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■闇なき夜のこころ
夕日はとうの昔に沈んだが、祭りの最中にある心魔学園は昼のように明るい。 新藤と由佳は夕食を共に過ごし、今は静かな時間を楽しんでいた。 由佳にとって、一世一代の戦いのフィナーレが、始まる。 「先生、今日はありがとうございました。あたしのワガママで無理をして貰って・・・」 「まあ、その通りですがね」 新藤は臆面もなく言い放った。由佳は多少たじろぐが、決意は揺るがない。 「先生は・・・楽しかったですか?」 「私が女性と一緒の時間を楽しむわけがないでしょう」 「あたしは、楽しかったですよ。今までずっと、こうしたかった・・・」 喧騒が、遠い。どんなに小さな声でも想いは届くだろう。 「先生は甘くないです。本当にギリギリまで、助けたりしない。でも、先生はとっても優しい。頼ってくる人を見捨てたりしない・・・」 由佳がイジメを受けていた時も、新藤は由佳を突き放した。自分で戦う気力を持たない者は、この先の人生を歩む事はできない、と言って。 しかし、由佳は神楽のために動き出した。イジメをしていた相手に立ち向かい、拒絶の言葉を口にした。言えば一層、酷い目に遭わされるかもしれない。それでも、立ち向かうだけの勇気を示した。 その時、新藤は助けた。その勇気を称えて。 『あなたが変わるための勇気を出した。それは誰にでも出来る事ではありません』 新藤の言葉は、今も由佳の胸にはっきりと刻まれている。消える事のない、強く優しい言葉。思えばその時、由佳にとって新藤は特別な人間となった。それ以来、変わらない。いつ、どこで、何をしていても。ずっと変わらず、ずっと消えない想い。 新藤は何も言わなかった。由佳も、返事を望んでいるわけではない。 「それに、先生はとっても強い。力も、こころも。必要なら自分を捨てられる。曲がった事には屈しない。だからあたしは――」 息を飲み、由佳は覚悟を決めた。 「あたしは、先生が好きです」 由佳は頬をほんのりと赤く染め、しっかりと新藤を見据えている。いつもからすれば考えられないほどに、強く輝いていた。 「柊さん。あなたは私が数多くの命を奪った殺人鬼と知っているはずです。あなたは人殺しを愛すると言う気ですか?」 「先生は無意味に人殺しはしません。殺したのは、それだけの理由があるからです」 「・・・まるで見てきたような口振りですね」 由佳はニコリと笑った。しかし新藤は、無表情のまま。むしろ不機嫌にすら見える。 「私には人を愛する資格はない。今まで一切を捨て去り、切り捨て、そして今に至っています。無理なんですよ。私には愛は受け取れません」 「あたしは先生のそういうとこも好きです。先生が愛せないなら、愛せるように変えてみせます」 由佳は冗談で言っているわけではない。本気で、心の底から言っている。 「――不可能です」 「やってみなきゃわかりません」 あの由佳が、新藤から目を逸らさなかった。互いに目線で戦う。 「・・・なるほど。固い決心のようですね」 先に折れたのは新藤だった。だが、ただで敗北を認める程、新藤は気弱ではない。 「私はあなたの愛情は受け取りません。あなたが私にどのような感情を抱こうと結構。私はそれに対し何もしません。それなら構いませんか?」 「・・・わかりました。そこから先は、あたしが変えます。変えてみせます」 「できますか、ね」 新藤はすっかりぬるくなった茶を口に運ぶ。苦いはずの茶は、新藤には今まで飲んだどの茶よりも甘く感じられた――。 日が落ちようとも、不夜城めいた心魔の祭りは衰えを知らない。夜通しのライブやイベントもあり、眠りたい人は防音の効果がある結界の中でなければとても眠れないほど騒がしい。 天原と秀一はそんな騒がしい噴水公園で静音を待っていた。 「疲れたなぁ・・・」 「それに付き合わされた僕はどうなるんでしょうね」 静音がトイレに行っているためか、天原も秀一も言いたい事を言う。もしこの場に彼女がいたら・・・恐ろしい事が起きるだろう。 「にしても遅いな」 「混んでいるんじゃありませんか」 公園内のトイレに様子見してくるわけにもいかない。仕方なく、天原たちは待ち続けている。 「あなた、天原さんですか?」 声に天原は顔を上げた。最初に目に入ったのは、夜でも鮮やかな黄金色の髪。その顔は整っており、女性と言っても差し支えはない。 「誰だ、兄ちゃん」 「村野静音さんから預かり物です」 男は微笑んで封筒を突き出した。天原が受け取ると、男はそれでは、と言い残して人混みの中に消え去る。 「手紙ですか?」 「ああ・・・」 封筒を破り、中の手紙に目を走らせる。瞬間、天原の表情は険しくなった。 「・・・秀一。こいつをジジイのとこに持っていけ」 秀一に手紙を入れた封筒を渡し、天原は立ち上がった。 「マスター、どうしたんですか?」 「読めばわかる」 それだけ言い残し、天原は駆け足でどこかへ行ってしまった。 仕方なく秀一は封筒から手紙を取り出し、内容に目を通す。 「・・・なるほど」 思わず、秀一は呟いていた。 『村野静音は預かった。返して欲しければ0時にBブロックの教会まで天原聖ひとりで来い』 |