■教師のこころ

暗い夜空に影ふたつ。後夜祭を楽しむ人々を眼下に眺め、新藤はひとりの生徒と共に浮いていた。
「今回もまた、学園が世話になったようですね」
「大した事はしてませんよ。天原さんを助けたのは先輩ですし、あたしは組員の人を相手に時間を稼いだだけですから」
「十分です。やはりあなたは格別の勇気を持っているようですね」
新藤の放つ風系魔法は、空中で人間を停止させる。由佳の希望で寄り添うように、ふたりは空にいた。
「先生、学園の方はどうなったんですか?」
「良好な状態のようですね。生徒・外来客とどちらも目立った混乱はありません。魔法符の効果もあるでしょうが、元々この学園の祭りが常軌を逸したものであるという点が大きいでしょう」
「よかった、ですね」
本当によかったと言える結果だろう。あれだけの状況から、結果的に死者を出さなかったのだから。
「秀一君や風峰さんまで殺さなかったのは意外な結果でしたが・・・何かあったんですか?」
「風峰さんはたぶん、綾瀬先輩のおかげだと思います」
「綾瀬君、ですか」
ふむ、と新藤は僅かに考えるような動作をした。
「綾瀬君なら風峰さんを変えるかもしれませんね。彼は彼で純粋ですから」
「うん、あたしも先輩たちには幸せになって欲しいです」
由佳はまるで自分の事のように喜んでいる。いや、あるいは自分の姿を投影しているのかもしれない。
「秀一君については何か聞いていますか?」
「秀一君は、たしか『痛めつけている途中でガーゴイルに襲われました』って言っていたような・・・」
「なるほど、秀一君らしい理由だ」
褒められた理由ではないけれど、結果が良ければそれで良しとも言える。ただ、少し教育が必要らしい。
「先生。あたし、少しは先生の気持ちを変えられましたか?」
「まだまだですね。少なくとも私を変えようとするならば、数千年は使う覚悟をして下さい」
「・・・わかりました」
案外と明るい声で由佳は返した。本気でやるつもりかもしれない。生涯を賭けて。
「・・・懲りませんね」
「あたしの長所です」
「ふむ、私も運がないようですね」
まあいいでしょう、などと新藤は独りで呟いた。
その光景に、由佳はくすくすと笑う。とても幸せそうに。それを見て、新藤は不愉快そうに眉をひそめていた。

後夜祭会場から遠く離れた白い建物。簡素で頑丈そうなこの建物は病院棟と呼ばれている、医務室が集合した場所だ。
今回の戦いでの重傷者は全てここに収容されている。天原や静音、それに松岡組の関係者たち。もちろん、今は一般生徒立ち入り禁止だ。
天原夫妻の部屋は最上階の一番、端の部屋。周囲の部屋は使われておらず、廊下には静寂が満ちている。
その部屋に、3人の人影があった。凛、学園長、そして・・・『不死の暗黒』。
「ぬかったようだな。天原聖」
「大きなお世話だ、バーカ」
ベッドの上に横になる天原は、自分を見下ろす大柄な男を睨み返した。
「だいたい、今回はテメエも何もしてないだろうが。頑張ったのは秀一とか桔梗とか・・・生徒だろ?」
「新藤君と学園長も、ね」
天原の向かいのベッドで静音は弱々しく笑った。長時間の監禁のせいで多少の脱水症状が見られたが、大きな問題はない。
「だいたい外部に無限の話が洩れるなんて問題だろが。もっとしっかりしろや、ボケ」
「今日は随分と達者な口をしとるの。村野先生の影響かな?」
「余計なお世話だ、クソジジイ」
微かな笑い声が部屋に満ちた。
笑い声が止み、天原は学園長に問う。
「・・・ジジイ。組長共は?」
「別室じゃ。今は寝ておるがの、治療が済んだらしかるべき場所へ連れて行く事になるじゃろうて」
「そう、か」
「不満かの?」
「・・・いや。そうじゃねーな」
バリバリと頭を掻き、天原は顔を歪めた。
「不満はねーけどさ。やっぱ、しっくり来ないんだよ」
「ご自分で倒されてないからではありませんか、マスター」
「あー、そうかもしれねーなぁ」
やはり天原は満足していない様子だった。全身から欲求不満のオーラが出ている。
「まあ、ええじゃろ。終わったんじゃからのォ・・・。ほっほ、祭りも終わりじゃな。どれ、ちと閉会式でもやってくるかの。天原君、ゆっくりと休むんじゃよ」
「ああ、私も行きます。マスター、くれぐれも動いたりされませぬよう」
学園長と凛は静かに出て行く。気付けば、長かったようで短かった心魔祭も、もう終わりなのだ。
「・・・あーあ。静音、来年はもうちっと楽しもうぜ」
「あなたは今年も十分に楽しんでいたでしょ。それに、私も楽しかったのよ」
「・・・あ?」
弱々しく微笑み、静音は言った。
「聖、私の心配をしてくれたでしょ?私はそれだけで十分よ」
天原は途端に顔を少し赤らめ、明後日の方向を見ながら頬を掻いた。
「あー・・・そうか」
どーんと、外では魔法光が爆発していた。
祭りの終わりを、名残惜しむかのように。



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