ディックが村に戻ると、入り口にはスライが待ち構えていた。
「お疲れ様。ディックさん」
 言葉とは裏腹に、スライの表情は硬い。まるで緊張しているようにも見えた。
「ああ、村長代理か。こんなところで何してるんすかー?」
 一方のディックは、常と変わらぬ軽快な口調と表情で問いかける。スライはディックを制するように片手を挙げ、言った。
「まあ、あんたを待っていたってところかな」
「それはそれは、ご厚意に感謝するです」
「好意からの行動じゃないから、安心してくれ」
 スライは、腰から下げていた布の袋を放り投げた。
「約束の報酬だよ。数えてくれ」
「了解っす」
 袋を開き、中を確認する。そこには、契約通りの銀貨が詰まっていた。
「ん、バッチリっすね。報酬はしかと受け取りました」
「そうか、それはよかった。じゃあ、次の用件なんだが」
 スライの言葉は、そこで切れた。その先は言い出しにくい、と態度が示している。
 けれど、ディックにはスライの言いたいことがわかっていた。だから、先にそれを言葉にする。
「『仕事は終わったんだからさっさと出て行ってくれ』、って言いたいのかにゃ?」
 ディックが言うと、スライは顔を赤くした。
「あんたのその顔からすると、それってあんたの意見じゃないっすね。たぶん、村人か、あるいは今は療養中のオヤジさんの意見ってところかにゃー? ま、当然の意見っすねー」
 スライはぐっと拳を握り締めた。そして、言う。
「違う、んだ」
「あん?」
「違うんだよ。これは、オヤジの意見でも村人の意見でもない。神子様の意見だ」
「みこぉ?」
 首をかしげるディックに、スライは説明する。
「この村には剣神様じゃない、土着の信仰があるんだ。その神様の言葉を聞くことができる人が、神子様。事実上、村長よりも発言力を持つ人のことだよ」
「まあ、おかしい話じゃないなん? 別に剣神様だけが神様って決まりがあるわけでもないし」
 山間の小さな村や離れ小島、人里から離れた辺境の土地では、その土地だけの宗教がある場合も少なくない。
「そう。そして、その神子様のご神託しんたくってので、あんたを追い出せと言われたんだ」
「ふうん? けど、別におかしい話じゃないね。だいたい、ダークナイトなんて嫌われる存在なんだから」
「それは、否定しないよ。でも、何かおかしいんだ。ここの神様は、客人は富と知恵をもたらす存在として、大切にすべきっていう教義だったはずなのに……」
「ダークナイトは例外、じゃあ通らないって?」
 スライはうつむいたまま、答えなかった。
 ディックは口元に手を当て、たずねる。
「スライ。質問、いいかにゃ?」
「あ、ああ、答えられる範囲なら」
「じゃあ。俺に依頼しろって言ったのは、もしかして神子様か?」
 スライは小さく頷いた。ディックの眉根が寄る。
「じゃあ、もうひとつだけ。あんたはあそこに魔獣が住み着いた理由、何か思い当たる節は?」
「いや。今までここらに魔獣が出たことはないし、心当たりもない」
 ディックは目を細めた。その間にも、頭はぐるぐると回転している。
「スライ。あんたは、神子様がおかしくなったと思うんだな?」
「神子様が、と言うか、神様のお言葉が、と言えばいいのか……。とにかく、今までと違うような気がするんだ」
「なるほど」
 ディックは頷き、続けて言った。
「条件を守るなら、神子様だか神様だかが変わった理由、調べてやらんでもないけどにゃ?」
「条件?」
「そう。ひとつ、あんたが協力すること。俺だけじゃこの村の内情はわからんし?
 ひとつ。何が起きても、あんたが受け入れ、この村を守ること。それが村長代理であり、次期村長でもあるあんたの役目だからにゃー」
「それくらいなら、やるよ」
 頷くスライに、ディックは三本目の指を立てて見せた。
「最後のひとつ。報酬はどうでもいいから、食事と寝床を世話してくれ」
 その言葉に、青年は笑って頷いた。

 スライはディックを村の外れにある建物に案内した。
 木で組まれた、高床式の住居らしい場所。まるで倉庫か何かのようだ。
「これが神子様の住まい? 随分とまあ、古臭いんだなん?」
「僕が生まれる前からの建物だからね、仕方ないよ」
 スライはたんたんと木の階段を昇って行く。後を追いながら、ディックは聞いた。
「なあ、今さらだけど、俺も入っていいのかなん?」
「大丈夫だよ。神子様は目が見えない。口を開かなきゃ、誰が来たのかもわからないだろうさ」
 木製の扉を叩いて名乗り、スライは建物の中に入った。
 建物の中は、ただ広いだけで何もない部屋だった。奥の壁に神様の絵らしい絵画が飾られ、その前に長い髪を床にまでたらしている女が座っている。
「神子様。ご神託の通り、例の旅人を追い出しました」
「そう。それはよかったわ」
 振り向いた神子は、目を閉じていた。が、その顔は割と整っている。
「あの、神子様。少し、聞いても構いませんでしょうか」
「私に答えられることならば。何ですか?」
「はい。あの旅人を村から追い出したのは、何故なんです?」
「ああ、そのことですか」
 神子は頷き、答えた。
「普通の来訪者は、確かに喜んで受け入れるべきものです。ですが、彼はダークナイト。知っての通り、ダークナイトはルーンナイトの中でも、特に危険なルーンを扱う者です。彼らは憎しみによって力を増す。そんな者をこの村に長く留まらせるのは危険と、神様がご判断なさったのです」
「でも、彼はこの村の恩人です。それを切り捨てるというのは……」
「スライさん。これは神様の御意志です。私たちのような一個人が口を挟むべきものではありません」
 ピシャリと叩きつけるように言う神子に、スライは二の句を継げなかった
 振り向き、ディックの顔色をうかがう。ディックは首を横に振った。
「わかりました。では、僕はこれで失礼します」
「はい。ありがとう、スライさん」
 いえ、と呟き、スライは立ち上がった。ディックもスライと一緒に部屋を出る。
「なかなか強気な姉さんだったにゃー? あれがこの村の神子様かい」
「いつもはもうちょっとお優しい方なんだ。やっぱり、何かがおかしい気がするよ」
「へえ? そいつは面白いね」
 ディックは降りかけた足を止め、スライを招き寄せた。そして、そっと耳打ちする。
 スライは、最初はふんふんと素直に聞いていたが、やがて、目を点にして絶句した。
「そんな、無茶苦茶な作戦じゃないか! それはディックさんが危ない!」
「俺は危険には慣れてるし、なんとかなるっす。それに、この村に住んでいるあんたに迷惑かけるわけにもいかないだろん?」
「そんなことは考えなくていいよ。僕が言い出したことなんだから。むしろ、ディックさんより僕に負担をかけるべきなんだ」
「大丈夫っす。依頼人に迷惑かけるようじゃ、騎士はできないって」
 あくまで譲ろうとしないディックを、スライはなかば、にらみつけるようにして見つめた。
「本当に、やるつもりですか?」
「もちろんだにゃー」
 見つめること、しばし。折れたのは、スライだった。
 はあ、とため息をつく。
「とにかく、危険になったらすぐに逃げて下さい。今度は魔獣どころじゃない、もっと危険な相手かもしれないんですから」
「だーいじょうぶ。俺がその気になれば、この村に住んでいる全員だって相手にできるんだから」
 驚くスライを追い越して降りつつ、ディックは言った。
「冗談、っすよ」

 日が暮れかけた頃、神子の小屋を訪れる人影があった。
 コンコン、と扉を叩き、男は言う。
「お食事をお持ちしました」
「スライさん、ですか? どうぞ」
「失礼します」
 男が中に入ると、神子は扉の方を向いたままで座っていた。
 男は、食事を乗せた木の盆を、神子の前まで運んでいく。
「こちらです、どうぞ」
「ありがとう」
 神子はフォークを手に取り、ひとりで食事を始めた。
「目が見えなくても食事ができるんすね。たいしたもんだ」
「慣れていますから。それより、あなたは誰ですか?」
 落ち着いて食事を続けながら、神子は問う。その姿に、さしものディックも苦笑を浮かべた。
「やっぱりわかってたんすね。なのに、落ち着いている。どうしてそうできるんすかぁ?」
「目が見えないからこそ、慌てても仕方ないと知っているだけです。いざという時、私が何をしても、どうにもならない。常に死する準備ができている者は、何が起きても恐れないものです。覚えておくといいですよ」
「参考になるなん?」
 見えていないだろうに、神子はディックの方に顔を向けた。
「あなた、例のダークナイトですか?」
「正解。ちょっと、あんたに聞きたいことがありましてね。食事係を変更してもらったんすよ」
「スライさんは、無事ですね?」
「ああ、無事っす」
 わずかに、神子は安堵したような息をもらした。
「それで。私に聞きたいこととは、何ですか?」
「なに、村でちょっとあんたのウワサを聞きましてね。なんでも、最近になって様子がおかしくなったとか?」
「私はどこまでも私です。他者の言葉を村長に伝える、それだけの人間です」
「なーるほど。じゃあ、次の質問。あのサモンナイトを雇ったのは、あんたっすか?」
「私はその人と会ったことはありません。ただ、彼の役割は、村人たちに恐怖と苦悩を与えることで、より神への信仰を深めさせるための布石だったと聞いています」
「……ずいぶんと、あっさりと話してくれるんすね?」
 それだけは、ディックの想像と外れていた。それ以外の話は彼の予想を裏切らないものだったが、ここまであっさりと話すとは思っていなかった。
「私とて、この状況が良いと考えているわけではありません。けれど、私には、いえ、この村に住む者にはどうにもできない。だから、誰にも話しませんでした。
 ですが、あなたは違う。あなたはこの村に住まう、誰よりも強い。暗黒の剣を持つあなたなら、この世界を変えられえるかもしれないのです」
「ますます、怪しい」
 銀髪をいじりながら、ディックは言った。
「暗黒の剣は、あんたが言った通り憎しみを力の起源にしている。そんなものを信頼するって、あんたはどういう神経してるんすか?」
「そうではありません。暗黒剣は現状の否定。けれどそれは、未来をも否定するものではありません」
 意味がわからず、ディックは黙り込んだ。神子は、口元に笑みを浮かべた。
「新しい世界を作るためには、過去を破壊する必要がある、そんな時もあります。そのための一手、現状を破壊する、未来を見出すための一撃。それは、暗黒の剣が最も得意とすることです。もっとも、世間の方々は勘違いしておられるようですが」
 ディックは神子の顔をまじまじと見つめた。まだ彼よりも年下、幼いとすら言えるであろう顔立ち。そこには、あれほどの口を叩く強さは見当たらなかった。
「あんた、どうしてそこまで知っているんだ? 本当に、ただの神子か?」
「ええ、私は神子ですよ。ただ、普通の人が知るはずのない知識を得やすい場所にいる。それだけのことです」
 答え、神子はキノコを口にした。