食卓を、三人の騎士が囲んでいる。食事は終えた後らしく、まったりとした空気が漂っていた。
「グレイス。せめて自分のことを“オレ”と呼ぶのはやめたらどうだ」
「いいだろ、別に。オレはオレでいいだろ」
「女性らしく見られたいなら、せめてそこを直すべきだ。それだけで印象は大きく違うだろうから」
「……そういうもんなのか?」
 首を傾げるグレイスに、サイモンは深々と頷いて見せた。
「私、あたし、あまり品が良いとは思えないが、いっそミスティアのように“アタイ”の方がまだマシだろう」
「マジで、“オレ”ってのはミスティア以下なのか?」
「僕はそう思うがね」
「ミスティア以下か……」
「僕が言い出したことだが、君の中でミスティアはどういう扱いなんだ?」
 グレイスはしばらく黙り込み、何事かを考え出した。サイモンもウィルも口を閉ざして眺めていると、何かを思いついたのか、グレイスは頷いた。
「よし、決めた」
「何をだー?」
「“オレ”はやめる。ミスティア以下は我慢ならねえ」
 悲壮なまでの決心を顔に浮かべているが、実際、それほどの問題ではない。
「なら、ついでに口調も改めたらどうだ。少しずつ変えるよりもわかりやすいだろ?」
「それは、まあ、今度な」
「そこだけは譲らないんだな」
「さ、さてと! 暇だし町でも見てくるか!」
「話の切り替えが唐突だな。やましいことがある証拠だ」
「ない! ほら、ウィル、サイモン。行くぜ。付いて来ないっていうなら、別に構わないけどな」
 席を立つグレイスに引き続き、ウィルも立ち上がる。
「オイラは行くぞ。サイモンも一緒に行こう」
「まあ、暇は暇だからな」
 同様に、サイモンも立ち上がった。ただし、ため息をつきながら。

 三人は揃って港の方にやって来た。停泊している大きな船を見上げ、ウィルは感嘆の声を漏らす。
「うひゃー。すごいな、これ。ちっちゃな山みたいだ!」
「ここまで大きな船は僕もあまり見たことがない。さすがは神聖都市、といったところかな」
 船からは多くの騎士たちが降り、また乗り込んでいく。眺めていると、騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだよ、またケンカか? ここ、そんなのばっかだな」
「いや。少し様子がおかしい」
 揉め事は、船の乗降口のところで起きているらしい。野次馬の数も多いが、その姿に混じって、白い鎧姿の騎士が何人かいる。
「ありゃ、神聖騎士団?」
「そのようだね。ほら、リットがいる」
 サイモンが指す方向には、見知った眼帯男が、何やら真剣な表情で指示を飛ばしていた。グレイスたちは、そんな彼のもとに寄っていく。
「よ、リット。何をそんなに慌てているんだよ」
 グレイスが声をかける。振り向いたリットは、ひそめていた眉を和らげた。
「君たちか。いや、たいしたことじゃないんだ。私情を抜けば念のための指示といったところかな」
「念のため、にしては、随分と表情をこわばらせていたように思うけどね?」
「本当にたいしたことではないよ。なにせ、まだ事件は起きていない」
 言って、リットは乗客たちの姿を眺めた。グレイスもそちらに目を向ける。
 どうやら、降りた乗客たちの得物を騎士団のメンバーが確認しているらしい。眺めては鞘に戻して通す、の繰り返しだ。
「まだ事件が起きていないなら、どうしてあんなことをしているんだ?」
 ウィルの素朴な質問に、リットはすぐに答えなかった。周囲で誰も聞き耳を立てていないことを確認し、小さな早口で説明をする。
「暗黒騎士が入港しようとしている、という疑いがある。そのために乗客のルーンを確認中だ」
「――なるほどね」
 暗黒騎士という存在は、今まで何度も問題になってきた。その最大の理由は、暗黒という力。
 彼らの力は、何かを憎むことで得られる。憎しみによって得た力は、そのまま破壊に直結しやすい。
 事実、過去に大きな事件を起こした暗黒騎士は、両手では数えきれなかった。
「実際、まだ事件を起こしていないのだから、警戒するほどではないかもしれない。暗黒騎士の力は危険に繋がりやすいが、必ずしも罪を犯すとも決まっていないからね」
「けど、危険な可能性が高いことも事実。だから『念のため』やっておく、ってわけだな」
「筋は通るね」
 グレイスの意見に異を唱えたのは、サイモンだった。
「リット。さっき、私情と口走ったように思ったけど? 何かあるのか」
「サイモン。君は細かいところを気にしすぎだと言われないか?」
 はあ、と息を吐き、リットはちらと振り返った。
「言っただろう? 私は探しているんだ、四人の騎士を。その最後のひとりが、暗黒騎士なんだよ」
 サイモンの視線が鋭くなる。
「闇の結晶、か」
「そういうことだ」
 リットは小さく頷いた。
「前も言っていたけど、その四人の騎士って何なんだよ。説明してくれなきゃわかんねーぞ」
「説明したところで君に理解できるとは思えないが」
「あ!? バカにしたなお前!」
「実際、あまり賢いとは言えないだろう。君は」
 グレイスは、リットを怒りのまなざしでにらむ。けれど彼はそんなものを気に留めず、騎士団の働きぶりを見つめていた。
「隊長!」
 そんな折。例によって副隊長が、リットを呼びに来た。
「見つかったか?」
「はい。向こうの方で事情聴取をしております」
「そうか。すぐに行く。できれば君たちも来てくれ」
 頷き、一行は副隊長の案内する場所に移動した。
 そこは、船の出入り口からは陰になった場所。周囲は神聖騎士団のメンバーで固められており、他に関係ない人はいるように見えなかった。
「あんたが、隊長さんみたいっすね?」
 声をかけてきたのは、銀髪の男だった。隣に立つ騎士団のメンバーが、男のものらしい大きな両刃剣を手にしている。
「ご迷惑をおかけしています。神聖騎士団四番隊長、リット・ホーリビスです」
「ディック・ハーション。見ての通りの旅人っすよ」
「呼び止めた理由は、言わずとも?」
「ま、わかるっすよ。暗黒騎士なんてぇ存在は、普通の町や村には嫌われる存在っす。『邪悪の化身』『災厄の人』『ブラッド・ナイト』。忌み名は腐るほどあるし、歴史的犯罪者の大半はダークナイトときている。そんなのがこれだけ大きな町に入るってんだ、警戒しない方がおかしい」
「それだけでもないけれどね?」
 その言葉に、ディックの目が細まる。
「どういう、ことかなん? 面倒には巻き込まないで欲しいんすけど?」
「面倒とは心外だね。これでも、重大な使命を帯びた要件だよ」
 言葉を切り、リットは反応を試すようにディックを見つめた。ディックは、特に何も答えない。
「……、茜色の殺人姫。その名前に聞き覚えは?」
「初めて聞くけどなん? 犯罪者か何かっすか?」
「まあ、そう言えなくもありません。なら、闇の結晶、その呼び名に覚えは?」
「同じく」
 じっと、瞳と瞳が見つめあう。互いの中身を見抜こうとするかのように。
「嘘だね?」
 リットの口調は、変わっていた。丁寧な、どこか馴れ馴れしい空気をはらんだものから、冷たく鋭い刃のような空気に。
 けれど、ディックはそれをまるで意に介さない。
「どうだろなん」
 ディックの、わざとらしいおどけた口調を、リットは鼻で笑う。
「君が知らないなんてありえない。仮にも暗黒騎士ならば。まして、君ほどの力を持った暗黒騎士なら、なおさらだ」
「いえいえ。私めはあなた様の仰るほどの力なんて持っておりませぬわ」
「瞳の色を見ればわかる。これでも私は神聖騎士だ」
 リットの言葉に、ディックは小さくうなった。
「暗黒騎士は力を増すにつれて、瞳の奥底に暗い色をたたえるようになる。最初は、ただひとりの敵を。そいつを倒した後は、世界そのものを。そこまで辿り着いた暗黒騎士は、大半が衝動に負け、無関係な人を殺すようになる。ちょうど、歴代の大犯罪者たちのように」
 ある者は、幼い子供を含んだ家族を皆殺しにした。
 ある者は、たったひとりで村人を全滅させた。
 ある者は、小さな山の形を変えたとさえ言われている。
 それが、暗黒騎士に眠る、最大の力。あらゆるルーンナイトの中でも、最大最強の攻撃力。
「大抵がそこで終わってしまうため、その先を知る者は少ない。けれど、暗黒騎士は、究極の姿がある。憎んでいた世界は己へとすり替わり、そして――力そのものを憎むようになる」
「よくまあ、神聖騎士がそこまで知りえたもんだなん? それは、暗黒騎士の間だけに伝わる秘伝なんだけど?」
「私を誰だと思っている。神聖騎士団の部隊長であり、神聖騎士として選ばれたエリートだよ?」
 ディックはしばらく、自分の前に立つ奇妙な男をにらんだ。
 やがて。長く深い、疲労感すら漂うため息を漏らしたのは、ディックだった。
「そうだよ」
 小さな、か細い声で、彼は言う。
「知っている。マーダー・プリンセスのことも、俺の力がどう関係しているのかも」