■自分のこころ

人々の流れを下に見る公園で、茜と聡はベンチに並んで座った。
ここは行人と桔梗がいた公園である。もっとも、ふたりはそんな驚くべき事実を知らないのだが。
「で、相談って何?」
コーヒーを片手に、茜は前を向いたままで尋ねた。
「ああ・・・」
聡もコーヒーをぐっと飲み、意を決して事実を口にする。
「神楽に、コクられた」
「は・・・?」
時が止まったように、両者の動きが止まる。それぞれが理解している意味は別物だが。
「お前も知ってるだろうけどさ、俺は告白された事ってないんだよ。だからどうしていいかわからなくってさ・・・」
「冗談とかじゃないの?」
そうであって欲しいと願いつつ、茜は疑問を口にする。
「いや。ありゃマジだな。だから、俺もよく考えて、真剣な答えを出したいんだよ」
本気マジ
軽い口調ながら、聡の言葉は重い。そして、聡が思うのとはまた違う理由で、その言葉は茜にとってもひどく重い。
「どうすべき、なのかな・・・俺」
「そ、そんなの・・・私に聞かれたって、困るよ」
「あ、ああ。そりゃそうだよな」
聡は知らない。茜の想いが進んでいるという事を。今まで通りの、恋人と問われて間を置かずNOと言える状態ではないという事を。
「・・・自分の心に素直になればいいって言うけどさ。自分の心が、一番わからねーんだよな」
心は見えなくて、流動的で。
ずっと変わらないと思う想いも、すぐに変わってしまう。
だからこそ、今が見えない。自分がどう思っているのか、どうしたいのか。それが、軽々しく口にできない。
「心が見えたら楽なのに、な」
「・・・見えないから、苦労するんじゃないの」
「そう、だよな」
眠らない学園を人々が練り歩く。悩みのなさそうな顔をして、皆が何かを悩んでいるのだろう。
「茜、俺っていい男だと思うか?」
「顔はね」
「そりゃ親父がカッコいいからだ」
そんな事じゃねえ、と呟く。
「俺は周りなんざ見えてない。いつでも俺が一番で、俺のために何かをするんだ。そんな俺で、誰かに好かれていいのかな?」
「そんなのは関係ないわよ」
それだけは毅然と、決然と言う。
「聡がみんなの事を考えているのかどうかは知らないけどさ。でも、いいのよ。別に。聡がいるって、その事に感謝する人がたくさんいる。それだけで十分じゃない」
「そうかぁ?」
「そうなのよ」
一緒にいたいと思わせる何か。それが、聡にはある。
独占してしまいたくなる。ずっと一緒にいたいと思う。
聡の内にある何かに惹かれている。それは紛れもない事実。
永遠なんてないかもしれないけど。それでも“今”はあるから。“今”一緒にいたい。
「茜、ありがとうな。話したら少し楽になった」
「・・・そう」
感謝の言葉なのに、それに対して茜は何も言えない。何かを言えるはずがない。
聡と茜は並んで時を過ごす。冷たい夜風が通り抜けた。
コーヒーの湯気が、ゆらゆらと揺れていた。

Bブロックとは、学園の外れにある地区の事だ。この地区にある教会はただひとつ。すでに使われていない、古びた感じの場所しかない。
天原はひとり、鍵の壊されている扉を開いた。
中はステンドグラス越しの月明かりだけが教会の中を照らす。横長の椅子が並び、傷んだ赤色の絨毯が真っ直ぐに奥まで伸びている。
「来てやったぜ!出て来いよ」
大声で叫ぶ。教会中に声が響いた。
「はじめまして。マジック・マスター、天原聖」
暗い影の中から声が飛ぶ。姿は見えないが、そこに誰かがいた。
「静音はどこだ!」
「すぐにご案内しますよ」
声は意外と若い。20代か、あるいは・・・。
「もうすぐ・・・0時ですね」
時計はあと数秒で0時を指す。
天原とて静音の姿が見えない間は自由に動けない。ぴたりと止まったまま、空気だけが冷たく落ち込んでいく。
教会の外を通る人もあまりいない。この辺りではイベントがないという事も要因のひとつではあるが、それ以外の理由もあるだろう。
カチリ。
時計の短針と長針が真上を指した。時刻は、午前0時。
「時間です。こちらへどうぞ」
影の中から手だけが奥を指した。天原はこっそりと魔法を唱えながら、手の指す方向へと歩みを進める。
影の横を通り過ぎ、最奥の小さな扉を開いた、その途端。
「残、念、ね」
ガバリと何かが影の中から手を伸ばす。それが何かを確認する前に、天原は最後の呪を紡いだ。
「甘いぜ!閃光の稲妻サンダー・ライトニング!」
放たれた呪文は、しかし魔法のカタチを成さない。何も、起きない。
「・・・なッ!?」
天原が驚きの声をあげるのと、意識を失うのは・・・ほぼ、同時だった。



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