魔族の隠れ里を出たグレイスは、宿まで戻り、当初の目的地である神聖都市・ラブフランジェを目指していた。
 グレイスの旅は、基本的に目的地などない。足の赴くまま気の向くまま、風のように行き先を変えていく。
 つまり、ラブフランジェに向かうのも、別に目的があるわけでもなかった。そのため、足取りも緩やかなものである。
 港町に続く街道の左右は林に挟まれ、道の幅は馬車が二台は通れるほどに広い。人通りも多い道なのだが、今はグレイスひとりしかいなかった。
 だからこそ。狙われた。
 グレイスはぴたりと足を止めた。ゆっくりと腰の剣に手をかけながら、周囲に目を向けることなく警戒する。
 と、林の間から、数人の男たちが飛び出してきた。全員が顔を布で隠し、手にはそれぞれ剣やナイフを握っている。
「あんたらが何たら盗賊団か?」
 グレイスが聞くと、林の中から返事が飛び出した。
「そうだよ。金目のもんを置いていきな、そうすりゃ命は助けてやる」
 遅れて林の中から出てきたのは、頬に傷を持つ女だった。頭にバンダナを巻き、彼女だけは顔を隠していない。それなりの長さがある栗毛を、適当に頭の後ろで縛っていた。周囲の男たちと比べて若いようにも見えるが、盗賊内の力関係に年齢は意味がないのかもしれない。
「あんたは?」
 グレイスが聞くと、女盗賊は堂々と胸を張った。
「ミスティア・バンディオ。ここらじゃちょいとばかり有名な名前さ。あんたは旅人だから、知らないかもしれないけどね」
「知らないね。けど、有名ってことは、お尋ね者か何かになってるんだろ?」
「ああ。金貨で三十枚相当の懸賞金がかかっているよ」
「へー、そうなのか」
 グレイスは剣を引き抜き、ミスティアをにらんだ。口元には、笑みを浮かべながら。
「なら、あんたを捕まえれば金貨が手に入るってわけだ」
「できるもんならね」
 じりじりと、男たちが包囲網をせばめていく。グレイスが剣を傾けると、陽の下で両刃の剣がきらめいた。
「あんた、アタイの部下をコケにしてくれたらしいね。覚悟はできてるんだろ?」
「そんなつもりはなかったんだけどな。ただ腹が減っていただけで」
 八方に気を配りながら、グレイスは平然と言った。
「もしかしてオレを狙ったのはそれが理由か?」
「否定はしないよ。こちとら盗賊家業、舐められちゃ終わりなんだよ。旅人に恐怖が浸透している方が仕事もやりやすいってもんさ。だからね、評判を落とすような行動には全力で対処しなきゃいけないのさ」
「強盗は評判を落とさないのかよ?」
「アタイらが弱いって話にゃならないだろ?」
 ミスティアの言葉に、グレイスは鼻を鳴らした。
「オレからすると、そうは思えないけどな。これだけの数があって、マジで強いんなら賞金稼ぎでもすりゃいいじゃんか。それをしないってことは、できないってことだろ? 力が足りなくて」
「そう思うから、そんだけ余裕ってことかな?」
「それもある」
 今度は、ミスティアが鼻を鳴らす番だった。
「馬鹿だね、あんた。少なくてもアタイは、金貨で値段がつくほどの力があるんだよ? それとも、賞金首の相場も知らないでそんな口を叩いているのかい?」
「オレは旅する身だぜ。有名どころは知っているよ。最高で、金貨百枚、だったっけか」
「平均で、金貨十数枚。百ってのはよほどのヤツだよ。アタイは平均よりかはずっと強い方ってわけさ」
「ふーん。で?」
 その反応は、予想外だったのだろう。ミスティアは呆れたようにグレイスを見つめた。
「なんだい、その軽い反応。まだ理解できないのかい?」
「いや、わかったよ。あんたが普通の賞金首よりも強いってことも、あんたの部下がこれだけいるってことも。でもよ」
 自信に満ち溢れた笑みをこぼし、グレイスは言う。
「オレ、負ける気がしないんだよな」
 それは、確かな強さに裏打ちされた、揺るぎない自信だった。折れることはない、曲がることもない、確固たる強さがあった。
 それが見ただけで理解できた。だからこそ、ミスティアは表情を引き締める。
「こいつは強いよ! 注意しな!」
 ミスティアの号令と共に、グレイスは剣を握り締めた。
 そのまま、体を前に傾ける。同時、盗賊たちも動き出した。
 数人はグレイスに逃げ場をなくすように囲み、三人ばかりが連携の取れた動きでグレイスに迫る。
 そして、ふたりばかりが地面に倒れこんだ。
「――ッ!?」
 何が起きたのか、盗賊たちには理解できていなかった。その間に、グレイスの剣がもうひとりの腹を打つ。
「よっしゃあ! 次ぃ!」
「調子に乗るんじゃねえぞこのヤロウ!」
 グレイスの早業はやわざにひるむどころか、男たちはかえっていきり立った。
 何人かが続けざまに迫る。振り上げられた刃に刻まれたルーンが輝き、それが、唐突に光を失った。
 バタリと、何人かが倒れる。その後ろには、槍を構える茶髪の男。長い前髪がゆらりと揺れていた。
「貴様ら、これだけの数でひとりを囲むとは、騎士の風上にも置けない連中だな。僕が成敗してやろう」
「なんだよ、あんたは! こいつらはオレが倒す! 余計な真似をすんじゃねえ!」
 突如の乱入者に機嫌を悪くしたのか、グレイスは声を荒げた。
「何を言っているんだ! 悪党を相手にひとりで戦う必要なんてないぞ!」
「そういう問題じゃねえ!」
 言いながらも、グレイスと乱入者は背中合わせに並んだ。
「ちッ……!」
 ミスティアは軽く舌打ちすると、全員に聞こえる大きな声で叫んだ。
「野郎ども! ここはズラかるぞ!」
「あ、おい! オレはまだやれるぞ!」
 ミスティアは腰から二本のナイフを引き抜き、グレイスをにらんだ。
「アタイは盗賊だよ。利益と損失を比べたら、利益を取るのは当たり前だろうが」
 ミスティアがナイフを重ねると、ぶわっと白い煙が立ち込めた。白煙が、盗賊たちの姿を覆い隠す。
「あ、ちょ、待てよ!」
 叫ぶが、白煙に阻まれてグレイスには何もできない。
「僕に任せろ!」
 槍使いが、くるりと槍を回す。刃に刻まれた紋様が輝き、不可思議な陣を描いた。
「ラウル、煙を吹き飛ばしてくれ!」
 陣から、ヒッポグリフが飛び出した。半鳥半馬の化物は翼で煙を吹き飛ばす。
 ――煙が切れた時、盗賊たちの姿はどこにもなかった。
 周囲を軽く見渡し、グレイスはため息をついた。
「ちッ、結局、逃げられちまったじゃんか」
 グレイスはじろりとにらむように見上げた。
「あんたさー、どういうつもりなんだよ、まったく。あのくらい、オレだけで十分だったっつーのに」
「見ての通り、旅のサモンナイトだ。サイモン・エルファニアスという」
「そういうことを聞いているんじゃない!」
 今にも斬りかかりかねない様子のグレイスに、ヒッポグリフも体勢を低くして身構える。
 サイモンはそれを手で制し、グレイスを見つめ返した。
「君の実力は知らないからなんとも言えないが、連中に逃げられるような腕で、あれだけの数を相手にできたのか? 白煙を出した後は逃げに徹したから無傷のようだけど、もしあの状態で攻撃されていたらどうなる?」
「う……。けど、オレに殺気が向かえば、対処はできるさ」
「あれだけの数だ。殺気の正確な方向が判断できるか?」
 たたみかけるように言うサイモンに対し、グレイスは何も言えずに黙り込んでしまった。
 サイモンはその間に、ヒッポグリフを返す。そして、グレイスに向き直った。
「ところで、君はもしかして、女の子か?」
 視線を落としていたグレイスは、顔を上げてサイモンを見つめた。
「もしかしてって何だよ。どっからどう見ても女だろうが」
「どこからどう見ても?」
 足先から顔まで、サイモンはゆっくりと見上げる。旅人にはよくある、動きやすい服装に軽い胸当て。腰には携帯食料や金貨などが入っている鞄。
「失礼ながら、どこを見ても女性らしさはないな」
「本当に失礼だな」
 はあ、とため息をつき、グレイスは背を向けた。
「お前と話していると疲れる。オレは先に行くぜ、じゃあな」
「待ちたまえよ」
 まだ何かあるのか、という目つきでグレイスは振り返る。対するサイモンは、当然といった顔つきで答えた。
「女性をひとりで行かせるわけにもいかないだろう、送っていくよ」
「大きなお世話だよバカ」
 言い放ち、グレイスはすたすたと歩き出す。その後を追うように、サイモンも歩き出した。
「ついて来るな!」
「そう遠慮するものじゃない」
「だーかーら!」
 口でケンカをしながら、騒々しくもふたりは街道を歩いていった。
 神聖都市は、目の前だ。