「ラーマ、ラウル、ダイン。ありがとう、助かった」
 サイモンが声をかけると、それぞれが返事を返した。
「構わねーよ、盟約だろ?」
「あなたが無事でよかった、あなたを傷つけては、私は両親に顔向けできない」
「いきなり逃げ出すとは、失礼な連中だな」
 幻獣たちと言葉をかわすサイモンを、レオンは化物でも見るような目つきで見つめていた。
「な、なんだよ、こいつは……、これが、サモンナイトだってのか!」
 地面に転がるレオンを、サイモンは見下ろした。冷たい、軽蔑したまなざしで。
「あんたが今まで、どんなサモンナイトに会ってきたのかは知らないけどね。サモンナイトは本来、幻獣と心を通わせる存在だ。さっきも言っただろう?」
 サイモンの言葉を引き継ぐように、コカトリスは言う。
「お前にはわかるまい。この男、私を相手に視線をそらさずに交渉してきたのだぞ?」
「それは、お前が僕を石化させないとわかったからさ。こっちは抵抗しないってわかってもらわなきゃ、交渉は始まらないだろ?」
 サイモンが言うと、幻獣たちは笑い出した。
「ヒャッハ! そんな真似ができんのはテメエくらいだよ、サイモン。普通のサモンナイトってのは、幻獣をぶっ倒して認めさせるもんだ。交渉なんて面倒で、しかも分の悪い賭けなんざしねーっての!」
「世の中はあなたのような、理想的な召喚使いだけではありません。普通は私たちのような獣は、敵として認識するものです。あなたのように、対話で解決できるという発想は、なかなかない」
 仲間たちを見つめ、サイモンはあきれたように嘆息した。
「なんだ? 揃って僕を変わり者みたいな扱いして。僕は、僕があるべきと思った姿になろうとしているだけだよ」
「それが普通ではないと言っているんだがな。まあいい。何かあったら、また呼んでくれ。お前の敵は我々の敵だ」
「ケンカ上等! 楽しいバトルをさせろよ、サイモン!」
「失礼します、サイモン」
 幻獣たちの姿が光に包まれる。光が弾けた後、その姿は影も形もなかった。
 仲間の帰還を確認し、サイモンはレオンに向き直った。
「レオン。約束してもらおう、もう二度とクシュタールは襲わないと」
「仕方ねえ。俺も騎士の端くれだ、約束しよう。もうあいつには手を出さねえ」
 サイモンは槍を背負い、レオンの落とした剣を拾った。
「ハンターという職業がどうと言うつもりはない。竜種や幻獣を倒して生活するというのも、生きるため。一概に悪いとは言い切れない。
 だが、それは相手に対する尊敬があっての話だ。相手もひとつの命と認め、敬う心がなければ、殺しなんて認められない」
 剣をレオンの顔のすぐ横に突き刺す。顔をギリギリまで近づけ、釘を刺すように言った。
「いいな?」
「しつこいヤロウだな。ああ、わかったよ」
 投げやりな調子で言うレオン。サイモンは起き上がってため息をつくと、一行に背中を向けた。
「――ッ!?」
 途端、跳ねる。直後、サイモンがたった今まで歩いていた場所を、光が過ぎた。
「誰だ!」
 槍を引き抜き、光が飛んできた方向をにらんだ。
「勘が良いと言うべきか、あるいは、高い力量を持っていると読むべきか? 難しい問題だな」
 いつの間にか、テントの裏から人影が現われていた。
 白い影。第一印象だけで語るなら、間違いなくそう言える。
 顔と手先を除く全てが白い服で包まれている。汚れのひとつもない、異常なまでに綺麗な姿だった。
「剣を持っていないな」
 サイモンは槍を構え、油断なく警戒しながら対峙する。対する相手は、軽く肩をすくめてみせた。
「必要ないからな」
「なるほど。つまり、魔族ということか」
 サイモンが言うと、男は笑みを浮かべた。見るだけで気持ち悪くなるような、生物的な嫌悪感を覚えさせる笑顔だった。
「それでも一応、名乗っておこう。サイモン・エルファニアスだ」
「騎士の礼儀とかいうものか。残念ながら、魔族にはそのような、無意味な概念はないのだよ」
「僕も、魔族にそんなものは期待していないよ」
 魔族はちらりとレオンたちを見つめ、続けてサイモンに視線を移した。
「困るな、人間。せっかくの『竜の血』が手に入らなくなるだろう? こっちだって無駄に血を流させないためにこういう真似をしているというのに、いやはや。これだから人間は、先が読めなくて困る」
「水竜を犠牲にしておいて、何が血を流さないためだ」
 サイモンの言葉を鼻で笑い、魔族は言った。
「相容れないようだな、人間。仕方あるまい、種族が変われば価値観も変わる。同種とて、一様ではない」
「同感だな。僕は、お前のような奴が大嫌いだ」
「はっきりしていて結構」
 軽く、肩幅程度に足を開く。そして、魔族は構えた。
「行くぞ、人間。あらゆる種族の垣根を飛び越えるには、やはりこれが一番だ」
「明快だな」
 たん、と軽く跳ぶようにしてサイモンは向かう。魔族は目をつむり、軽く口の中で唱えた。
 魔族の周囲に、光が生まれた。光が、爆発するように飛び出す。
「くッ!」
 光の弾丸が飛びかう。サイモンはそれらを正確に見つめ、自分に当たる危険なものだけを叩き落した。
「ぎゃッ!?」
 声に、サイモンは思わず後ろを確認した。
「レオン!」
 サイモンの後ろ。動きの取れないレオンたちを、光の弾丸が貫いていた。
「後ろを見ていても大丈夫だとは、ずいぶんと余裕があるのだな。たいした自信だ」
 慌ててサイモンが前を向いた時には、魔族が目の前に迫っていた。
 槍を振るおうにも、すでに近づき過ぎている。サイモンが仕掛ける前に、魔族は拳を振りぬいていた。
 正確にアゴを打つ一撃。よろめき、サイモンは後ろ向きに倒れた。
 サイモンを見下ろし、魔族はくすりと笑った。
「人間がどれほど肉体を鍛えようとも、あらゆる攻撃に耐えることは不可能だ。当然、お前も人間である以上、耐えられない一撃というものがある。仕方ないことだな」
 魔族は、もう用はないとばかりにサイモンを見捨て、レオンたちに歩み寄った。
 ひとりずつ、生きているかどうかを確認していく。大半は、先刻の光の弾丸で絶命しているようだった。
「おや、まだ生きている人間がいるようだな」
 その動きがピタリと止まる。魔族の目は、レオンに注がれていた。
「レオンか。さすがはリーダー殿。生命力は他よりも高いようだな。だが、それが不幸の種ともなった」
「テメ、エ……、俺らを、切り捨てるつもり、か?」
「切り捨てるとは失礼だな。お前たちも折れた剣は捨てるだろう?」
 小さく、口の中で唱える。手をレオンの額にかざし、ぽつりと言った。
「死ね。人間」
 パン、と弾けた。赤い血が、地面に花のような絵を描き出す。
 立ち上がり、魔族はサイモンを見た。
「さよならだ、人間」
「僕は、殺さないのか?」
「人間を殺すことが目的ではないからな」
 横たわるサイモンをその場に残し、白い魔族は駆けるようにその場を立ち去った。
 空を見つめながら、サイモンはギリと歯を鳴らす。
「くそッ――!」
 悔しさ、悲しさ、怒り、憎しみ。様々な感情を抱きながら、サイモンは目を閉じた。

 サイモンが再び湖を訪れると、呼ぶ前からクシュタールが姿を現した。
「戻ってきたということは、相応の成果を得られたのか、サイモン」
 問われたサイモンの表情は、暗いままだった。
「失敗、したのか?」
 思わずクシュタールが聞くと、サイモンはゆっくりと首を横に振った。
「連中は、もうあなたを襲うことはない。絶対にだ」
 サイモンは、広場で起きた一連の事件を、包み隠さずに話した。
 レオンの率いる、ハンターグループ。彼らとの攻防、そして、得られた勝利。
 立ち去ろうとした時に現われた、白い魔族。敗北、そして、レオンたちの死。
 全てを話し終えると、クシュタールは落ち着いた声で言った。
「そうか。よくやってくれた、サイモン」
「ダメだ。僕は、連中を助けられなかった」
「それは、お前の責任じゃない」
「いや、僕の責任だ」
 ぐっと拳を握り、サイモンは叫ぶ。腹の底から、想いをぶつけるように。
「僕がダインの力を借りなければ、連中が魔族に、あんなヤツに簡単に殺されることはなかった。僕も協力すれば、あんな奴には負けなかった!」
 クシュタールはじっとサイモンを見つめ、ふと、体を屈めた。
「サイモン。お前は、変わっている。つい先刻までは怒りの対象であった相手の死を、悲しんでいる」
「僕は、殺したかったわけじゃない」
「――お前は、優しすぎるな」
 体を起こし、クシュタールは翼を広げた。
「サイモン。我輩と契約せぬか?」
「あなた、と?」
 突然の申し出に、サイモンの目が丸くなる。一方のクシュタールは、当然とばかりに頷いた。
「お前は我輩のために力を尽くしてくれた。今度は我輩がお前の力となろう」
「しかし、どうして突然……?」
「元々、考えてはいた。だが、決定打は、お前のその優しさだ」
 見上げる水竜の姿は美しく、輝いていた。
 発する言葉のひとつひとつまでもが、輝いているようにも思える。
「敵にすら心を移す、その優しさ。我輩は人間を見捨てようとしていた。だが、お前を見ていると、信じてみたくなる。力を託したくなってしまう。信じたくなる何かが、お前にはある」
 ドラゴンを見上げていたサイモンは、小さく笑った。
 背に負っていた槍を、サイモンは竜に差し出した。
「お願いする、クシュタール。僕に、力を貸してくれ」
 槍に刻まれた文字が輝く。クシュタールが目を閉じると、その額に同じ文字が現われた。
 光が、ふたりを優しく包む。

 山を降りたサイモンは、前方、どこまでも続く道を見つめた。
「魔族、か」
 人に似ていて、けれど、全く異なる種族。
「相容れないなんて、思いたくはないけど……」
 首を振り、サイモンは前に歩き出す。
 どこか遠く、竜の咆哮ほうこうが聞こえた気がした。