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■倒れ、立ち上がり
キメラが一歩、前に出た。ショウの周りはポケモンたちが固めるが、キメラがその気になれば弾け飛ぶ程度の壁でしかない。 「やれ」 短い指令でキメラは大きく息を吸う。ハイロンとヒノもまた、正面から迎撃すべく息を吸い込んだ。 ハザマは知らない。気付かない。自分のポケモンだというのに、その心境の変化に。 ポケモンを道具としてしか扱えないハザマには、ポケモンの心が読み取れない。感じられない。 キメラの心の中で起きた、小さな決意。しかしそれは決定的で、戦いの終わりを告げるには十分なもの。 一方、ショウたちは諦めない。敗北は信じない。だから、全力が尽くせる。 「トドメだ!」 「こっちだって負けられるかッ!」 「「いけぇッ!!」」 ズズン! 光が走り、キメラとショウのポケモンたちの息吹が弾ける。何度目かの爆発。 煙の立ち込める中。ショウは、立ち尽くした。 「そ、んな・・・?」 その目が事実を映していたのなら。たった今、この場で起きた光景は・・・本来ならありえない光景だった。 煙が風に流される。ショウの視界には、砕けた岩壁と・・・倒れた、トレーナーが入った。キメラのかたわらに倒れる、ひとりのトレーナーを。 ショウは一歩、キメラに近付いた。 キメラの瞳には強い意志がある。先刻までの、畏怖を相手に刻み込む目ではない。 ショウが近付いてもキメラは何もしない。ショウはゆっくりと、倒れたトレーナーの前に立った。 「・・・ハザマ。どういう事だ」 答えはない。ハザマは、とても答えられない。 「・・・なあ、お前。どういう事なんだ?」 ショウはキメラを見上げた。キメラは優しげな目で、ショウに手を伸ばす。 ショウは静かにその手を取り、キメラと“ひとつ”になった。 時間にすればほんの数秒。けれど、ショウとキメラの間では十分すぎる時間が過ぎた。 「・・・そう、か。ナミさんに助けられちゃったみたいだな」 ナミは気絶したまま。それどころか、今、この場に立つトレーナーはひとりしかいない。ショウ、ただひとり。 「終わった、ようだな」 博士が声を出す。その一言で、ショウたちは深く息を吐き出せた。まるで今までの激戦による疲れを、洗い流すように。 「博士。ひとつお聞きしたいのですが、ナミさんの血液をキメラに入れたんですか?」 「・・・ああ。チャンピオンクラスの経験、戦闘意欲、戦いの勘。そういったものをDNAレベルで刻み込むためにね。けれど、それがどうかしたのか?」 「どうやら、そのおかげで勝てたみたいですよ」 キメラは静かに頭を下げた。 「ああ、それじゃあ・・・帰ろうか。本来の居場所に」 ショウが微笑み、それでようやくポケモンたちの顔にも笑顔が満ちた。 「博士、移動用のポケモンは?」 「ワタシのボーマンダはいるが、それでは全員は運べないな」 「それじゃあ、みんなを連れて下山して・・・下のポケモンセンターで連絡してもらいましょうか」 ショウはナミの、博士はサカキの介抱に向かった。それはすなわち、キメラやハザマに背を向けるカタチになる。 「ナミさん、大丈・・・!?」 ドンッ! 衝撃が、ショウの身体を駆け抜けた。 「・・・気を抜くのが早い」 ゆらりと、キメラのかたわらで立ち上がった。 冷酷な眼差しがショウを見下す。爆発で倒れたフリをして、しかし倒れてなどいなかった。 「相手の死も確認しないとは、愚かしいな。ショウ」 大幹部ハザマは、まだ倒れてなどいなかった。 ハザマの隣にはサイドンが立つ。 考えれば気付いたはずなのだ。ハザマと最初に戦ったその時、ハザマはサイドンを連れていた。なのに、今の戦いでは一度も出していない。 それは、ハザマの切り札。いざという時まで温存していた、最後の手持ち。 キメラを使う限りは必要がなかった手持ちが、ここにきて絶好の存在となった。 「これで、終わりだ」 博士と同じ言葉なのに。 温かみが、こんなにも違う。ハザマの言葉は冷たく重く、ただの事実なのに戦意を根こそぎ削り取る。 「まさかキメラが私を狙おうとするとはな。予想外だったよ」 ジロリと睨む、それだけの動作でキメラは子供のように怯えた。 「もう少し改良の必要性があるようだな。博士、協力していただきますよ」 ハザマはボールを出し、キメラをその中に収めた。 その、悲しげな瞳に気付かぬままに。 「さて、と。念のためトドメを・・・」 ショウの方を振り向けば、そこにはショウを守るようにポケモンたちが立っていた。 「メェ!」 ランが先頭に立ち、敵意をハザマに向ける。 「愚かしい。満身創痍のゴミが、この私に歯向かおうとは」 ハザマが軽く片手を挙げた。連動して、サイドンが動く。 「やれ。『じしん』だ」 大きく片足を上げ、サイドンは地を踏み鳴らす。 衝撃は岩石となり、ランたちをまとめて飲み込んでいく。 ドドドン! ハイロンが、ヒノが、ランが・・・壁に叩きつけられた。弱り、すでに立つ事すらギリギリだったポケモンたちは、力なく横になる。 「遠慮はするな。『メガホーン』」 サイドンがフィールドを駆け抜け、ハイロンを角で突き飛ばす。 空中高くから地面に叩きつけられたハイロンは、すでに戦えるほどの力は残っていない。 「残りはカスだが・・・サイドン。そのデンリュウをこちらに」 サイドンはぐったりと横たわるデンリュウの手を掴み、引きずるようにハザマのところへ連れてきた。 「こいつには借りがあるからな。存分に痛めつけておかねばならん」 『神鳴拳』を使ったランは、本来ならそれだけですでに戦う気力など残らない。なのに、ランはショウのために無茶を続けた。 それが、最後の一撃で崩れ落ちた。もう、戦えるはずがない。 「サイドン。『ふみつけ』ろ。最初は軽く、徐々に重く、だ」 サイドンはランの上に足を乗せる。そして、ゆっくりと力を入れ始めた。 めきめきと背骨が悲鳴をあげる。その音が、聞こえてきそうだった。 「ふむ。なかなか死なないものだな。サイドン、せっかくだ。踏み潰れるまで踏め」 メキメキメキ。 骨が、肉が、悲鳴をあげる。もう戦えないのに、なのに・・・。 ランは声にも出さず、しかし悲鳴をあげる。苦痛が、声にならない声を出す。 「や・・・め、ろ」 その声は、確かに主に届く。ショウはよろめき、血を流し、それでも・・・立ち上がった。 |