そこは、雪深い土地だった。 夏場でも気温はあまり高くならず、冬ともなれば、厚い雪に覆われる。そんな住みにくい場所にも、有名な都市国家があった。 クインベルグ。世界的にも珍しい、女性騎士団を有する国である。ラブフランジェの神聖騎士団ほどではないにしろ、かなりの力を持った騎士が多い。しかも、その全てが女性というのだから、驚きだ。 森のただ中にあるこの都市は、周囲を城壁で囲んでいる。この壁には炎のルーンを刻むことで、極寒としか言えない世界をある程度まで和らげていた。 そんな都市の、城壁の上。ふたりの騎士団員が見張りをしていた。 今日は、何日かぶりの晴れ。城壁の上からは、白く染まった森が見える。 「先輩。私、見張りなんていらないと思うんですよ。近隣の都市や国家は遠いですし、わざわざこんな雪の中を行軍してくるバカはいないと思うんです」 「それがどうしたのです。誰も来なくても、見張りを休めれば、それこそ進軍の隙を与えてしまうでしょう」 「えー? つまり、ただの牽制のためにいるってことですかぁ?」 「……あなたは、少し言葉使いを改めなさい。クインベルグ騎士団の恥です」 「いーじゃないですかー。どーせ私たちしかいないんですしー」 「そういう問題ではありません。 ――おや?」 「はい? どうかしたんですか?」 先輩騎士の目が、森の一点に注がれていた。 「今、何か白いものが動いたような気がしたのですが。あなたは見えますか」 「どこですか」 にわかに、ふたりの語気に緊張が走る。先輩の指す場所を、後輩もじっと見つめた。 「特に、何も……!?」 それは、光だった。 一条の光線が、空間をなぎ払う。気がついた時には、もう遅い。 「あ?」 後輩騎士の鼻から上が、消えた。 鮮血が噴き出し、先輩騎士の顔や鎧に降りかかる。 あまりと言えばあまりの状況に、先輩騎士は呆然と我を忘れた。そんな、隙だらけの騎士に、第二撃が襲いかかった。 二つ目の噴水が、城壁の上に転がる。それを下から確認したのか、森から白い影が現われた。 「全軍! 進撃!」 影が叫ぶと同時、木々の合間から、わらわらと影が飛び出していった。 それぞれが手に手に武器を、あるいは不可思議な光を握り締め、城門へと突撃する。 それを止める者は、いない。 炎が都市を包んでいた。 それは、暖を取るための優しい炎などではなく、何もかもを焼き尽くさんとする、破壊の力だった。 燃え盛る炎を、城壁の外から眺めているのは、白い影。顔と手先を除く全てを白い服で包んだ、異常に綺麗な存在だった。 「どうだ、プリンセスはいたか?」 白い魔族が問うと、かたわらの雪像が答えた。 『いえ。外れだったようです」 「そうか。なら、引き上げるぞ。後で戦傷具合を報告させろ」 『はッ、了解しました』 答えた後、雪像は溶けるようにして消え去った。それを横目で眺めながら、魔族は呟く。 「うまく隠れているようだなぁ、プリンセス」 口元に浮かぶのは笑み。この、砕け壊れた戦地にはあまりに不似合いな、絶望的な表情だった。 「さて。いつまで続くかな、この戦争は」 もうもうと立ち上る黒煙が、空まで伸びている。さながら、天地を繋ぐ、禍々しい柱のように。 炎と雪に覆われたクインベルグから遠く離れた、神聖都市ラブフランジェ。その一角にある、とあるお屋敷にて。 談話室には、暖かな空気が漂っている。そこで、五人の騎士がソファに座り、けれどそれぞれ好き勝手に時間を過ごしていた。 武器の手入れをするグレイスとサイモン。小さな寝息を立てるウィル。何かの書類に目を通しているリット。そして、ゆっくりと茶を飲んでいるディック。 その中で、ふと、ディックは問いかけた。 「そういや、サイモンって召喚騎士だったよなん?」 「ん? その通りだが」 少し身を乗り出し、ディックは重ねて聞く。 「どのくらい召喚できるん?」 「四種だ。サラマンドラ、ヒッポグリフ、それにコカトリス。みな、古くからの友人でもある」 「そーいや、お前とあのヒッポグリフって仲が良さそうだったよな」 「へえ? グレイスは、サイモンの召喚を見たことがあるのかなん?」 「召喚するとこは見たことないけどよ、返すとこは見たよ」 サイモンは槍を磨く手を止め、感慨深げに目を細めた。 「あのヒッポグリフ、名前をラウルというんだが、僕の両親の召喚獣だったんだ。両親が死んだのを機に、僕と契約したんだが」 「へー。召喚獣って親から引き継ぐものなのか?」 「色々だ。普通は、旅をして、その先々で出会った幻獣や竜種と契約する。僕の場合は、サラマンドラのラーマやコカトリスのダインがそれに当たるな」 「ってことは、召喚騎士ってのは普通に旅するもんなんだな」 そこでグレイスは視線の先をディックに変えた。 「そういや、お前もずっと旅していたんだよな?」 「仕方ないことだなん。暗黒騎士は、そういうものだから。俺も小さい頃から旅していたにゃー。 そういう、グレイスはどうなんだなん?」 「オ……、あたしは、何年か前に育ててくれていたじいさんが死んでよ。そのじいさんに、ケンベンを広めて来いって言われて、それで旅に出たんだ」 「見聞のことかなん? ってことは、俺に負けず劣らず、あちこち行ったんじゃないのかなん」 「そうだなぁ……、ブランドールとかロージス・カレットなんかは、メシが美味かったな」 「――食事しか見てないのかなん?」 微妙に呆れた様子のディックに、グレイスは少し頬を染めた。 「オ、じゃなくて、あたしだってメシ以外もちゃんと見てるって! コネルリッチとか、綺麗な湖だったぜ」 まだ怪しい目つきなディックに、グレイスは逆に質問した。 「お前はどういうとこを見ていたんだよ?」 「俺の旅は、観光や社会見学が目的じゃないからなん。どっちかってーと、人の訪れないような場所ばかりを訪れたって感じかなん。名前もない小さな村とか、年に数人の変態しか訪れないような小さな国とか。知られているところだと、そうだな、クインベルグって都市国家に行ったことがあるなん?」 「ほう。クインベルグか」 その言葉に、今まで書類に集中していたリットが顔を上げた。 「クインベルグの女性騎士団なら、ラブフランジェの神聖騎士団と交流がある。なかなか優秀な騎士の多い都市だな」 「ああ、おかげで居心地が悪くて仕方なかったなん。あそこには三日と滞在できなかったっすよ」 肩をすくめるディック。それとは別に、サイモンは違う点に着目していた。 「騎士団同士の交流なんてあるのか?」 「あるよ。近隣の騎士団や有力な騎士団同士は互いに定期的な連絡を取り合っている。ウチの場合、零番隊がその専門だ。指名手配犯やお尋ね者に関する情報を、互いに交換し合っている」 「へえ。ってことは、違う都市に逃げても、意味ねーのか」 ぽつりとこぼしたグレイスは、ふと、思い当たった。 「あん? 違う都市に逃げてもムダ?」 しばらくその意味を考え、いきなり大きな声を出した。 「あー! あのヤロウ、騙しやがったな!」 「いきなりどうした、グレイス。情緒不安定か?」 「いや。僕らがちょっと騙されていた、それだけだよ。あるいは知らなかった可能性もなくはない、が」 意味がわからず眉をひそめるリットに、サイモンはミスティアの話を聞かせた。 つまり、『この都市で犯罪者となっても、この都市を出てしまえば関係がない』という話だ。 それを聞き、リットは頷いてみせた。 「なるほど。それは騙されたな。ミスティアは、我々の組織図を完全に把握しているよ。零番の任務も承知している」 「あんのヤロウ! 次に会ったら、オレが牢屋に叩き込んでやる!」 「落ち着け、グレイス。オレを使っているぞ」 「なんでそんなに冷静なんだよ、サイモン! おかげでオレたちゃ無駄な苦労をしてんだぞ!」 「その結果として今がある。何がどう転ぶかわからないものだな。おかげで、僕やウィルは目的を果たせているんだ」 そう言うと、グレイスは少しおとなしくなった。 「そう、言われると困るけどよ……。でも、悔しくねえ?」 「仕方あるまい。盗賊の言葉を素直に信じるほうがどうかしている、といったところだな」 深く、重い息を吐くサイモン。そんな彼を眺め、ディックは口を開いた。 「その、ミスティ――」 ディックの言葉は、扉を叩く激しい音でかき消された。 全員が扉に視線を送る。ウィルも目を覚まし、扉に視線を注いでいた。その中で、最も近くに座っていたディックが立ち上がり、そっと扉に手をかけた。 全員の顔を見渡し、ディックが扉を開く。と、ごろりと転がるようにして、ひとりの騎士が中に入ってきた。 「なんだ、君か。どうしたんだ、そんなに慌てて」 転がってきたのは、騎士団の副官だった。額に汗を浮かべ、荒い息を吐いている。 「た、隊長、救援要請です!」 「どこから」 聞きながらも立ち上がっているリットは、顔に緊張を貼り付けている。 「た、ターナインから……」 副官の声が、部屋中に響き渡る。 「城塞都市ターナインからの救援要請です!」 |