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■答えられないこころ
女子寮の近くまで来ると、途端に人通りは少なくなる。聡と神楽はどちらからかはわからないが、立ち止まった。 「じゃ、ここまででいいな」 「うん、ありがと」 聡はいつもより優しげに言った。 学祭期間中のイベントに行っているのだろう。女子寮の明かりはいつもよりも遙かに少なかった。普段はあまりない夜の外出時間を堪能しているのかもしれない。 女子寮の前。他に、人影はない。 「ねえ、聡」 「何だ?」 暗い中で、魔力光だけがふたりを照らす。 「お別れのキスは?」 「・・・誰がするか、馬鹿」 「ケチ」 ふふ、と神楽は微笑み、それじゃあ、と言って寮の中に消えていった。 「どう、すっかなぁ?」 神楽の消えた後をいつまでも眺めながら、聡は神楽の言葉を反芻していた。 “私は、聡が好きだよ?” 初めての言葉。昨日まで、いや、今朝まで仲の良いだけだった友人は、いまや恋人候補となってしまった。 “ずっと一緒にいたい” 神楽がそんな想いを抱いている事は、気付きもしなかった。 どうすればいいのだろう。 彼女の言葉はわかりやすい。だが、自分の心はわからない。 彼女の想いが真剣なものだとわかるから、軽い気持ちや安易な気持ちでOKと言えない。喜んで受けるべきなのか、辛くても断るべきなのか。どちらにしろ、今までには戻れそうにない。 「簡単に壊れちまう、んだな」 昨日までの楽しい関係にはなれないかもしれない。 それでも、神楽は言葉にする道を選んだ。聡にはどれほどかも想像できないほどの勇気を持って。 だから、こちらも誠意を見せたい。真剣に悩んで、真剣に答えたい。それが、生まれて初めて愛情を告白してくれた少女に対する、心の底からのお礼。 ・・・結論は、まだ出ないけれど。 「――聡?何してるの、こんなとこで」 聞きなれた声に振り向くと、そこには茶髪の少女が立っていた。幼い頃から様々なものを共有してきた、あるいは家族以上に互いを知り合う存在。 「茜・・・。いや、何でもない」 茜は聡の目に顔を近づけた。聡は、つい神楽を思い出してしまって少し後ずさった。 「嘘。何か隠しているわね」 「・・・やっぱお前にゃ隠し事はできねえよな」 肩をすくめ、聡は真面目な眼差しを茜に向けた。 「茜。ちっと相談に乗ってくれないか?」 「・・・少し、込み入った話っぽいわね」 茜はくるりと来た方向に向き直った。 「いいわ。落ち着いて話せるとこに移動するわよ」 「ああ。助かる」 肩を揃え、ふたりは再び夜の街に戻る――。 学園の中央にある駅。その名も中央駅というそのまんまな名前の駅。 そこには新藤と由佳がいた。下車する人間はいくらでもいるが、学園の外に向かう列車に乗る人間はあまりいない。 新藤はその学園外に向かう列車に乗り込もうとしていた。 「先生・・・いつ頃、戻ってくるんですか?」 「3日後くらいには戻りますよ。協会で書類整理をするだけですから」 感慨もなく列車に乗り込む。その背に、由佳は言った。 「待ってますからね、先生!」 新藤は軽く手を挙げて挨拶し、列車の中に姿を消した。 やがて、列車の扉が閉まりゆっくりと動き出す。複雑な術式と魔法陣によって構成されている乗り物は、ガタガタと揺れ動きながらも速度が出始めた。 由佳には、それを見送る事しかできない。歯痒くとも、まだ無理なのだから。 それでもいつか追いつく、その気持ちは変わらない。 「・・・がんばろう」 ひとり、由佳は拳を握った。 一方、新藤は僅かな手荷物を隣の座席に載せ、窓際の席に座った。窓の外の景色がどんどん流れていく。闇夜の中で流れる光が、黒の中に明るい線を引いている。 新藤はスーツの内ポケットから明るい橙色の封筒を取り出した。中には手紙が一枚。魔法協会の出す公式な手紙だ。 『・・・新藤玄馬殿は実力、精神面、その他を考慮した結果、正式に魔法使用許可免許を発行するに値した人間であると魔法協会は判断し・・・』 「・・・免許、ですか」 列車は遥か遠く、魔法協会を目指している。 「まだこんな話を覚えている輩がいるとは予想外ですよ」 新藤は手紙から顔を上げ、車内に目を向けた。列車の乗客は極端に少ない。心魔行きの列車ならいざ知らず、離れる列車に乗る人もあまりいないからだろう。新藤が座る四人席も、新藤ひとりだけだ。 「転移魔法が使えれば列車は要らないのですがね。わざわざ本部まで呼ぶ必要性がどこにあるのか・・・。不思議な話ですよ」 遠くへ瞬間移動する魔法もあるのだが、それはその先に行った事がなければ発動できない。新藤は協会本部に行った事はなかった。そのため、非効率的な列車を使用している。 ちなみにこの種の魔法は簡単なものではないので、一般人で扱える者は少ない。 「明日の夕方までかかるわけですか。面倒、ですね」 呟き、新藤は背もたれに身を預けた。目を閉じ、思考を停止させて。 ――列車は走り行く。様々な思惑を乗せ、闇夜の内を。 |