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■紅のこころ
「すっごーい・・・」 窓の外には学園の町並みが広がる。通りを埋め尽くすのは人の群れ。ところどころ人だかりができている場所は野外イベントを行っている場所だろう。 ここは学園のど真ん中にある観覧車の中。巨大な観覧車は上に行くほどに景色が良くなっていく。 遠くには早くも夕日が見える。燃えるような町並みは美しかった。 「・・・・ん?どうしたのよ、聡」 「いや?別に・・・」 明らかに不自然な聡。神楽は向かいから聡の隣に席を移すと、ずずいと顔を近づけた。 「・・・近すぎねーか?」 「何か誤魔化しているでしょ」 神楽は聡の言葉を無視し、さらに近づく。 「別に何も誤魔化しちゃいねーよ」 「何?女の子と一緒に観覧車に乗るのが気になるわけ?」 聡の顔が赤いのは、夕日のせいなのだろうか。 「んな事はねーよ。茜と乗った事だってあるし・・・」 「子供の頃、でしょ」 神楽は少し離れ、まっすぐに聡を見つめた。 「ねえ、聡は私の事をどう思っているの?」 「どうって・・・?」「答えて」 神楽は聡に反論を許さない。聡は戸惑いつつも答えた。 「どうって言われてもな・・・。変な事を知っていて、どこにでも首を突っ込んで、んでもって他人の言う事は聞かねえ。けど・・・」 聡は少しばかり真面目な表情になった。それだけで、神楽の顔に朱が差す。 「誰かをイタズラに傷つけたりはしねえ。由佳ちゃんを守るような強さだってある。そういう意味じゃ、カッコいいと思うぜ」 「女の子にカッコいいって、褒め言葉なのかしらね」 「茜には褒め言葉になりそうだな」 神楽はクスクスと笑った。 「そうね。ねえ、聡。聡にとって、茜って何?」 「何って・・・ただの幼馴染だよ」 「それじゃ、聡は今、フリーってわけね」 神楽はもう一度、聡の間近に迫った。何度でも、何度でも。 「・・・聡。私は、聡が好きだよ?」 「そりゃ、どういう意味で?」 「・・・わかるでしょ」 ゆっくりと観覧車が下っていく。とても、静かだった。 「最初にそういう気持ちになったのは結界日。それからずっと、聡の背中ばっかり見ていた。ずっと追いかけてきた。離れたくない。ずっと一緒にいたい・・・」 「ずっと、一緒に・・・」 夕日が黒の中に紅を切り取る。間もなく、世界は闇に染まるだろう。それまでの、ほんのひととき。 「聡ってさ」 神楽は夕日に目を向けた。沈み行く太陽が遠くに見える。 「聡って・・・いつも勝手に歩いて行くんだよね。周りなんか見えていない。ひたすら前しか見ない。私は、そんな聡が好きだから。だから止めないよ。ずっと追いかける。どこまで行っても、追い続けるからね」 くるりと振り向き、神楽と聡の視線が重なった。少しずつ神楽が前に出る。聡の瞳の中に、神楽だけがいた。 「聡は、どう?」 聡は無言で神楽の肩を掴むと、少し引き離した。 「俺さ、そういうの言われたのは初めてだよ。正直、どう答えていいかわからねぇ。もう少し、答えは待ってくれないか」 言葉を、正面から受け止める。冗談として流したり、さらりとかわしたりしない。前しか見ない聡は、前にあるものに真っ直ぐに向き合う。 「・・・うん。わかった。でも、逃げちゃ嫌だよ」 「大丈夫。俺は、逃げないから」 どこにも逃げない。どんなものにも、どんな事実にも、正面から向き合う。それだけの、勇気。 間もなく、観覧車は地に降りる――。 夕日が街並みを紅に染める。その中を行人と桔梗が歩いていた。 「あ、俺・・・そろそろ行かなきゃ」 「部活、だったわね」 行人はこの後、部活メンバーの集まりがあるらしい。ふたりはブラブラと歩いていたところを変更し、集合場所である駅の方へ足を向けた。 「どう、風峰さん。今日は楽しかった?」 「・・・さあ」 「素直じゃないね」 あちらこちらからイベントの騒ぎ声が聞こえている。皆が、楽しそうだ。 「あ、綾瀬クン!」 無意味に甲高い声に、ふたりは振り向いた。そこにいたのは黒っぽい緑髪をツインテールにした少女。見た目からすると行人よりも年下に見える。 「白鷺先輩!駅に行く途中ですか?」 少女は近くまで駆けてくると、初めて桔梗に気付いたように頭を下げた。 「こんにちは。風峰さん」 「あれ?先輩、風峰さんと知り合いなんですか?」 少女はにっこりと笑った。 「同じクラスだもの。あ、もしかしてまだ名前は覚えていないかな?」 「・・・ええ」 桔梗は不機嫌そうに肯定の意を示した。 「うつくしいはなで美華。白鷺美華(しらさぎみか)って言うの。陸上部のマネージャーをやってるのよ」 「私は、名乗る必要はないわね」 「不機嫌ね〜。あ、もしかしてデートの邪魔をしちゃったぁ?」 「ち、違いますよ!」 行人は慌てて否定した。 「か、風峰さん。それじゃあ俺はこれで・・・」 「・・・ええ」 桔梗が頷き、行人は美華の方に向き直った。 「じゃーねー。行こっか、綾瀬クン?」 美華は強引に行人の腕を絡め取った。 「白鷺先輩!」 「いいじゃない?」 その時、桔梗には美華がちらりと自分を盗み見た気がした。微かな笑みを浮かべたまま。 「そ、それじゃあ風峰さん。また、いつか」 行人は強引に美華を引き剥がし、夕日の中に溶けて行った。その後を美華が追って行く。 桔梗はその姿を立ち尽くして見つめていた。いつも通りの、不機嫌そうな顔で。 |