|
■焔色の夕凪
ランに治療を施し、ハイロンをボールに収め。ショウとギンは洞窟の外に出た。 洞窟の中にいた時には分からなかったが、海は燃える焔のように輝き、世界は茜色の夕焼けに染まっている。 「すごい・・・」 思わず言葉がこぼれ落ちる。それほどまでに、美しい光景だ。 「ああ、素晴らしい。世界は時折、こういう美しい姿を見せてくれる。だから私は、世界が欲しくて欲しくてたまらない気持ちになる事がある。この全て を独占したくなるんだ」 ギンは眩しそうに目を細めながら、感情をこめた調子で言った。 「俺は、少し違いますね」 「・・・うん?」 「俺は独占したくない。この、こういう世界を、みんなと共有したい。これは俺が作ったものじゃない。みんなが作った光景なんだ。だから、この光景を みんなで楽しみたい。そう、思うんです」 ギンは視線をショウに移し、笑った。 「君は、実は私よりもずっと大人なのかもしれないな」 「そんな事はないですよ。俺は小さくて、汚くて、どうしようもない。だからこそ、世界がキレイだって分かるんです」 「案外、そういうものなのかもしれないな」 ギンはボールからピジョットを繰り出した。大きな翼を持つ鳥ポケモンである。 「ショウ君。君はおそらく、最高のトレーナーになれるだろう。どうだ?私の下で勉強してみないか?私の下にいれば間違いなく強くなれるぞ」 「・・・お断りします」 ためらいなく、ショウは答えた。 「俺はトレーナーに向いていない。俺にはそういう力があるんです」 「君は、本当にポケモンが大事なんだな。私も長い間、忘れていたが・・・。君を見ていると私も昔を思い出すよ」 ギンは目を細めた。遠い過去を見つめるように。 「ショウ君。君が持っている力は君自身をも滅ぼすかもしれない。そして、君が戦おうとする相手はその力を使わねば倒せない相手だろう。それでも 戦うのか?」 ショウは少しばかり眉をひそめたが、それでもしっかりと答えた。 「もちろんです。あんな連中を倒せるために俺の力が使えるのなら、たとえ俺がどうなろうとも構わない。その、覚悟がある」 ふっと。ギンは笑った。 「君は、若いな。その若さがうらやましいよ。私たちがすでに無くしてしまったもの。忘れ去ったもの。そういうものを、君たちはまだ持っているんだな」 「何ですか?それって・・・・」 「君にもいつかわかる時が来る。そして、わかった時にはもう遅いんだ。だが、そうならなければ本当に理解する事はできない。ショウ君。今の気持 ちを大切にしなさい。ふふ、私がここまで注意するのは久しぶりだよ。どうやら君が気に入ってしまったらしい」 ギンがピジョットの背に乗ると、ピジョットは大きく翼を広げた。 「ショウ君。さよならだ。もう会う事はないだろうが、もし会ったら。その時はまた協力させてくれ」 「・・・ありがとうございます、ギンさん。でも、どうして俺のためにそんな、色々な事をしてくれるんですか?」 ショウは、先刻からずっと疑問に思っていた事を口にした。この悪人が堂々と町を歩ける世の中で、ここまで利益もないのに他人に尽くせる人はそう はいない。 「言っただろう?君が気に入ったと。それに・・・君が、似ていたからかもしれないな。私を倒した、唯一の男に」 ギンはショウに背を向けた。それ以上は何も言わず、黙ってピジョットと共に空を舞う。 ショウが見送る中、ギンは紅の海に溶け込んだ。 それからショウはうずまき列島に残り、ポケモンたちと修行を積んだ。 そのメインは、ショウの『ポケモンの潜在能力を引き出す力』に手持ちを慣れさせる事。 ショウ自身も可能な限り力をセーブする技術を覚えようとした。 ショウのこの力。これは、当然ながらどんなトレーナーでも持つものではない。ショウが生まれながらに持つ、悲しい才能。 トレーナーの中には先天的にポケモンを操る技術において、さまざまな特徴がある。戦闘・育成・捕獲・エトセトラエトセトラ。だが、ショウの能力はそ れらと根本的に異なっている。 トキワシティに生まれたトレーナーは、何年かに一度だけポケモンの意思を読み取り、その傷を癒す力を持っているという。ショウの能力は、どちらか と言うとこちらに近い。 言葉でも科学でも説明できない技術だが、あえて説明するなら、ポケモンとひとつになる能力、と言える。 ちなみに限定解除という名前はショウが名づけたもので、実際にそういう名前なのか、そもそもショウ以外にこの能力を持つ者がいるのかもわから ないのだが。 真っ白な壁と、薬品のニオイに満ちた部屋。そこに、ハザマはいた。 「・・・博士。いくつか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」 博士と呼ばれた、白衣を着た男は、カチャカチャとキーボードを叩きながら答えた。 「何かな?ワタシに答えられる内容なら何でも聞いて構わないが?」 「このプロトナンバー083ですが、繁殖力はどの程度のレベルなのですか?」 ハザマの前には液体の詰まった瓶があり、その中で“それ”が眠りについていた。 「083は082のおよそ30倍。24時間もあればこいつだけで60個のタマゴを産む。その後、さらに12時間もあれば十分だ」 「知能程度は?」 「すでにかなり高度だ。もはや人間の知能程度と変わらん」 「・・・なるほど」 ハザマはニヤリと笑った。 「最後にひとつだけ。現在、こいつが認識している絶対君主は誰でした?」 「こいつにはまだ絶対君主のデータは打ち込んでおらんよ。それ以外のデータは、おお。ちょうど今、打ち込み終わったよ」 「なるほど。これで絶対君主のデータを打ち込めば、こいつは完成形となる。そうですね?」 「うむ。少し実動させて動作確認は必要だが、耐性などはすでに実験済み。ほぼ完成と言っていいだろうな。くくく、ついにワタシが神になる、最高 の瞬間だ!」 「・・・そうですな」 ハザマはくるりと後ろを振り向いた。そこにはマイトが控えている。 ハザマは黙って、マイトに向かって頷いた。マイトも頷き返し、腰のボールからゴーリキーを繰り出した。 ゴーリキーは全身が筋肉でできている人型のポケモンだ。よく工事現場や発掘現場などの力仕事を人間の代わりに行っている、ポピュラーなポケ モンである。 「やれ」 マイトの短い指示を受け、ゴーリキーはいきなり博士を後ろから押さえつけた。 「なッ!?マイト君!?一体、何のつもりだ!ハザマ、こんな奴は殺してしまえ!」 博士はジタバタと暴れるが、格闘ポケモンの力に人間がかなうわけがない。 「博士。残念ながら、あなたの役目は終わりました」 「・・・どういう事だ」 「おわかりになりませんか?あなたはもう用済みだと言ったつもりですが」 ハザマはあざけり笑う様に博士を見下ろした。 「ハザマ!貴様・・・ワタシを裏切るつもりか!?」 「裏切るとは笑止。裏切ったのではなく、最初からあなたの味方ではなかった。それだけですよ。あなたの研究は確かにすばらしい。だが、研究が 終われば、あなたの力は邪魔でしかない。本当なら殺すところですが、こいつの実験に不備があれば、またあなたが必要になりますからね。その 時までは生かしておいて差し上げますよ」 「連れて行け」 マイトが言うと、ゴーリキーは博士を空いている牢屋へと運び出した。 「マイト。幹部共に連絡は?」 「すでに。体裁を整えるのに時間がかかるでしょうから、全員が集まるのは2週間後くらいでしょう。実験を行えるのはそれからになります」 「そうか。分かった、下がっていい」 マイトはハザマに一礼し、部屋を出て行った。 「・・・もう少し。もう少しで、終わりだ」 ハザマの冷酷な瞳が、“それ”を見つめていた――。 |