闇を、薄青のぼんやりとした光が弾き返す。 全身が淡い光を放っていた。控えめなその光は、どこか、人の心を癒すような気配を持っている。 「ユニ、コーン?」 その姿を見て、最初に呟いたのは誰だったか。 白い毛並み。馬のような体。額から突き出た一本の角はらせん状の溝がある。 ユニコーン。一角獣とも呼ばれる幻獣だ。その角は万病の薬となり、その血はあらゆる傷を癒すと言われている。だが、実際にその姿を見ることは稀で、まして洞窟の中などで会うような相手ではなかった。 「なんでこんなところにユニコーンがいるんだい?」 言いつつも、ミスティアはナイフを構える。ユニコーンは、その能力とは裏腹に、非常に凶暴で力も強いと言われている。 「なんで、はこちらの台詞よ。あなたこそ、どうしてこんなところに来たの」 「おう!? しゃ、しゃべった!?」 「幻獣なら話せるのは珍しくないけどなん。俺たちは、竜王に会いに来た。居場所を知っているなら、教えてもらえないかなん?」 ユニコーンは、それぞれの正体を見極めるように、顔を見比べる。 「それぞれ、名乗りなさい。話はそれからよ」 ユニコーンは鋭いまなざしを消さぬまま、問いかける。 「……ディック・ハーション」 「ウィル・ヴァイスティア。狂獣騎士だぞ」 「グレイス・フェイリアーだ」 「ミスティア・バンディオ。見ての通り、精霊騎士だよ」 「クルート・シャルウェンバー。これでいいのか」 それぞれの名乗りを聞き、ユニコーンは満足げに頷いた。 「私はパリティ・ラス。見ての通り、ユニコーンよ。それで、あなたたちは竜王に会いに来たと言ったわね。その話は、どこから聞いたの」 「別に。ここの地名がドラグミーアってーから、来ただけだ」 ふん、と鼻を鳴らし、ユニコーンはカツカツとヒヅメを鳴らして近づいてきた。 全員が緊張する中、その間を悠々と通り抜けたパリティは、そっと水辺に顔を近づけた。 「――私は、これから竜王に会いに行くわ。付いて来る?」 「案内してくれるのか」 「ええ。竜王にも会って欲しいし、ね」 なにやら意味ありげに言うと、パリティは自ら顔を離した。その角の先に、水が球状になって浮かんでいる。 「さあ、行きましょうか」 グレイスたちは互いに顔を見合わせると、パリティの後を歩き出した。 複雑な道をなおも歩き続けると、先ほどの地底湖のように開けた場所に出た。 「近いな」 「ああ……」 そこは、空気からして違った。 少し湿った重苦しい空気。それは、目の前に得体の知れない化物がいると言われても素直に納得できるような、そんな雰囲気を持っていた。 「ここよ」 パリティは足を止めると、上の方に視線を向けた。 「イシュキール! 連れて来たわよ!」 「そうか」 返事は、空から降ってくるようだった。低く重い、腹の底に響くような声。 「ふむ、暗いな。まずは明かりをつけるか」 突然、闇が白光に切り裂かれた。 ぱあ、と明るくなった空間を、改めて見回す。 平坦な地面や壁。何かしら、削り取ったような空間だった。そこに、それはいた。 見上げるほどに巨大な体。その背中から伸びる翼も含め、全身が純白に染まっている。白き竜王。それが、グレイスたちの前に横たわっていた。 「このような体勢で失礼するぞ。あまり広くないのでな」 「当然よ、洞窟なのだから。ほら、イシュキール。水よ」 パリティが角を振ると、その先にあった水球がふわふわと竜王の方に飛んでいった。 「おお、すまないな、パリティ」 その小さな水球をパクンと飲み込むと、白竜はグレイスたちに向き直った。 「それで、お前たちはここに何を聞きに来た」 「よく、わかんねぇ。そもそも何を聞けばいいのか……。とにかくここに行けって言われただけなんだよ」 「ふむ。では、まだ何も知らないのだな」 「何もって?」 答えず、竜王は鱗を鳴らした。 「我輩はイシュキール・ドラグムーン。当代の、混沌竜王だ。歓迎するぞ、混沌騎士よ」 「混沌騎士……?」 意味さえわからないグレイスたちを前に、竜は楽しそうな笑みを浮かべた。 「本当に何も知らないのだな。それだけ永い時が過ぎたということか」 イシュキールは首を折り曲げ、グレイスに顔を近づけた。 「な、なんだよ」 「ふむ。どことなく、彼女に似ているな。子孫か何かかもしれん」 「彼女って誰だよ。カオスって何の話だ? お前は、何を知ってるんだよ!」 「そう騒ぐな、グレイス。順番に教えてやる」 イシュキールは黙ってユニコーンに視線を移した。パリティは頷き、角の先を光らせる。 角先の光は文字を連ねていく。カオス、と。 「混沌とは、あらゆる存在の始まりにして終焉。全てを内包する存在」 「もっと簡単な言葉で言え」 一瞬、イシュキールは恨みがましい目つきになったが、すぐさま気を取り直し、 「たとえば我輩は、あらゆる竜の力を行使することができる。竜という存在のあらゆる可能性を持っているからだ。お前で言えば、あらゆるルーンを扱うことができる、というわけだな」 「……は? おいおい、待てよ。オレはルーンなんてひとつも使えねーぞ! あらゆるルーンなんて、冗談にも程があるぜ!?」 「それは、お前がまだ混沌としての力を自覚していないだけだ。その気になれば、お前に使えないルーンはない。暗黒だろうが精霊だろうが、お前が使おうと思ったルーンは必ず使える」 グレイスはしばらく沈黙した後、いきなり剣を引き抜いた。その刃には、何の紋様も刻まれていない。 「これが、オレの剣だ。見ての通り、ルーンは刻んじゃいない。刻んでも使えないからだ。混沌のルーンってのは、どんなやつだ」 「混沌の力はルーンなどで制御できるものではないぞ」 「……?」 「そもそもルーンは、魔力という存在を使いこなせない人間のために作り出された技術に過ぎない。お前は元々、そんな存在を超越している。魔力を使いこなすために、ルーンなど必要ないのだ」 「――よくわかんねぇな」 剣を鞘に戻しながら、グレイスは首を傾げた。 「つまり、オレはどーすりゃいいってんだ。混沌の力ってのがオレにあるなら、どうやれば使いこなせるようになる。それに、そいつがあれば、本当に魔族とも戦えるのか?」 一瞬。ほんの一瞬、グレイスの瞳がかげった。 それは次の瞬間には見えなくなるようなものだったが、竜王の目はしっかりとその色を捉えていた。 「何か、あったのか」 「俺が話そうかなん?」 口の重いグレイスの代わりに、ディックが経緯を話す。 魔族との戦争。途中で別れた仲間たち。 聞き終えた竜王は、深くため息をついた。熱い吐息がグレイスたちをなでる。 「そうか……。人と魔の溝は、未だに埋まらぬか」 「昔からあったのかなん?」 「ああ。我輩が眠る、ずっとずっと昔からな。因縁だ」 竜王は白い翼を広げ、低くうなった。 「グレイス。混沌の力について教える前に、お前に問いたいことがある」 「……なんだよ」 「お前は、当代の魔族の王について、知っているか」 「ッ!」 グレイスの握る拳に力がこもる。 「知って、るさ。アイザード・フレイワー、だろ」 「うむ。お前が魔族と戦うというのであれば、必然的に、そのアイザードとも戦わねばならない。その時、お前はどうする」 「オレは!」 イシュキールの、パリティの、仲間たちの視線が、グレイスに集まる。その中で、グレイスは声を震わせた。 「オレは、アイザードと、戦いたくない。でも、戦わなきゃ、いけないんだ。魔族と人間の争いは止めなきゃいけない。でも、誰かを殺せば済むとも思ってない!」 「つまり?」 「だから、オレは! アイザードと戦う。でも、殺したりはしない! 力を使わなきゃわかんないなら、力で屈服させてやるさ。オレは、オレの信じる正解を導けるだけの力が欲しいんだ」 「……そう、か」 イシュキールはそっと目を閉じた。そのまぶたの裏に映るのは、かつての騎士の姿。 魔族と戦い、殺す以外の結論を見つけることができず、そして、自らの命さえも絶ってしまった混沌の騎士。 「お前は、彼女とは違う道を目指すのだな」 「彼女?」 「先代のことだ。お前の先代は、お前と同じように魔族と戦い、魔王を殺した。自らの命と共に、な」 「――!!」 「覚悟しておけよ、グレイス・フェイリアー。お前の選んだ道は、かつての混沌騎士さえも得られなかった、究極の理想なのだからな」 グレイスは、ぐっと拳を握る。先ほどまでとは、また違った力をこめて。 「ああ。任せとけ。オレが、あいつにぶん殴ってでもわからせてやるからよ!」 グレイスには、イシュキールが少しだけ笑ったような気がした。 「いいだろう。グレイス。お前に、混沌の力の使い方を芯まで叩き込んでやる。だが、覚悟しておけ。我輩の教え方は優しくないぞ!」 「上等! そんくらいでなきゃ修行になんねーぜ!」 腕まくりをするグレイスの姿。その姿に目を細めたのは、ひとりではない。 |