったわね」 「リ、リリィ!殺りなさい!」 主の命に従って心無き僕は両腕を振り上げる。それが振り下ろされる前に、桔梗は瞬時にしてその腕を斬り飛ばした。桔梗の動きが、早すぎる。 「言ったでしょ。格が違うのよ」 最早、美華は声すら出せなかった。その間に桔梗の槍がリリィの身体をバラバラに斬り裂く。 「終わりよ」 「や、やだ・・・。殺さないでぇ・・・」 美華の両眼から涙が溢れる。涙は化粧を溶かし、その面を醜く装飾した。 「命乞いなんて、醜いわね」 桔梗の双翼が羽ばたき、小さな身体を美華の真上へと運ぶ。 「あんたは塵を残す事すら許さない。あんたという存在の全てを、私が消し去ってあげる」 「やだぁ・・・。し、死にたくないよぅ・・・」 桔梗はふっ、と笑みを漏らした。 「散々、人を傷つけ、殺めたあんたがそんなセリフを吐いていいと思ってるわけ?」 「ひぃ・・・!」 美華は怯えていた。完全に敗北を感じて。 「消えろ。ゴミがッ!」 それを意に介さず、桔梗の槍が美華を指す。純白の槍は焔に覆われた。 「焼き尽くせ!紅蓮龍!!」 焔の龍が、解き放たれた――。 |