フーラ村は、山間にある小さな村である。名産品などもほとんどない村で、自慢と言えばせいぜいがキノコ料理くらい。当然、訪れる旅人も少ない、貧しい村であった。
 そんな村に一軒しかない食堂に、珍しく旅人が訪れていた。
 さわやかな印象を与える、銀髪の若い男だ。大きな両手剣を机の脇に置いている。
 男がキノコ料理を食べていると、向かいの席に、ひょろひょろとした青白い青年が座り込んだ。
 銀髪の男はちらりと顔を上げ、青年の顔を確認してから聞いた。
「俺に何か用事っすか?」
「ああ、まずは名乗らせてくれ。スライだ。この村で村長代理をしている」
「ディック・ハーション。見ての通り、旅人っすよー」
 名前もよくわからないキノコを口に運びつつ、ディックは答えた。
 スライは頷き、
「わかってる。だから、頼みたいことがあるんだ」
「面倒なんで嫌っす」
 スライは苦笑いを浮かべた。
「そう邪険に扱わないでくれ。聞けば満足する依頼さ、おそらくは」
「……なら、勝手に話して構わないぜぃ」
「そうさせてもらうよ」
 椅子に深く座りなおし、スライは続けた。
「知っての通り、この村で誇れるものはキノコしかない。あんたが今、食べているようなヤツだ」
「ん、見た目はともかくとして、味はいいっすね」
「そう。だが、最近はそのキノコの収穫量が減っているんだ。最近、山に魔獣が住み着いたんだよ。あんたにはその魔獣を退治して欲しいんだ」
「へえ」
 フォークを置き、口元を布でぬぐって、ディックは鋭い目をスライに向けた。
「質問、いいっすね?」
「何でもどうぞ」
 ディックは指をひとつ立て、
「じゃ、まず、どうして自分らでやらない? あんたは見た目からして無理だろうけど、この村にだって優秀なルーンナイトのひとりくらいはいるだろ? 実力もわからない旅人に任せる理由がわからないねー?」
「それは見当違いだね。こんな山間の小さい村には、若者すら少ない。その中で、魔獣を退治できるほどのルーン使いなんて、そうそういないさ。
 けど、旅人のあんたは違う。少なくても、道で魔獣や強盗に襲われても大丈夫って自信がなきゃ、ひとりで旅なんてしないだろ?」
 ふうん、と鼻を鳴らし、ディックは二本目の指を立てた。
「じゃ、次の質問。村長代理ってのは?」
 聞くと、若者は苦笑を浮かべた。
「いや、これはちょっと恥ずかしい話なんだけどね。村長、つまり僕のオヤジなんだけど、最初は自分で魔獣を退治しようとしたんだ。ところが、出発の前日に腰を痛めてね。今も療養中。で、その間は僕が代理をやっているってわけだ」
 スライの話をかみ締めるように、ディックはゆっくりと考えた。スライも何かを言ったりはせず、ディックが結論を出すのを待つ。
 やがて、ディックはゆっくりと口を開いた。
「最後の質問。報酬は?」
 その質問に、スライはニヤリと笑ってみせた。

 魔獣。すなわち魔力を持った獣は、力の割に知性がなく、まさに暴れるだけの危険な生物として認識されている。
 戦いに手馴れた者なら軽く退けることができるレベルから、数人で戦わなければどうにもならないほどの凶悪なレベルまで、様々な種類がいる。
「だーけーど。こんな山に、そこまで危険な魔獣がいる可能性は限りなく低い、っときたもんだにゃ」
 ディックは背中に剣を背負い、森の中をぶらぶらと歩いていた。木々が空を覆いつくし、昼間だと言うのに薄暗い。スライに教えられた魔獣の出現場所も、およそこのあたりのはずだった。
 木々の根元を確認してみれば、たしかにキノコが根こそぎと言っていいほどに狩られた痕跡があった。かなり、乱暴に。
 目的もなく歩みを続けていたディックは、ふと、ぴたりと足を止めた。
 きょろきょろと見渡し、視線を森の奥に向けたままで止めた。
「動物のくせに隠れるのが下手っすね。出てこないと殺すよ?」
 剣を鞘から引き抜き、ディックは笑みをもらした。
「もっとも、」
 ガサリ、と草木が揺れる。次の瞬間、茂みの中から黒い影が飛び出した。
「出てきても殺すけど」
 焦らず、ディックは剣を振り下ろす。刃は素早い動きで、影に逃げる間も与えずに切断した。
 ドサリ、と崩れ落ちたところで、ディックはその姿を確認した。
「……へえ?」
 茶褐色の毛並みを持つオオカミが、そこに倒れていた。前足は両方とも、近くに転がっていた。
 オオカミは荒い息を吐いている。まだ生きているようだ。
「と、なると」
 すでに戦えないオオカミからは視線を外し、ディックはきょろきょろと周囲を見渡した。
「さすがに気配は感じさせない、か。ま、こういう戦い方をするんだから、当たり前ってところかなん?」
 ディックは足を、オオカミが飛び出した方向に向けた。茂みや草木はかき分けるように、まっすぐ進む。獣道すらない場所だけに、まさに彼自身が道であった。
「そっち、か」
 ふと、ディックは右を向いた。そちらにも何かがあるようには見えない。
 だが、ディックは構わずに走り出した。邪魔になる枝葉は斬り飛ばし、一気に距離を詰める。
 カサリ、と前方の木が揺れた。次の刹那、虹色の羽を持った鳥が飛び出す。
 けれどディックは歩みも止めず、そのまま鳥を斬り捨てた。そして、さらに加速を続ける。
「そこかッ!」
 ブン、と風切り音すら残し、大きな枝を切り捨てる。その先に、ディックは一挙に飛び出した。
 そこは、獣道の途中らしい場所だった。先ほどまでの視界が悪い場所と違って、少し先まで見渡せる。
 そこに、人影があった。
「あんたがあいつらの親分ってわけかい?」
 ディックは両刃の剣を構え、男に問いかけた。森の草で染めたらしい緑髪を揺らし、男は答えた。
「よく、あいつらが魔獣じゃないって気がついたな。どこでわかった?」
「敵に教えることはない、って言うところだけど、後学のため、特別に教えてあげるっすよ。
 最初のオオカミ。あいつが魔獣だったら、キノコは食べないんすよ。魔獣は最近になって住み着いたばかりなんだから、草食狙いの肉食が住み着くには早すぎる。つまり、あいつは操られているってことになる。けど、理性を持たない魔獣は、誰の指示も受けつけない」
 つまり。ディックは刃で男を指し、言った。
「あんたが呼んだ、あるいは操っている生き物。すなわち、あんたの能力はクレスト、もしくはサモンってことにもなるにゃー?」
「頭の回転が早いじゃないか。一目でそこまで判別するなんて、よ」
 男は大型のナイフを取り出した。その刃には、不思議な文字が刻まれている。
「いいぜ、教えてやる。オレの通り名は『切り裂きダガー』。お前の予想通り、」
 ナイフを逆手に持ち替え、男は地面に突き刺した。
 地面に光が弾ける。光は、幾何学的な模様を描いた。
「サモンナイトだ!」
 男がナイフを抜くと、模様から半透明の人間が飛び出した。
「行くぜ、装着!」
 男が叫ぶと、半透明の人間は、男を包み込むように広がった。それはさながら、幽霊の鎧のようだ。
 男が駆け出す。ディックは剣を振るうが、男は横にかわした。さらに木を踏み台に、ディックまで肉薄する。
 間一髪、ディックは刃を引き戻して男のナイフを止める。
「そら!」
 体を沈め、足払い。ディックは軽く跳ねてかわし、全力で剣を振り下ろす。
 男も地面を蹴って逃げ、ディックの剣は地面に突き刺さった。
「珍しい能力だなん? サモンナイトのくせにテメエで戦うなんて、初めて見たっすよ?」
「よく言われるぜ。普通、サモンナイトってのは召喚獣に任せ、自分は後衛に入るのが定石だからな。だが」
 じりじりと間合いを測りながら、男は言う。
「そういうの、オレの性に合わないんだよ。他人任せなんてナイトのすることじゃねえ。テメエの尻はテメエでぬぐってこそのナイトだ」
「同感するっす。うん、あんたとは気が合いそうだ」
 巨大な剣を中段に構え、ディックは笑った。
「だから特別に、全力で戦ってあげるっすよ」
「ほう、あんたの力を見せてくれるってのか。そりゃありがたいね」
 ディックの持つ刃が、黒い光を帯びていく。同時、ディックの目が冷たく、鋭く変わっていった。
「俺の名前はディック。しがない旅人だ。そして、俺の能力は――」
 刀身が全て漆黒に染まる。木々が、ざわざわと揺れた。
「『ダークナイト』」
「なッ!?」
 刃に奇妙な文字が浮かぶ。ディックの能力を表す、必殺の文字が。
 対して男は、額に汗を浮かべた。手先が震え、歯の根がカチカチと音を立てる。
「ば、な、ダークナイトだと!? まさか、お前が!?」
「他人を否定し、世界を否定し、己すらも否定する者。すなわち、ダークナイト。まさに俺のことだ。けど、俺だってこの能力が好きなわけじゃない。だから、普段は使わない。俺が能力を使う相手は、決めている」
 じり、とディックは間を詰める。反対に、男はじりじりと後退していった。男の、知らぬ間に。
「ひとつは外道。俺の気に入らない、腐った野郎だ。そして、もうひとつ。あんたはそっちだ」
 とん、と軽く地面を蹴る。男も慌てて跳ぶが、ディックはそれ以上に早く距離を詰めていく。
「もうひとつは、俺のお気に入り。正面から戦う、本物のナイトだ」
「くっ!」
 逃げ切れないと悟ったのか、男は向き直って正面から飛び出す。ナイフをしっかりと握り、ディックの懐に飛び込もうと体を低くし。
「ダークナイトの刃はね」
 構わず、ディックは思い切り剣を振るう。ギリギリ、まだ男には剣が届かぬ位置で。
「世界最強の攻撃力があるんだ」
 空気が、揺れた。
 爆音にも似た轟音。草木が吹き飛び、木々が消し飛び、地面がめくれ上がる。
 ディックは剣を振り抜いた姿勢そのまま、顔を上げた。
 前方は、さっきまでの鬱蒼うっそうとした森ではなくなっていた。扇形に、砂利と何かの破片が転がる、荒地が広がっていた。
 ディックは背中の鞘に剣を収め、ぽつりと呟いた。
「ちなみに、これも俺が能力を使わない理由。せっかくの地形が変わっちゃうだろ?」
 その言葉を聞く者は、すでに誰もいない。