■成立のこころ

心魔祭は毎年恒例の行事で締めくくられる。
魔法の光が夜空で輝く中での後夜祭。学園の関係者だけが参加できるパーティだ。
祭りの成功を祝い、いまだ醒めやらぬ興奮を落ち着かせるように、というよりむしろ更に加速させるように騒ぎ、笑い、楽しむ。
聡たちはそのパーティのど真ん中から少し外れたところにいた。今日の疲れを癒すように。
草原のような丘はふんわりと優しく体を包んでくれる。
「終わったな」
「そうね」
聡はぽつりと呟き、それに茜が応じた。
天原と静音は医務室へと運ばれた。念のために検査をしておかねばいけない。だが、天原のあの暴れっぷりからして、大丈夫に決まっている。なにせあの男は、結界塔のひとつを壊し、その上でその場にいた組員を全て倒してしまったのだから。
行人は桔梗と話したいとどこかに行ってしまい、由佳は新藤について行った。真紀も父に会うためどこかに行ってしまい、結果としてここに残っているのは4人だけである。
「さって。どうすっかなぁ?」
聡はどさりと後ろに倒れ込んだ。夜空には星々が輝く。自分たちで守り抜いた、幸せな光景。
「俺も忙しいな。困ったもんだぜ」
「何かあったんですか」
秀一は聡を見下ろし問いかけた。
「あん?まあ、人間関係にはいろいろとあるのよ」
「いろいろ、ですか」
秀一はちらりと神楽から茜まで視線を走らせた。
神楽も茜も互いに全く異なる方向に目を向けたまま、互いに言葉をかわす事はない。
「なるほど、結局どちらも言ってしまったわけですか。で、あなたはどちらを選ぶんですか?」
「・・・秀一、もうちょい言葉に気をつけた方がいいぜ。世の中は気配りっつーもんも必要なんだよ」
「あなたに言われるとは思いませんでしたね」
秀一は呆れたように肩をすくめた。
「――茜、神楽。やっぱ、どっちも知ってるんだよな」
「・・・うん」
「ええ」
聡は夜空を、茜はパーティを楽しむ人々を、神楽は青黒い丘を眺めている。だが、目に映るものを見ているとは限らないだろう。
「俺が選ばなきゃ先に進まないんだよな。で、進めば確実に無傷ではいられない、と」
傷つく事を恐れれば、前には決して進めない。だが、進まなければ今が壊れないとは限らない。それでも、前に進まなければならないという決まりはない。進むも退くも、どこに向かって進むのかも、全ては自由だから。
「茜、神楽。覚悟はあるんだよな」
「当たり前でしょ」
先に答えたのは、神楽。
「私は傷つく覚悟も任せる覚悟も持って口にした。聡がどういう道を選んでも後悔はしない・・・ようにする」
断定はせず、けれど、彼女にできる最大の答えを返した。
続いて、茜も答えを口にする。
「私は、自信はない。けど、努力くらいするから」
言葉を自分の中で反芻はんすうし、聡は答えを決めた。
「やっぱ、俺にゃ無理だな。俺には茜も神楽も大事なんだ。どちらかを捨てろなんて言われたって、俺はできない。茜も神楽も守りたい。いや、守ってみせる」
ただ、と続ける。
「俺にとって特別ってのは、ひとりなんだと思う。守りたいという気持ちは本物だよ。けど、違うんだ。言葉じゃ説明できん。だけどさ、違うんだ。俺にとって・・・茜は、ただの友達じゃないんだ」
一瞬の静寂。茜の瞳にも、神楽の瞳にも、今や聡だけが映っていた。
「神楽、ワリィ。俺の中で、お前は特別にできなかった。俺の中で特別なのは、俺の中を一番に占めているのは、ずっと変わらない。ずっと、茜なんだ。それを恋愛っつーのかわからないけどさ。茜の存在は、もう俺の一部になっちまってる。消せないくらい、はっきりと」
こころは変わりやすくて、けれど、変わらないこころがある。
それが原点。譲れない芯は、絶対に変わらない。どこまで進もうと、変われない。
暗い夜空に魔法光が爆発し、光の粒となって散っている。キラキラと美しい光景は、まるで夢のようだった。

夜風に紅蓮の髪がなびく。パーティ会場から離れた、女子寮の屋上。人の気配はまるでなかった。ただふたりを除いて。
「色々と迷惑かけちゃったね」
「その通りね」
桔梗は手すりを背に寄りかかり、行人は並ぶように体を手すりに預けていた。互いの視線は逆の方向を見つめている。
「聡から聞いたよ。色々とね」
「――何を」
「かなり取り乱していたらしいね。珍しく、さ」
ふっと桔梗から殺意が放たれる。けれど、行人はそれに動じなかった。
「俺の事、心配してくれたの?」
「違うわよ」
口でも態度でも反抗しているのに、何故か肯定しているようにしか見えなかった。
「しかも白鷺先輩を殺さないでいてくれたらしいね。いつもはあんなに殺すって言っているのに」
「・・・うるさいわよ」
あの、時。行人の姿が美華の姿に被ってしまった。殺したら彼が悲しむかもしれないと思ったら、結局・・・殺せなかった。桔梗にしてみれば、生涯でも有数の失敗だ。そんな事は、口が裂けても言えないけれど。
「俺さ、聡ほど鈍感じゃないんだ。自分がどう思われているかくらいわかるよ」
「――そう」
幼い頃から嫌われ続けたから、行人は他人の心が自分にどう向かっているのかわかっている。とても悲しい理由で得た、敏感な能力。
「ありがとう、風峰さん」
「礼を言われる筋合いはないんだけど」
「相変わらず素直じゃないね」
行人の軽い笑い声が夜風に流れた。
「風峰さん。俺が道を間違えたらさ、正してくれないか?一生なんて言わないよ。風峰さんがいいと思う時まででいい。明日には気が変わるかもしれないし、ずっと変わらないかもしれない。どちらでも、俺は変わらないから」
「あんた、何を言っているのかわかっているの」
「――告白」
さらりと答えた、その言葉の重み。それを行人は知っている。軽々しく付き合うのではない、真実の想い。
「私は、紅蓮よ」
「俺なんか半獣さ」
人種も種族も超えて、想いがある。桔梗も行人もそれを最初から知っていて、けれど、見ないフリをしていた。ずっと、ずっと。
「それはあんたのこころなわけ?他人の事なんて考慮しない、真実の想いなの?」
「風峰さんの事を考えなかったと言えば嘘だね」
顔に浮かぶ笑みを深め、行人は言葉を紡ぐ。
「でもさ、俺にそういう気持ちがなきゃ、言うわけがないと思わない?」
「・・・覚悟は?」
「万全です」
久しぶりに、行人と桔梗の視線が重なった。
行人の瞳に映るのは、燃えるような強いまなざし。曲がる事のない強い己を持つ者だけが宿す光。
桔梗の瞳に映るのは、暖かく優しい光。全てをふんわりと包み込み、抱き締めてくれそうな輝きがある。
「素直になれる?」
「無理。だけど、あんたとなら一緒にいてあげる」
「――ありがと」
素直じゃない、と小さく呟き、行人は声を出して笑った。
夜風に流れて、人々の楽しげな声が聞こえてきそうだった。
今日は、もう眠れそうにはない。



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