徐々に煙が晴れていく。それにつれて、えぐれた地面が姿を現した。
 闇の力によって削られた地面は、爆発力のすさまじさを物語っている。そんなところに立っていたなら、人間など影も形も残らないだろう。
 その中心に、ディックは立っていた。剣を地面に刺し、額に汗を浮かべ、足元をにらみつけている。その顔には、怒りに混じって驚愕の色が見え隠れしていた。
「今まで、たくさんの敵を殺してきた」
 ディックは静かに口を開く。誰かに聞かせるための言葉というよりは、独り言に近いものだった。
「そうしなきゃ生きてこれなかった。暗黒騎士は、存在自体が嫌われる。まだ幼い内にって、俺を殺そうとした奴はいくらでもいた。その全てを、俺は返り討ちにしてきた。どのくらい殺したか、もう自分でも覚えていない
 そのうち、自分の意志で敵を決めて殺すようになったけど……、ほとんど状況は変わったりしなかった」
 血にまみれて生きてきた。それが、彼の道だった。
 彼には、そうしなければならない事情があった。
「誰もが、怯えていた。俺の力に。だから、俺がちょっと本気を出すだけで、すぐにビビッて逃げるような腰抜けのバカばっかりだった。だから、楽だった。けど、こんなバカは初めてだよ」
 言って、自嘲気味に笑う。
「必殺の瞬間に、わざわざ踏み込むなんて。自殺行為だ」
「死ぬ気でやらなきゃ、お前はわかんねーだろ」
 ディックの喉に突きつけていた剣を引き戻し、グレイスは立ち上がった。
「わかってたんだよ。お前の攻撃は、お前を中心に放たれる。けど、中心地にいるお前と、その足元は無事だった。つまり、ギリギリまで踏み込めば、むしろ安全なんだって」
「理解していても、それをできる人間はそんなにいない。ミスすれば死ぬんだ。ミスしなくても、そこまで踏み込むのは危険でもある。そんな勇気を持っているなんて、男でもいないぞ」
「男より男らしいってか? 別に褒め言葉じゃないよな、それ」
 剣を鞘に収め、グレイスは真剣な表情を作る。
「わかったろ。ルーンなんか使わなくても、ここまで強くなることもできるんだよ。お前が自分のルーンを嫌うなら、それでもいい。使わなきゃいいんだからよ。それでも強くはなれるんだ。意志さえあれば」
 剣を地面から引き抜き、ディックはにらむ。
「誰もがあんたみたいに強くなれるわけじゃない。俺は、それほど強くはなれない」
「なら、一緒に来い」
「……あ?」
 ディックの動きがぴたりと止まる。そこに、たたみかけるようにグレイスは言う。
「お前がひとりじゃ強くなれないってなら、オレがお前を鍛えてやるよ。ひとりで強くなれないなら、みんなで強くなりゃいいんだ」
 グレイスとディックの視線がぶつかり、火花が散った。
「俺は、ダークナイトだぞ」
「それがどうした。オレに負ける程度だろうが」
 険悪な雰囲気の中、ディックは深々とため息をついた。
「負けた。力も心も、完敗だ――、なん」
 剣を背負い、ディックは左手を差し出した。
「ディック・ハーション。これから、よろしくなん?」
「グレイス・フェイリアー。よろしく頼むぜ、ディック」
 手を握り返す。
 がっしりと、離さないように。

 ディックとグレイスが肩を並べて歩み寄ってくる姿を眺め、サイモンは口元に笑みを浮かべた。
「話はまとまったのかな、グレイス」
「おう。これから、こいつはオレの弟子だ」
「……いつからそんな話になったのかなん?」
 苦笑を浮かべるディックを見上げ、グレイスは胸をそらした。
「オレがお前を鍛えるって言っただろうが。つまり、お前はオレの弟子だ」
「ディック。それでいいのか? 文句を言うなら今しかない」
「んー、まあ、構わないけどなん?」
 よく理解していないのか、それとも理解した上で言っているのか。曖昧な口調と表情では、いまいち判断しがたいものがある。
「君がいいなら、いいが。僕はサイモン・エルファニアスだ」
「オイラはウィル・ヴァイスティアだぞ!」
 ふたりが名乗ると、ディックは頷いた。
「知っているだろうけど、ディック・ハーションだよん。それと、さっきの発言は取り消すぜぃ」
「さっき? 何か言ったかー?」
「もう忘れたなら、それでいい話だなん」
 からからと笑い、ディックは街に目を向けた。
「どうやら、神聖騎士様もおでましのようっすね?」
 グレイスたちも目を向ける。街の方から歩いてくる影が視界に入った。
「あれは、リットか」
 リットはわざとらしく髪をかき上げ、にやにやと笑いを浮かべていた。
「こんにちは、ディック・ハーション。良い天気だね?」
「あんたの顔を見ていると天気が悪くなりそうな予感がするのは、どうしてだろうなん?」
「おや、ずいぶんと嫌われたものだね」
「ダークナイトにとって、ホーリーナイトなんて敵以外の何者でもないっすよ」
 静かに鋭い視線をかわしていたが、やがて、リットは両手を挙げて降参を示した。
「やめておこう。これから付き合いの長くなる仲間なんだ、いがみ合ったところで仕方ない。もっと建設的な関係を築くべきだ」
「人間関係ってそういうものかなん?」
「そういうものだよ。エリートの私が言うのだから間違いあるまい」
「いや、エリート関係ないだろ」
 リットは親指で街を指し、
「こんなところで立ち話しても仕方あるまい。街に行こう」
「騎士団の詰め所なんてごめんっすよ?」
「そうじゃない。グレイスたちに貸している家があるんだ。そこに行くと言っているんだよ」
「……あんたも、そこに?」
 うかがうように上目遣いになるディックに、リットはため息混じりに答えた。
「私は自宅があるよ。なにも、そこまで嫌わなくてもいいじゃないか」
「胸に手を当てて考えてみると、よーくわかるっすよ」
 言われた通りに胸に手を当て、
「――、ふむ。私の記憶では、誰かに恨まれるようなことをした覚えがないな」
「嘘こけ。オレたちやミスティアには恨まれてとーぜんだろうが、お前は」
「その程度を恨みと考えていたら、騎士団はやっていられないよ」
「っかー! ムカつくぅ!」
 賑やかに、五人は神聖都市へと戻っていく。

「はぁ、これがその家ってわけ。ずいぶんとでかいなん?」
 ディックは家を見上げ、呆れたような声を漏らす。
 うんうんとグレイスは頷き、
「だよなー。オレたちだって、全部の部屋を使えているわけじゃないし」
「……、グレイス。口調」
「あん?」
「“オレ”は直すんだろう?」
「あ」
 自分で言ったことを思い出したらしく、グレイスはぽかんと口を開けた。
「なに? 直そうってのかなん?」
「ああ、まだ若い女の子なんだから、口調は改めるべきだと言っているんだけどね。すぐに忘れる」
 ちらりと見るサイモンに、グレイスは顔を赤くして反論する。
「う、うっさいな! 生まれたからずっとこうだったんだよ! 簡単に変えられるわけないだろ!?」
「そーゆーものかなん? 口調って、気をつければ簡単に変えられるものっすよ」
「それは君だけじゃないかな、ディック」
「んー?」
 首を傾げながら、間延びした声でウィルは言う。
「何か問題なのかー? オレって言ってるとメシが食えなくなるのか?」
「そういうわけじゃないよ、ウィル。ただ、普通の女の子は“オレ”とは言わないだろう?」
「それって問題なのか?」
「問題というか……、なんて説明すればいいかな」
 頭を抱えるサイモンに、ウィルは追い討ちをかけるように言った。
「オイラ、オレでもなんでもいいと思うぞ。それがグレイスらしいってことなんじゃないのかー?」
「個性、だって? しかしだね、そういうのはどうかと、僕は思うんだが。グレイスも、女性らしくありたいだろう?」
「女性らしくって、オイラにはよくわからないんだけど、どういうものなんだ?」
 純粋な子供の質問に、サイモンは口の端をひくつかせるばかりで答えられない。代わりに、今まで黙り込んでいたグレイスの声が、ぽつりと響いた。
「なるほどな、個性か」
「――グレイス?」
「そうか、個性か! じゃあ仕方ないよなぁ!」
「こら、グレイス!? 逃げ道を覚えちゃ直るものも直らないぞ!」
「いやあ、個性は変えちゃいけないよな! うん!」
 グレイスは嬉しそうにウィルの頭をなでた。
「いやあ、偉いぞ、ウィル」
「んー? そうなのかー?」
 よくわからず頭を傾げるウィル、言い訳を得て上機嫌のグレイス、まだ注意を諦めないサイモン。
 そんな三人を見て、ディックは息を吐いた。
「楽しそう、だな。よくまあ、これだけ殺伐とした世界で、こんなにも楽しそうにしていられるもんだ」
「君ほど殺伐とした世界を生きていないよ、彼らは」
 答えるのは、リット。ディックはちらりと視線を投げかけるだけで、噛みついたりはしない。
「彼らは純粋だ。私や君と違って、ね。だからこそ眩しい」
「……あんたは、あの子なら世界を照らせるって、本気で思っているのか」
「もちろんだ。そのためには、この命すら投げ出す覚悟だよ」
 ふん、と鼻を鳴らし、ディックは空を見上げた。青い空が、見渡す限りどこまでも広がっている。
「この世の闇は広い。そう簡単には照らせやしないよ」
「そのための資格は、彼女にある。力は、ここにある」
 迷いのない言葉に、ディックは苦笑を浮かべた。
「まあ……俺も、ちょっとばかし興味を惹かれた、なん」
 視線を下げる。少女騎士は暖かな視線にも気づかず、嬉しそうに笑っていた。