ディックは、ふと後ろの三人に視線を向けた。
「あいつらが、神聖騎士様の選んだ騎士たちってわけか?」
「いかにも。紹介しようか?」
「頼む」
 リットが目線で合図を送ると、グレイスたちは前に出た。
「ウィル・ヴァイスティア。サイモン・エルファニアス。そして、グレイス・フェイリアー。私の協力者だよ」
「……脅迫まがいのことをしといて、よく言うよ」
「グレイス。何か言ったかな?」
「いーや」
 そのやり取りに、ディックは鼻を鳴らした。
「神聖騎士様も、ずいぶんと味方に恵まれなかったんだなん。ガキンチョにおぼっちゃま、でもって口の利き方も知らない“ならず者”だって? 泣きたくなるような顔ぶれじゃん?」
「ずいぶんと、大きなことを言うね」
「オイラはガキじゃない! 騎士だ!」
「だーれーが、ならず者だよクソヤロウ」
 いきり立つ三人を、リットは手と目で制した。
「落ち着いてくれ。ケンカをしたくて呼び止めたわけじゃないし、仮に戦いになったら、危ないのは君らだぞ」
「バカぁ言うな。こんな奴になんざ負けねーよ」
 剣に手をかけるグレイスに、リットはさらに言葉を重ねる。
「君は暗黒騎士を知らないから、そんな台詞が吐けるんだ。いいかい? 暗黒騎士のルーンは、地形なんて簡単に変えるだけの代物だ。それはもう、力なんて呼ばない。純然たる『破壊』だよ。いかに君が剣の腕に優れようとも、勝ち目なんてない」
「やけに断言するな。じゃあ、お前はどーにかできるって言うのかよ?」
「もちろんだ」
 胸を張るリットが口を開きかけた途端、それにかぶせるようにしてディックは言う。
「ホーリーナイトの持つ盾のルーンは、他のルーンを無効化しちまう力があるからなん。確かに俺の力は絶大だ。だけど、それを無力化、場合によっては反射さえしてくるんじゃあ、ルーンは使えない。単純な斬り合いになっちまうと、普段からルーンを使わない戦いに慣れているホーリーナイト相手じゃ勝ち目はないってところだなん」
 リットは自分の台詞を奪われ、不満げにディックを見る。銀髪の男は、ニヤリと笑ってみせた。
「普段から慣れている? でも、リットは――うぐ」
 開きかけた口は、強引に塞がれた。
「それで、ディック・ハーション。君は、私に協力してくれるのかな?」
「全力でお断りするっす」
 回答に、迷いはなかった。リットはため息をつく。
「言うとは思っていたがね。理由を聞いてもいいかな?」
「俺がそうする理由はない。それに、それ以上の理由はわかるだろ?」
「まあ、ね」
「なら、これ以上は俺に関わらないで欲しいなん? 放っておいてくれ」
 騎士団のメンバーから剣を奪い取り、それを背中に負う。そうして軽く手を振ると、ディックはその場を立ち去ってしまった。
「追わなくていいのかー?」
「今は、無駄だろう。彼の言い分も理解できる。あれを否定できるだけの話術は、私は持ち合わせていない」
「どうしてだよ? 危険なルーンっつっても、使わなきゃいいんだろ?」
 素朴な疑問に、リットは首を横に振る。
「言っただろう。暗黒騎士の力は憎しみの力。敵を、世界を、己を憎んで得られる力なんだ」
「それがどうだってんだよ?」
「わからないか? 憎しみがなければ、彼らは戦えないんだ。そんな状態で、どうやって仲間と共同戦線を張れる? 仲間さえも憎んでしまう力を持つ彼らが、どうやって?」
「あ……」
 故に、暗黒騎士に仲間はいない。
 仲間を憎んでしまう彼らに、仲間は意味をなさない。何かを守れる力ではなく、何もかもを破壊してしまう力。
 彼らにとって、味方とは足枷。力を存分に振るえなくなる、大きな要因に過ぎなかった。
「けれど、味方になってもらわなければ困るんだろう?」
「その通りだ。だが、今はまだ無理でもある。少し時間を置こう。そうすれば、あるいは――」
「いや」
 リットの言葉を遮り、グレイスは強いまなざしを去り行く背中に向ける。
「そうじゃない。そんなの、おかしい」
「何が、だね?」
「だってそうだろ? 誰かを憎まなきゃ力が手に入らない? なら、そんな力は捨てちまえ。憎んだって、笑えない。嫌っていても、仲良くなんて無理だ。そういうのって、おかしい気がする。うん、おかしいんだ」
 ひとりで納得したように頷くと、グレイスは走り出した。
「あ、グレイス!」
 後を、慌ててウィルが追う。サイモンはちらりとリットに目を向け、
「行ってくれ」
 短い言葉に頷いて、同じように走り出した。
 三人の背中を見送り、リットは頭をかく。
「後は、君に期待するしかないね。プリンセス」

 表通りを外れたところで、グレイスはようやく追いついた。
「待てよ、暗黒騎士!」
 グレイスの呼びかけに、ディックは嫌そうな顔で振り向いた。
「俺の名前はディック・ハーションだなん。暗黒なんて名前、そうそう使って欲しくないんすけど?」
「そうでも言わなきゃ、お前は立ち止まる気がなかっただろ」
「……、それで。そこまでして、何故に呼び止めたかった?」
「決まってる。お前をぶん殴りたいからだ」
「はあ?」
 ディックは意味が分からないとばかりに目を丸くした。それはそうだろう。実際、出会ったのはついさっき。憎まれるほどのことは、まだ何もしていない。
「まさか、ならず者って言ったのをまだ根に持っているのかなん?」
「そいつも気に入らないが、そういうわけじゃない」
 眉をひそめ、グレイスは続ける。
「お前、他人と接触せずに生きているんだってな」
「暗黒騎士というものは、そういうものだなん。誰かのために振るう剣は持っていない。誰も彼もを傷つける剣、それが暗黒のルーン。誰かと共に戦うなんて、最も遠い世界なんだよ」
 すっと、ディックの手が背の剣に伸びる。
「どっかに行ってくれ。揉め事はごめんだ。神聖騎士に嫌われるからな。第一、ケンカになって損するのは、あんただ」
「知るかよ」
 グレイスも、同じように剣に手をかける。
「ルーンを使えば憎むしかない? 誰かと一緒に戦えない力? だからどうした、それなら、そんな力なんて使うんじゃねーよ。剣の腕だけでも立派に戦えるってのを、オレが教えてやる」
「――ルーンも使えない女の剣が、俺に通じると思っているのか」
「通じるかどうかなんて、戦う前に考えるのかよ。通じさせる。それが、戦いだろ」
 ふたりの間に、殺気が満ちる。どちらも自分の信念を持っていた。だからこそ、逃げるわけにはいかなかった。
「もう一度だけ名乗る。ディック・ハーション。暗黒騎士だ」
「グレイス・フェイリアー。何の騎士かは、オレも知らねー」
 それは、戦いの合図だった。騎士が相手を認め、騎士として剣を抜くという宣言。己の生き様をぶつけ合う、騎士同士の戦いが、始まろうとしている。
「グレイス!」
 今にも剣を抜きかねない状態に水を差したのは、サイモンの声だった。いつの間にか、グレイスの背後に追いついている。かたわらでは、じっとウィルが見上げていた。
 けれど、グレイスは振り向くことさえもしない。
「グレイス、君は何をやっているんだ! こんな街中で、何をするつもりだ!?」
「黙っててくれ、サイモン。ここは、引くわけにはいかないところだ」
「バカを言うな! 君も、こんなところで剣を抜いたら騎士団が黙っていないぞ!? それでもいいのか!」
「正当防衛っす」
 サイモンの言葉は、グレイスにも、ディックにも届いていない。ふたりの目に映っていたのは、相手だけだった。
「くそ、ウィル! 無理矢理でいい、押さえるぞ!」
「駄目だ、サイモン」
 飛び出しかけるサイモン。それを、ウィルは手で制した。
「今、ふたりは本気で戦おうとしている。だから、止めちゃ駄目だ」
「ウィル! ここで戦うということが、どういう意味なのか。君は理解しているのか!? この間の件はリットが収めた、けれど、次もそうなるとは限らないんだぞ!?」
「わかってる。でも、それは理屈だ。理屈じゃ感情は抑えられないって、じいちゃが言ってた」
「耐えてもらわなきゃ、こっちが困るんだ」
 グレイス、サイモン、ウィル。三人を等分に眺め、ディックはため息をついた。
「ちッ。あんたら、面倒っすね。わかったっすよ、このままケンカして、あんたみたいのに茶々を入れられたら気分が良くない」
 剣から手を離し、ディックは背中を向けた。その背に、グレイスは叫ぶ。
「待てよ! 逃げんのか!」
「バカぁ言わないでくれるっすか。場所を移すんだ。町から出りゃ、あんたの連れも文句は言わないだろうがよ?」
 グレイスは、ちらりとサイモンを見上げる。頷き返す仲間を見て、グレイスも剣から手を離した。
「わーかったよ。ただし、逃がしゃしないからな。一緒に行ってもらうぜ」
「そりゃこっちの台詞だなん。俺は、あんたみたいのが最高にムカつくんだ」
 バチリと火花を散らしながら、ふたりは街の外れに向かって歩みを進める。そんな、敵同士となっているふたりの背中を見つめ、サイモンは息を吐いた。
「まあ、ここで戦わないだけマシか」
「大丈夫だ。グレイス、負けない」
「その自信はどこから来るんだか」
 後を、ふたりの騎士も追う。