街の外、広い街道のど真ん中で、ふたりの騎士が対峙している。
 片方は銀髪の騎士。大きな剣を持つ男、ディック・ハーション。
 対するのは、男性的な姿を持つ女騎士、グレイス・フェイリアー。
 どちらも、まとう気配は一流の殺気。戦いが始まれば、どちらも容赦はしない。手を抜くことは、戦う相手に失礼な行いだ。
 殺意を撒き散らす両者を、サイモンとウィルは少し離れたところから眺めていた。
「どちらが勝つと思う、ウィル」
「さっきも言った。絶対にグレイスだ」
「随分と自信があるんだな。僕には、それだけの自信がないよ」
 言って、本当に恐ろしいかのように、ぶるりと身を震わせた。
「そうだ、これは恐怖だ。相手は、あの暗黒騎士だ。君は知らないかもしれないが、暗黒騎士というのは非常に恐ろしい存在だよ? 彼らの戦いは、戦いとは呼ばない。一方的なまでの破壊なんだ。それを、ルーンもろくに使えないグレイスが、どうやって立ち向かうと言うんだ」
「難しいことは、オイラには理解できない。けど、わかることがある。グレイスは負けないってことだ。だって――」
 ウィルは、小さな笑みを口元に浮かべた。その目は、暗黒の力を持った騎士に注がれている。
「あいつ、弱いから」

 地面を蹴ったのは、同時。互いに気迫を身にまとい、全力で剣を振るう。
 ディックの振り下ろすような鋭い一撃を、グレイスは横から弾いた。そのまま、懐に踏み込む。
「りゃあ!」
 剣を持たない方の手で、グレイスは拳を叩き込んだ。いや、叩き込もうとした。それを、ディックは身をひねってかわす。
「どうした、そんな拳じゃ昼寝しながらでもかわせるぞ!」
 剣が風を巻き込みながら襲いかかる。ブン、という凶悪な音を、グレイスは頭を下げてかわした。
 その目の前には、足。
「――!?」
 ディックの膝蹴りが、グレイスのアゴをかすめる。間一髪、転がりながらもかわしたグレイスに、さらなる追撃が襲いかかった。
「逃げるばかりじゃ面白くないだろ!? ちょっとは反撃して来いよ!」
「言われずともやってやらあ!」
 斬撃をかろうじてかわし、突き込む。ディックは剣を引き戻すことで、この一撃を受け止めた。
 グレイスは止まらない。半歩だけ引いたかと思えば、すぐさま回転を加えた一撃を叩き込む。力ずくで弾いたディックに向かって、さらに飛び上がる。
「らあッ!」
「ちッ!」
 飛び蹴りを、ディックは腕で受け止める。グレイスはそのまま、足に力を込めた。
 高く高く、舞い上がる。両手で剣を握り締め、相手の顔をまっすぐに見つめ。
「行くぜ! 全力だ!」
 全力の斬撃。ディックは、それを剣の腹で受けた。
「終わると思ってんのかよぉ!」
 それは、完全なフェイントだった。
「なッ!?」
 グレイスは剣と剣が火花を散らした瞬間、剣から手を離した。弾かれた剣が宙を舞う中、グレイスはディックの足元にしゃがみ込んでいる。
「こっちが本命だぜ」
 飛び上がるように、グレイスの拳がディックに襲いかかる。受けるのは、間に合いそうもなかった。
「っさせるか!」
 倒れるようにして逃げるディック。それは、グレイスにとっても予想された動きだった。
「こっちってのは、拳って意味じゃねえ」
 動いていたのは、拳だけではなかった。足の先が、正確にディックのアゴと捉える。
 全力の蹴りが、ディックの体を吹き飛ばした。ゴロゴロと転がるディックをにらみながらも、グレイスは剣を回収する。
「どうだよ。今の一撃。必殺、とまではいかないだろうが、軽くはねーだろ?」
「……、ああ。効いたよ」
 剣を地面に突き刺し、ディックはヨロヨロと起き上がる。頭を揺さぶられ、その影響が瞳の揺れに表れていた。
「俺を相手に、体術と剣術だけでここまでやるとはね。正直、驚いた」
「ったりめーだ。オレはガキの頃からルーンなんざ使ったことがねえ。お前たちがルーンの使い道を知ろうとする間に、オレはずっとこれだけを学んできたんだからな」
「そう、か。それはそうだな。言うなれば、お前は近接格闘の専門家というわけか」
 にたりと。ディックの顔に、笑みが張りつく。
「そうでなきゃな。俺も、力の使い道がなくなるところだった」
 ぐっと、剣を握る力が増す。それにつれて、ディックの持つ剣に刻まれた文様が、怪しげな輝きを増していった。
「力を使う。逃げるか? いや、お前は逃げないだろうな。だからせめて、上手く避けろよ。ダークナイトのルーンがどれだけ絶望的な代物か、その目に焼き付けてみろ。んで、後悔しろ」
 鋭い、冷ややかな目がグレイスを射抜いた。途端、グレイスは距離を置く。そこに考えなどなかった。反射的に、『逃げろ』と全身が叫んでいた。
「いい判断だ」
 力が、解き放たれる。
 最初に駆け抜けたのは、まばゆい閃光。
 直後、空気が揺れた。地面が砕け散り、爆風が吹き荒れ、砂煙が視界を覆う。
「つッ!?」
 顔の前で手を交差させ、グレイスは飛び来る石の弾丸を耐え忍ぶ。静寂が場を包むと同時に、少しずつ煙が晴れていった。
「こりゃあ……」
 煙が消えた後に残っていたのは、ディックと、彼を中心に形成された小さなクレーター。それが、ダークナイトの持つルーンの、ほんの片鱗だった。
「次はあんたを狙って全力でぶっ飛ばす。そうしたら、威力は今の比じゃないぜ。地形が変わっちまうくらいだ」
 剣でグレイスを指し示し、ディックは言う。
「俺がルーンを使う相手は、外道か、俺が認めるほどの力を持つ相手だけだ。あんたは、強い。力も心もだ。認めるぜ、あんたは剣術だけなら俺を軽く凌駕する。だが、そんな技だってこいつの前じゃ無力だ。わかるか?」
 グレイスは、小さく頷く。
「ああ。近づかなきゃ、オレの攻撃は通じない。けど、お前の攻撃は離れていても大丈夫、近づきゃ更に威力が増すようなもんだ。斬り合いしか能のないオレじゃ、勝ち目はないな」
「わかったろ。なら、負けを認めろ」
「嫌だな」
 即答だった。迷いは存在しない、強い信念に裏打ちされた言葉だった。
「オレは、お前の生き方が気に入らない。だから、そいつを否定しなきゃならねえ。勝つとか負けるとかは、その後の話だ」
「言ってくれるね。けど、死んだらおしまいだろ? 旅人なら、生きる方を優先させるべきだ」
「悪いな」
 言って、グレイスは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「オレは、いつだってテメエの気持ちを優先させてきたんだ」
 走り出す。迷いはない。剣を片手に、グレイスはまっすぐに突き進む。彼女の想いを、暗黒に囚われた騎士に届けるために。
「バカ、だなん」
 ディックの握る刃が、黒々とした光を放つ。顔からは表情が消え去り、冷たい、見る者に恐怖を与えるような鋭さだけが残っていく。
「いつだってそうだ。俺の剣は、何かを壊すことしかできない」
 小さく、消え入りそうな声で、ディックは呟く。
「だったら。それを変えるのは、テメエだ」
 意外にも、答えが返ってきた。それを耳にして、ディックは薄く薄く笑う。感情の抜け落ちた、乾いた笑みを。
「もう、遅すぎる」
 暗黒の刃を地面に突き刺し、ディックは叫んだ。
「闇の剣よ! 全てを喰らい尽くせ!」
 慈悲も何もない、憎しみだけを糧にした破壊の嵐が街道を打ち砕く。

「こいつは、さすがに……」
 暴風に目を細めながら、サイモンは呟く。隣に視線を送れば、ウィルは腕を組んだまま、じっと破壊の中心を見つめていた。
「助けに行かないんだな」
「おう。オイラはグレイスを信じてる。それに、だからサイモンも動かなかったんだろー?」
「まあ、ね」
 視線を戻し、
「君の言っている意味が、戦う彼を見てようやく理解できたよ。君の言った通りだ。彼は、弱いね」
「うん。剣の腕は一流だ。ルーンだって使えてる。でも、ディックは弱いんだー」
 ウィルは、軽やかな笑みを浮かべた。
「あいつ、わかってない。グレイスがどうして強いとか、どうしてあんなに必死なのか、とか。グレイスはオイラよりも、サイモンよりも、リットよりも強い。誰にも負けない。ルーンが使えないとか、そんなの関係ない」
 理屈ではなかった。
 初対面の者のために涙を流し、痛みを覚え、誰かのために剣を振るう。決して信念を曲げることはなく、彼女はただ、救うために剣を振るう。
「グレイスは、ディックを助けるために戦っていた。ディックは、逃げるために戦っていた。心が違いすぎる」
「おう? 難しいことはわかんないけど、でも」
 グレイスが迷わないように、彼女と共にある彼もまた、迷いはない。
「グレイスがあいつに負けるとこ、オイラは想像できないぞ!」