剣を見つめ、アイザードは表情を険しくした。
「その剣は……?」
「こいつか? こいつは七年くらい前にぶっ殺したヤロウが持っていた剣だ。あいつは強かったぜ、攻撃の全てが殺意だけで形作られていた。あんなヤロウを相手にしたのは、後にも先にもあいつだけだ」
「まさか、そいつは、ダークナイトの剣か」
 アイザードが問うと、アウルはニヤリと笑った。
「ご名答。言っておくが、こいつをそこらの剣と一緒にするんじゃないぜ。暗黒剣を極めたバカの持っていた剣は、それ自体が殺意を持っている。持ち主に破壊衝動を与える剣だ。オマエの剣とは、格が違うぜ」
「意志を植えつける剣か。なるほどな、よくわかったぜ」
 普通の剣は、ただの武器でしかない。
 だが、ダークナイトの持っている剣だけは違った。暗黒騎士の力は、負の感情を喰らって強くなる。負の力を吸収し続けた闇の剣は、時間が経つにつれて、それそのものが負の感情を放つようになる。
 アウルの握る剣は、まさにそれ。暗黒の力に、あまりに長く触れすぎた、闇の塊であった。
「暗黒剣は、あらゆるナイトの中で最も攻撃力の高い剣だ。余裕ぶっこいてると、ケシズミも残らないぜぇ!」
 アウルとアイザード、剣を振るったのはほぼ同時。互いの剣から爆風が生まれ、ぶつかり合い、弾ける。
 力と力の衝突。木々がなぎ倒され、屋敷が悲鳴をあげた。
「イイねえ! 力と力! 勝負はこうでないとな!」
 舞い上がった砂で視界が遮られる。その中を、アウルは駆けた。勝負は一撃で決まる。だからこそ、先に必殺の一撃を放った方が勝つ。それを理解しているアウルは、決して立ち止まるわけにはいかなかった。
「そうかい。けど、こっちはそんなのに付き合う理由はないんでな」
 砂煙を切り裂き、アイザードが飛び出す。アウルの刃とアイザードの刃が、正面から激突した。
「暗黒剣と真っ向勝負をする気か!? バカだな、オマエ!」
 弾き、さらに斬りかかる。アイザードは、それを素早い太刀さばきで受けかわした。
 逃がさぬように、アウルは踏み込む。振り下ろされた剣を避けきれず、アイザードは正面からそれを受けた。
「そうでもないぜ」
 くん、と刃を小さく傾ける。力点をずらされ、アウルの剣が流された。それは、アイザードに決定的な隙を与えているのと同じだった。
 アイザードの剣が閃く。血が飛び散り、地面に赤い花を咲かせた。
 剣が、地面に刺さる。腕はまだ、剣を握りしめていた。
「――ッ!」
 アウルの悲鳴は声にもならない。それほどの、もはやただの熱にも等しい激痛が、彼の中を駆け抜けた。
「終わりだぜ、アウル。あんたの失敗はひとつ、魔族を名乗ったことだ」
 容赦のない太刀筋が、アウルの命の火を消し飛ばした。
 重い音を立てて、体が崩れ落ちる。ぴくぴくと動く体は、まだ懸命に生きようとしているようにも見えた。
 それを見下ろし、アイザードは吐き捨てるように言った。
「剣は使われるもんじゃねえぜ」
 死した剣士は、その言葉を聞くことはない。
 赤い泉が、徐々に大きくなっていった。

 レモンと共にアイザードが町に戻った後は、大騒ぎだった。
 初めての生還者を喜び、同時に、魔族ですらない者に踊らされていた自分たちを恥じる。
 あまりにも単純だったが、人々は過ぎ去った災厄に安堵していた。
 アイザードの頬を緩ませたのは、レモンとその両親の再会だった。両親は死んだとばかり思っていた娘の帰還を喜び、涙を流した。
 ひたすら礼を言い続ける両親は完全に無視し、アイザードはレモンに話しかけた。
「生きていて良かったか?」
 レモンは引きつった笑みを浮かべ、答えた。
「まだどっちとも言えない。でも、助けてくれたことは感謝してる。ありがと」
 アイザードには、その答えで十分だった。
 一晩中に渡って続いた騒ぎは、翌日の昼過ぎまで続いた。
 その頃になって疲労の限界に達した人々は、ひとり、またひとりと自宅に戻っていく。 陽が傾きかけた頃、アイザードは酒場に足を向けた。
 もしかすると閉まっているかとも思ったが、店は開いていた。アイザードが中に入ると、客は誰もいなかった。
「おや、英雄さんのご来店だ」
「いよう、マスター」
 アイザードは以前と同じ席に座り、同じものを注文した。
 店内を見渡し、アイザードは言う。
「客、誰もいないんだな」
「昨日の晩からお祭り騒ぎでしたからね。そろそろ撃沈の時間でさあ」
「それにしちゃ、ここは営業しているんだな?」
「アイザードさんが来ると思っていましたからねぇ」
 酒を注いだグラスを渡しながら、マスターは言った。
 アイザードは嬉しそうに酒を受け取り、グラスを傾ける。
「……アイザードさん、その剣は?」
 アイザードが腰に下げていた二本目の剣を見とがめ、マスターは聞いた。
「こいつか? 魔族退治のお土産だ」
「へえ。見せてもらってもいいですかい?」
「――ま、いいだろ」
 アイザードから剣を渡されると、マスターはそれを引き抜く。
 黒々とした剣。刻まれたルーンは赤く輝き、その姿は見ているだけで狂ってしまいそうですらあった。
「いい剣ですね。けど、危なっかしくもある」
「なかなか見る目があるじゃねーか。その通りだ。その剣は、使い手を選ぶ」
 剣を鞘に戻し、マスターはそれを返した。
「アイザードさん。あんたなら大丈夫だろうけど、注意すべきですよ、そいつは。そいつは何も残さない。何もかもを破壊する。使い手だけじゃない、使う場所すらも選ぶ剣でさあ」
「おう、わかった。魂に刻んでおくぜ」
 剣を腰に戻し、アイザードはそれを見つめた。まるで、剣そのものが呼吸しているようにも見える。獲物を前にした獣のような、殺意に満ちた呼吸を。
「ところで、マスター。ひとつ聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう」
 アイザードは視線を鋭くし、聞く。
「ルーンを使えない女の話。聞いたことはないか?」
「いや。使い方が下手な奴なら何人か知ってますが、まるで使えないって奴は聞いたことがありやせん」
 アイザードは、安堵とも落胆とも取れるため息をついた。
「そう、か。ありがとな」
「いいえ、お役には立ててないようで」
「……それが悪いのか良いのか、オレにもわからねーよ」
 ぐい、と酒を飲み干すアイザードに、マスターは言った。
「どんな時でも目的を見失わなければ、何らかの結果が得られるもんでさあ。そんなに悩まず、気楽にいきましょうよ」
「んー、あー、そうだな」
 再び注がれた酒を口にしながら、アイザードは誰にともなく言った。
「『茜色の殺人姫マーダー・プリンセス』、か――」

 二本の剣を腰に差し、アイザードは町を後にした。
 町を出てしばらく歩いたところで、声をかけられた。
「アイザード様」
 場所は、左右を木々に挟まれた街道。他に人影は見当たらないが、声は確かにした。アイザードは足を止め、正面を見つめたままで問い返す。
「なんだ」
「徴兵ですが、予定の七割ほどまで完了しました。現在も勧誘、およびプリンセスの捜索を続けております」
「そうか。じゃ、今まで通りに頼むぜ。絶対に面倒は起こすなよ」
「御意に」
 立ち去ろうとした気配は、ふと、アイザードの剣を見つめて動きを止めた。
「アイザード様。その剣は……?」
「あん? ああ、こいつか。そこの町で魔族を名乗ってやがったバカから取り上げたもんだ」
「その剣。剣自体がルーンを扱うほどの魔力を秘めていると見ましたが?」
「正解だ。さすがだな、お前は」
 姿は見えないままだが、会話の相手が眉をひそめたのがわかった。
「アイザード様。魔力を持った剣をお使いになられるとは、どのようなおつもりですか? もしアイザード様ご自身の魔力と反発したら、町ひとつでは収まりませんよ?」
「大丈夫だ、こいつは十年来の友達くらいにしっくりきやがる。まるで、オレのためにあつらえた剣みてーな感じだ」
「それなら、構いませんが。ですが、その剣は必要な時を除いてお使いになられませぬよう」
「心配性だな、お前は。オレが大丈夫って言ったら、大丈夫なんだよ」
「何を仰いますか。わたくしはアイザード様をお守りすることこそ生き甲斐。アイザード様に危険の可能性があるならば、それに先手を打つこともまた、わたくしの責務」
「あーあー、はいはいよ。ごちゃごちゃとうるせーな。多少は危険な橋を渡らなきゃな、デカイもんは得られないんだよ」
「わたくしにとっては、どれほど大きなものよりも、アイザード様の御身こそが大切でございます」
「自分ってもんがないのか、お前は」
「滅私は奉公の基礎でございます」
 返され、アイザードはポリポリと頭をかいた。
「オレに仕えてくれるのはありがたいけどよ、それじゃ無意味だぜ。オレはお前たちを守りたくて動いてるんだぜ? そのお前が、自分を殺しちゃ元も子もねえ。それこそ、目的を見失っちまうよ」
「アイザード様がわたくしたちをお守り下さいますように、わたくしもまた、アイザード様をお守りする、ということです」
「口の減らないヤロウだな」
 ちッ、と軽く舌打ちし、アイザードは言った。
「とにかく、例の作戦を頼むぜ」
 言い残し、アイザードは返事も待たずに歩き出した。
 隠れている誰かは小さくため息をもらし、気配を消し去った。
 闇の剣を携えた剣士は、ひとりの女性を求め、今日も道を行く。