街道を、マントをまとった、ひとりの剣士が歩いていた。黒い長髪を無造作に後ろで束ね、綺麗な銀色の瞳がまっすぐ、正面を見つめている。端正な容貌は、男にも女にも見えた。 「お。あれが次の町か」 眼下に、小さな町が見えた。湖のほとりにある、けれど、それ以外に特徴があるようには見えない小さな町だ。ただし、湖は本当に大きい。反対側の岸は、ほとんど水平線と化していた。 湖の中心には小島が見える。小島と言っても、湖の大きさと比べるからであって、本来なら小さな村くらいは作れる大きさなのだろう。だが、樹木に覆われているために何があるのかは、よく見えない。ただ、人が住んでいるようには見えなかった。 「つっても、あんな小さな町じゃあ、たいした話は聞けねーだろうがなぁ……」 頭をぽりぽりとかいて、剣士は歩き出した。 右を見る。暗い顔つきで道を歩く男性が見える。 左を見る。死にそうな顔で店番をしている女性が見える。 前を見る。この町のメインである大通りのはずなのだが、人通りはまばらだった。 「なんだぁ? これじゃあ、葬式みてーじゃねえか」 剣士は眉根を寄せながら、その通りを歩いていた。 時刻は夕方。本来なら通りが最も混雑する時間のはずなのだが、どうにもそうは見えなかった。 「なあ、そこのあんた」 剣士が声をかけると、道を歩く男性が足を止めた。暗い顔のまま、剣士のことを振り返る。 「酒場はどこにあるんだ? よければ教えてくれないか」 「――この通りをまっすぐに行けば広場に出る。その、ちょっと先だ」 「おう、ありがとう。ところでさ、なんか、この町って暗くないか? 何かあったのか?」 聞くと、男は顔を歪めた。 「酒場で聞けばわかるさ。どうせ、聞くつもりなんだろ?」 言って、男は剣士に背中を向けた。 残された剣士は頬をかき、 「まあ、そうだけどな」 教えられた道を歩く。 まっすぐに進むと、広場に出た。中心には噴水があり、静かな雰囲気が漂っている。正確に言えば、誰もいない。 「ここも、か」 ぽつりとこぼし、剣士はさらに先に進んだ。 言われた通り、広場から別の通りに入ると、すぐに酒場の看板が見えた。 中に入ると、数人の客が見えた。他の店よりは客の数が多いが、だからといって賑やかというわけでもない。どちらかと言うと、嫌な何かを忘れるために飲んでいるように見える。 剣士がカウンター席に座ると、マスターが寄ってきた。 「いらっしゃい。旅人さん、だね」 「おう、その通りだ。軽く食べるもんと、酒をくれるか」 「はい」 準備を始めるマスターに、剣士はなんでもない風に問いかける。 「なあ、マスター。この町ってなんだか寂しいよな。何かあるのか?」 マスターはちらりと剣士に視線を送り、また手元に目線を戻す。 「お客さん、この町に着いたばかりかい」 「ついさっきだ。だから、それまでに何があったとか、そういうのは知らん」 はあ、とため息をつき、マスターは口を開いた。 「この町は、もう三年も前から、魔族に呪われているんでさあ」 「魔族……?」 軽く頷き、 「三年前の話です。この町に、一匹の魔族が現われた。魔族は町の連中を脅し、半年に一度、若くて美しい娘さんを差し出すように要求した。そんで、町のお偉い連中は、その条件で承諾しちまった。以来、魔族は湖の小島に住み着き、この町は娘さんを犠牲にして成り立っているんでさ。つい昨日も、その儀式があったばかりです」 「反抗はしないのか?」 聞くと、マスターは微妙な笑みを浮かべた。 「三年前にはいましたよ。魔族の要求なんかにって、若い連中がこぞって小島に向かった。けど、帰ってきたのは、死体か骨だけなんですよ。以来、この町に逆らう心を持つような奴はいなくなっちまった」 「ふうん。反抗心をなくしちまった町、ってわけか」 剣士が言うと、マスターは苦笑を浮かべ、何も言わなかった。 「あの小島、誰も住んでいなかったのか?」 マスターは頷き、 「あの小島も、五十年くらい前までは人が住んでいたらしいです。ところが、不便な場所柄ですからね、誰も住まなくなっちまいました。今じゃ、魔族くらいしか住んでいないでしょうよ」 言って、マスターは剣士の前に、サンドイッチの皿と酒の入ったグラスを置いた。 グラスを手に取り、剣士は言った。 「その魔族。どんな奴だった?」 ぴたりと動きを止め、マスターはじっと剣士を見つめた。 「そんなことを聞いて、あんた、どうするつもりだい」 「さあね。ちょっと興味が出ただけだよ」 酒を口にしながら、剣士はなんでもないとばかりに答えた。 マスターはじっと剣士を見つめた。その視線を意に介さず、剣士は食事を続ける。 「男だった。頬に傷があって、鋭い、嫌な目つきをしていたよ。獲物に飢えている獣みたいな目だ」 剣士が顔を上げると、マスターはコップを拭いていた。剣士のことは決して見ない。 「教えてくれるたぁ、意外だね」 「誰にも言うなって話は聞いていないからね」 剣士は口の端を持ち上げるように笑った。 「ひねくれてるな、あんた」 「そうでもないさ。それより、あんたこそ、無茶はしないようにしな。あんたがこの町のために命を張る理由は何もないんだろ?」 「ああ、この町のためにってなら、理由は何もない」 食事を終えた剣士は、立ち上がりながら言った。 「だけど、魔族ってなら捨て置けない。ちっと、連中には因縁があるもんでね」 懐から皮袋を取り出し、剣士は聞いた。 「うまかったよ、マスター。いくらだ?」 コップを拭く手を止め、マスターは応じる。 「じゃ、魔族に挑もうっていうバカヤロウに免じて、おごってやるよ」 「いいのか?」 「この町の連中には、もうそういう無茶をするほどの心すらもない。その点、旅人のあんたは違う。いや、ただの旅人でもないね」 首を傾けて疑問を表す剣士に、マスターはハッキリと言った。 「あんたの目。目的と目標がある奴の目だ。いい目だよ」 「へえ。なかなか、あんたも見る目があるじゃんか」 「言うね。あんた、よかったら名前を教えてくれないか」 皮袋を懐に戻し、剣に手をかけながら、剣士は答えた。 「オレの名前は、アイザード。アイザード・フレイワーだ」 ごちそうさん、と残し、アイザードは店から出て行った。 閉じた扉を見つめながら、マスターはぽつりとこぼした。 「アイザードか。変わった名前だ」 アイザードは湖の近くに向かった。湖には、釣りにでも使うのだろうか、小さな小船がぽつりと浮かんでいた。暮れかけた陽の中で、それは寂しげに見える。 きょろきょろと左右を見渡す。どこを見ても、釣り船の持ち主らしい人や、人家らしきものは見当たらなかった。 「……ま、後で返せば問題ないだろ」 アイザードは船に乗り込むと、岸に繋ぎ止めているロープをほどき、船をこぎ出した。目指すは、湖の真ん中にある小島。 風もない湖は穏やかだ。アイザードは特に苦労するでもなく、無事に小島まで辿り着いた。 小島は町に入る前に見た通り、完全にジャングルのような状態になっている。アイザードは気合を入れなおすと、木々の中に分け入った。 腰の剣を引き抜き、邪魔になる枝や葉は切り払って歩く。しばらく歩き続けると、急に視界が開けた。 「へえ?」 そこに、古びた屋敷が建っていた。あるいは、この木々の下には、実は村が眠っているのかもしれない。五十年以上もの月日が村を飲み込み、結果、この屋敷だけが残ったようだった。 アイザードは屋敷をよく眺めた。 見たところ、二階建て。屋根裏にも部屋はあるのかもしれないが、窓は二階までしかない。ガラスは砕け、薄暗い穴が見えていた。 「誰かが住んでいやがるな」 ぽつりと、アイザードは言う。 屋敷の扉の前に立つと、古くなっているものの、まだ朽ちていないということがよくわかった。 ゆっくりと、扉を開く。物音はしない。 アイザードは慎重に中に入り込んだ。入ったところはホール。二階に続く階段と、左右に通路が続いている。奥にも扉が見えた。 アイザードは、まず一階を調べることにした。右手に折れて、部屋をひとつずつ調べていく。 どの部屋にも、朽ちた家具の破片と山のように積もったホコリくらいしか残っていない。人が住んでいる気配はおろか、長年に渡って誰も部屋に入っていないことは明らかだった。 「気のせい、だったか……?」 自分の考えに疑問を浮かべつつも、アイザードは部屋を巡っていく。 結局、一階の客室には誰の姿もなかった。続けてアイザードは、ホールの奥にある扉に入った。 そこは、食堂だった。左右に長い部屋だが、テーブルも椅子もない部屋は、寂しさだけが残っていた。 食堂の左奥には扉がある。おそらくは、キッチンに通じるものだろう。アイザードは軽く部屋を見渡し、何もないことを確認して、その扉を通った。 「……こいつは?」 窓から夕陽が差し込んでいる。キッチンも他の部屋と同様、テーブルなどの家具はない。だが、木々の欠片ではないものまで転がっていた。 それは、白骨。腕や足、背骨に頭骨。人間の体だったものが、そこらに無造作に転がされていた。 アイザードは眉をひそめ、ひとつを調べてみた。 完全に骨だけとなってしまった今となっては、それがどんな顔の、どんな人だったのかまではわからない。だが、踏み潰され、砕かれた骨たちは、無念を語っているようにも思えた。 「誰だか知らねえが、ふざけた真似をしやがるもんだ」 吐き捨てるように言って、アイザードはキッチンを後にした。 |