リットの部屋に場所を移した四人は、それぞれに楽な姿勢で、リットの話を待つ。
「で、リット。もったいぶらず、さっさと話してくれねーか」
 グレイスがにらむと、他のふたりの視線も、リットへと集まった。
 リットは、こほん、と咳払いし、その質問に答える。
「私は、ずっと探していたんだよ。君を、ね」
「……斬っていいか?」
 剣に手を伸ばすグレイスを制するように、リットは手の平を見せた。
「正確に言おう。私が探していたのは、ルーンを使えない女性だ」
「ルーンを使えない?」
 その言葉に誰よりも早く反応したのは、グレイスではなく、サイモンだった。視線をグレイスに向け、どこか慌てた調子で尋ねる。
「グレイス、君はルーンを使えないのか?」
「そう連呼すんなよ。オレだって嬉しいわけじゃないんだからよ」
「あ、ああ、すまない。それで、どうなんだ?」
 グレイスは、不満げに小さく頷いた。
「そうだよ。オレはルーンを使えない。最初に剣を習った時から、ずっとなんだ。理由はわからねぇ。けど、どんなに頑張ったって、どのルーンも発動できなかった」
「ルーンを、発動できない……」
 その言葉に、サイモンも、何故かウィルまでもが反応した。それぞれに、考え込むように頷く。
「神聖騎士の力をさらに高めるためには、ルーンを使えない女性の手助けが必要でね。平時ならばそれほどの力は必要ないが、今は不穏な空気が漂っている。だからこそ、探していたんだ。君のような女性を」
「なんだよ、それ。さっぱり、意味がわからねえ。つまり、どういうことなんだよ?」
「伝説、だよ」
 目を細め、リットは呪文のように呟いた。
「『死にたくなければ、世を乱すなかれ。乱世に殺傷の姫君が現われ、汝らを喰らうであろう』」
「……殺傷の姫君?」
「そう。その補佐をする者が、四人の騎士と言われている。神の尖兵、魔を従えし者、獣の王、そして闇の結晶。それぞれの力を得て戦う女性、それが、茜色の殺人姫マーダー・プリンセスというわけだ」
 目を点にして、グレイスはリットを見つめる。その目は、どこか驚きの色を持っていた。
 リットは浅くため息をつき、続けた。
「細かいことを理解しろとは言わない。要するに、私には君の力が必要というわけだ。協力してくれるね? グレイス・フェイリアー」
「あー、いや、いきなり協力しろって言われてもよ?」
「協力しなければ、また牢屋で楽しい生活を送ってもらうだけだ」
 う、と声を詰まらせるグレイスに、たたみかけるように言う。
「先ほどまでなら、まだ暴力事件で済んだけどね。今度は脱獄、および騎士団に対する暴行だ。年単位で住居を保障するよ」
「て、テメエが余計なことをするからだろ!?」
「このご時勢、牢屋の方が安全だろうという私の配慮を無視したのは、どこの誰だったかな」
「そんなことは何も言わなかっただろうが!」
「言えるわけがないだろう。私は騎士団の一角を担う身だ。罪人の利を考えていい立場じゃない」
「だーかーら! 罪人じゃねえって言ってるだろ!」
「この際、そんな話はどうでもいい」
 冗談のような口調から、途端、視線と言葉に真剣さが増す。
「答えは? 肯定か、否定か。どちらなんだ?」
 グレイスは押し黙った。助けを求めるように、サイモンたちに視線を送る。
 サイモンは頷き、尋ねた。
「リット。それは、僕らも世話になるということか?」
「もちろん、生活は保障するよ。団としてね」
 サイモンは口に手を当てた。結論は、ほとんど考える間もなく出た。
「僕は君に従おう、グレイス」
「オレは別にお前の保護者じゃないぜ」
「知っているよ。だが、僕にも個人的な事情があってね。君に従いたい」
「うー……」
 ウィルに視線を送ると、すぐさま答えが飛んだ。
「オイラも、おんなじだ。じいちゃに、ルーンが使えない人を探せって言われたから旅をしてた。せっかく見つけたんだ、離れたくない」
 困ったように、グレイスは視線を泳がす。
 誰も、何も言わない。グレイスはしばらく、静かな部屋で視線を泳がせ続けていたが、やがて答えを見つけた。
 深々とため息をつき、言う。
「わかった。しばらくここに滞在してやるよ、リット」
「すまないね」
「そりゃ欠片でも思った時に言うもんだ」
 平然と言い放ったリットを不満げに見つめ、
「ま、いいや。これから世話になるってのに、いがみあったって意味ねえ。サイモンもウィルも、よろしく頼むぜ?」
「おう! よろしくな!」
「うん、よろしく」
 快活に笑うウィル、薄く笑みを浮かべるサイモン。それぞれの笑みに、グレイスは苦笑するのであった。

 港町であるラブフランジェは、訪れる人々の多い、商業都市的な一面を持っている。
 木を組み布をかけただけの簡単な店が並ぶ通りや、きちんと建物の中に店を構える伝統的な店など、様々な店が並んでいる。
 けれども、通りを少し奥に入ると、途端に治安は悪くなり、チンピラやスリ、他国や他都市での犯罪者などが集まっていたりする。
 そんな、どこか混沌とした中心部からは少し離れた場所に、騎士団の所有する建物はあった。
 朝を迎えた頃合になって、グレイスたちはここまで案内されたのだ。
「神聖騎士団ってのは儲かってるんだな」
「商業都市の守護を任されているんだ、それなりに予算も回るだろうね」
「ここなら暴れても大丈夫だよな? だよな?」
 家を見上げ、それぞれに勝手な感想を述べた。
 それを耳にし、リットは苦笑を浮かべる。
「別に、この建物を騎士団が買い取ったわけでも、作ったわけでもない。犯罪者の所有物件を押収したんだが、その当人が死んでしまったため、持ち主がいなくなってしまった場所なんだよ」
「ずいぶんとでっけー家を取ったもんだな、オイ。犯罪者ってそんなに儲かるもんなのかよ?」
 それは、すでに屋敷と呼んで差し支えない家だった。
 石造りの壁はしっかりとしており、潮風にも堅固に耐えている。
 広さは騎士団の詰め所くらいありそうで、数人で住むにしては、どう考えても大きすぎる家だった。
「使い方は君らに任せる。普段は自由に使ってくれ。私から連絡がある時は、この家に出向く」
「お、おう」
「――?」
 どこか変な様子のグレイスに、リットは眉をひそめた。
「どうかしたのか、グレイス・フェイリアー?」
「いや。オレさ、ずっと旅していたから。こうやって、家に住むっての、久しぶりなんだ。なんとなく、慣れねーな」
「なんだ、そういうことか……」
 リットは屋敷を見上げた。朝の陽光を浴びる家は、綺麗だった。
「帰るべき場所があるというのは良いものだ、グレイス。場所でも、心でも」
「帰る場所、か」
 ガリガリと頭をかき、
「やっぱ、しっくりしねーな」
「いいんじゃないか、焦らなくても」
 グレイスは、視線をリットからサイモンへと変える。
「元々、我々は旅人だったんだ。定住に、そう簡単に慣れることはないかもしれない。けど、ゆっくりと慣れていけばいいんだろ? 焦る必要は何もない」
 語るサイモンの横顔を、グレイスは呆然と眺めた。
「へえ。お前、たまには良いこと言うんだな」
 ちらりとサイモンも隣に視線を送る。
「たまに、というのは余計だよ。そろそろ君も、その口を直した方がいいんじゃないのか。旅をするなら男に負けるわけにはいかないというのもあるだろうが、普通の町娘に男口調は必要ない」
「あーあー、それが余計だって言うんだよ。オレがこういう口調だってのは、物心がついた時からだ。今さら、直す気はねえ」
「なら、なおさら直すべきだろう。それでは町に馴染むこともできないぞ」
「あー、大きなお世話だっての」
「……はは」
 笑い声に、三人が視線を落とす。三人を見上げ、ウィルが笑っていた。
「いいな、こういうの。みんなで一緒っての。オイラ、こういうのって大好きだ!」
 純粋な、子供の瞳。グレイスも、これには反抗できない。
「私も、仲間というのは嫌いではないね」
「そのひねくれた言い方をどうにかしろ、リット」
「グレイス、だから君は――」
「しつけえ! 言葉なんか伝わればいいだろ!」
「そうはいかない。心を言葉に込めるというのは、口調や使う単語にも気を使うということだ。それが、今の君はまったくそういうことを考えていない。それではいけないと思うけれどね」
「あーもー! 家に入るぞ!」
 のっしのっしと歩くグレイスの後を、すぐさまウィルが追う。そんなふたりを眺め、サイモンはぽつりと言った。
「侮れないね」
「誰が、かな?」
「さてね」
 軽く肩をすくめ、サイモンもまた、家に入る。苦笑を浮かべ、リットは家に背中を向けた。