リットの刃を弾き、グレイスは踏み込む。深いところからの斬撃を、リットは盾で防いだ。
 続く斬撃は頭を下げてかわし、グレイスは必殺の突撃を繰り出す。が、それは相手の頬をかすめるだけで、決定的な一打にはならなかった。
「君は私を殺す気か?」
「殺す気でやらなきゃならねーような相手なんだよ、あんたが」
 ぐっと四肢に力を込めて、グレイスはさらに攻撃を繰り返す。その苛烈な打ち込みは、常人の目では捉えることさえも難しい。
 だが、リットはその攻撃をさらりとかわし、あるいは受け、あるいは弾く。防御的ではあったが、それは確実にグレイスの攻撃を防いでいた。
「君は、神聖騎士と戦った経験があるのかね?」
「どうして、そう思うんだよ!」
 ガン、と剣が盾を叩く。グレイスは軽く舌打ちし、横に跳んだ。その直後を、剣がにぶい軌跡を残して抜ける。
「いや、そんな気がしただけだ」
 言い、リットの足がグレイスの腹を狙った。グレイスは刃の腹でそれを受け、お返しとばかりに足元を払う。それは、軽いジャンプでかわされた。
「ルーンナイトだけが持つ最大の武器、それはやはりルーンだ。魔族、竜種、幻獣、様々な生物に人間が対抗しうるのは、この力があるからこそだ」
「だから、なんだって言うんだよ!」
 踏み込みながらの斬撃は、紙一重でかわされる。グレイスの髪から、汗が舞った。
「なればこそ、ルーンナイトはあらゆる戦いにルーンを活用する。人によって戦法は様々、使い道も結果もバラバラではあるが、ルーンの介在しない戦いは存在しない」
「だったら、テメエもルーンを使えばいいだけだろ?」
 リットは、ルーンを使う素振りを全く見せなかった。グレイスの攻撃を防御するだけで、攻撃は斬撃のみ。それは、彼の語るルーンナイトの像とは、大きく異なるものだ。
「私はルーンを使えない。少なくても、この状況ではな」
 その言葉に、グレイスはわずかに眉を寄せた。だが、それでも剣筋に動揺はない。日々の、そして過去の訓練が、彼女の攻撃を確かなものにしていた。
「神聖騎士のルーンとは、相手の力の相殺と利用だ。他者のルーンを吸収し、魔族の不可思議な力を相殺し、竜種の炎を防ぐ数少ない手段となる。だが、それだけだ。自ら攻撃する力を持っていない。だからこそ、君がルーンを使わないで戦っている現状では、私にはルーンを使う手段がないのだよ」
 気軽な言葉に、グレイスは顔を綻ばせた。
「そうかい、そいつは生憎だったな!」
 何度目だろうか。ガン、と剣が盾を叩いた。
「オレはできそこないだからな! ルーンなんざ使えねぇ! けど、そのぶん、剣の技なら誰にも負けねぇ! つまり、あんたにとって最悪の相性ってわけだ!」
 狂気すら感じる、グレイスの叫び。それは、彼女が思う以上の効果を持っていた。
「ルーンを、使えないだと――!?」
 それは、明らかな迷いだった。一瞬の隙、けれどそれは、今まで一度たりとも見せなかったもの。それを、グレイスは見つけた。
「貰ったぜ!」
 斬撃がリットを襲う。今までと違い、リットは体勢が悪く、それをかわしきれない。
 正確な刺突がリットの右肩に突き刺さる。赤い血が、白い鎧を染めた。
「どうだ、これで……!?」
 リットはその場で、グレイスさえ予想しない行動に出た。剣を投げ捨て、グレイスの腕を掴む。肩にはまだ剣が刺さっているのに、まるでそんなものは気にならないと言わんばかりに、グレイスに顔を寄せた。
「グレイス・フェイリアー。君はルーンを使えないのか?」
「そ、そうだよ。だからどうしたってんだ? バカにしてんのか?」
「そして、君は女だ」
「んなもん、今さら確認するまでもねーだろ?」
 リットの、先ほどまでとは違った迫力を持つ剣幕に、グレイスも完全に飲み込まれていた。答える必要のない質問にまで、律儀に答えてしまう。
「君がルーンを使えないのは、まさか生まれつきか?」
「よくわかるな。オレが初めて剣を持った時から、ルーンは使えてないって」
 目を丸くするグレイスを、リットはじっと見つめる。グレイスも口の中で、なんだよ、だの、そんなに見るなよ、だの、小さく呟いている。
「そう、か。君が、そうなのか」
 ぽつりと。これだけ近くに顔があるのに、全く見えていないかのように、リットは呟いた。
「お、おい。どうしたんだよ、お前。何かおかしいぜ?」
 対するリットは、グレイスの腕を離すと、剣を肩から引き抜いた。血があふれ出るが、リットはそれを意に介さない。
「よし。今回の件は不問にしよう」
 剣を鞘に収め、盾を背中に負った。服の端を引きちぎり、肩口をぎゅっと縛る。
「――あ?」
 言われたことをグレイスの頭が理解するまでの間に、リットは応急措置を終えてしまった。
「さて、それでは私と一緒に行こうか。君の仲間も捜索し、見つかり次第、丁重にお迎えしよう」
「お、おい。お前、自分が何を言ってるか、理解しているのか?」
「何が、かね?」
「だから! オレ脱走犯! しかも一応、犯罪者! なのに丁重って、頭おかしくなったのか!?」
 そこまで言い切り、ハッと、とある可能性に思い当たったグレイスは、急に身をかき抱いた。
「ま、まさか罠か!?」
「もし罠だったら自分から言うわけがないと思うがね。だが、違うよ。単純に私が君に興味を持った、それだけだ」
 ピッと指を立て、
「ここで私に従えば、私の権限で無罪にできる。お仲間も解放しよう。ただし、しばらく神聖都市に滞在してもらうがね。滞在費はこちらが負担する。どうだい、破格の交渉だろう?」
「破格すぎて怪しいんだけどよ? それじゃ、お前には得がねえ。オレをここに縛りつけて、何をしたいって言うんだよ?」
 ジト目で見るグレイスに、リットは苦笑を浮かべた。
「怪しいと思うのは仕方ないね。そして、その説明には少しばかりの時間が必要だ。とにもかくにも、話を聞いて欲しい」
「話を聞いていたら捕まる、なんて事態もあったりしてな」
 じっと見つめるグレイスに、リットはやれやれと首を振った。
「仕方ないね。じゃ、これでどうだい」
 リットは腰の剣を引き抜くと、それを適当に放り投げた。続けて、背負った盾も捨てる。両手を広げ、自分は何も持っていないというアピールまで繰り広げた。
「これで私は丸腰だ。剣を持った君なら、まばたきする間ほどの時間で私を殺せるだろう? つまり、私の命を君に預けるということだ。これなら信じられるかな?」
 余裕のリットに、けれどグレイスは剣を引かない。
「……ここまでして、どうしてオレを?」
 それは、自然な疑問。たかだか旅人ひとりを相手に、神聖騎士団の一部隊を任された男が取る行動とは、とても思えるようなものではなかった。
 対するリットは、肩をすくめて回答とする。
「それも言葉にするには時間がかかるし、仮に説明しても理解してもらえるとは思えないね。私の個人的な事情だ」
「そう、かい」
 チン、と剣が鞘に収まる。グレイスはリットの剣を手に取ると、それを差し出した。
「わかったよ、お前の覚悟。何かあるんだろ? お前みたいなヤツが、そこまで言うなんて。なら、乗ってやるよ」
「信頼に感謝するよ」
「信頼はしてねぇ。あえて言うなら、疑うからこそだな」
「十分だ」
 満足そうに頷き、リットはグレイスを促して歩き出す。
 グレイスも、警戒を隠すこともなく、その後を歩き出した。

 詰め所に戻ってしばらく待つと、ウィルとサイモンも騎士たちに捕まったらしく、姿を現した。
「隊長、お連れしました」
 騎士たちの待機所に姿を現した副隊長は、全身を傷だらけにしていた。その隣では、ウィルが戸惑った表情を浮かべている。こちらはいつもの傷に、真新しい傷をいくつか追加していた。
「グレイス、どーいうことなんだ? オイラ、よくわからないぞ」
「安心しろ、ウィル。オレもだ」
 腕を組み、胸を張って答えるグレイス。もちろん、胸を張って答えるような内容ではない。
 その様に、サイモンは鼻を鳴らした。こちらも、ウィルと同様、いくつか生傷が作られている。だが、ウィルよりは大人しく捕まったのであろう。傷の数も圧倒的に少ない。
「君まで捕まっているということは、やはり何かしらの事情があるようだね。これなら、捕まった甲斐もある」
「サイモン。そりゃあ、どういう意味だ?」
「性格からして、君なら多少でも怪しければ強行突破すると考えているだけだよ」
 実際、そうしようとしていたのだから、何も言うことはできない。
 グレイスは恨みがましい目つきで、
「お前、なんか嫌味な性格になってないか?」
「当然だろ。苦労して脱出計画に乗り、その結果が全て無駄でした、となればね」
「そうなったのはオレのせいじゃねえ。そこのバカと、ここにはいないバカのせいだ」
 三人が揃ったところで、グレイスはリットに目を向けた。
「で、リット。どういうことなのか、きちんと説明してくれるんだろうな?」
「バカとは失敬だね。それと、その前に。おい、ミスティアはどうした?」
 リットはすぐそばで控えていた隊員のひとりに問いかける。
 隊長の質問に、隊員は目をそらしながら答えた。
「は、それが、その、逃走されたようです。現在、各所に騎士を派遣しております」
「そうか。念のために警戒だけは続けるように通達。もっとも、彼女が逃げおおせたなら、すぐに捕まえるのは不可能だろうがね」
 隊員が立ち去るのを待ち、リットは口を開く。
「ここでは騒がしいからね、私の部屋に来ないか?」
 グレイスたちは互いに目線で会話し、それぞれに頷いた。
「なら、こっちだ」
 部屋を出る直前、リットは室内に待機していた騎士たちに言った。
「これから、彼らと話がある。入室は許可しない、私が戻ってくるまでは副隊長の指示に従うこと。いいな?」
 はい、という力強い返答を背に、リットたちは廊下を歩いていった。