「いくらなんでも、そいつは無茶だ。やめておけ」
 オレの言葉に、けれどクルルは首を横に振る。セミロングの髪がふわりと揺れて、甘い匂いがした。
「ううん。大丈夫。あたしを信じて、カズマ君」
「信じてって、信じてどうにかなる問題じゃない!」
「どうにかなるよ、たぶん。あたしも普通じゃないし」
「それは知ってる。けど、限度ってものがある。あれは……、人間がどうこうする量じゃない」
「んー、まあ、なんとかなるよ」
 言い張って、クルルは手を振り店に入っていった。ため息をつき、オレは後に続く。
「らっしゃい! 何にするかい、お嬢ちゃん」
 よくある大衆食堂。カウンターの奥に店主のおやじさん。少し時間が遅めのせいか、いくつかあるテーブルやカウンターに座る客の姿は少なめだ。
 そんな店をくるりと見回し、クルルは一角にある大きな張り紙を指さす。
「おじさん、チャレンジメニューお願い!」
 そう宣言した途端。雑音が店内から消えた。
 店中の客の視線がクルルの小柄な姿に集まる。
「い、いいのかい? その、大丈夫なのか?」
 おやじさんがそう言うのも無理はない。クルルはどう見ても普通の女の子。体が大きいわけでも太っているわけでもない、どちらかと言えば小柄で細めの女の子だ。
 けれど、クルルは大きく頷く。
「うん、いけるいける! 信じていれば未来は切り開ける! というわけで、おなかが減ったから早くお願い!」
「お、おう。こりゃあこっちも大忙しだな!」
 おやじさんは嬉しそうな笑顔を浮かべ、奥に引っ込んでいった。材料でも取ってくるんだろう。
 その間にクルルはテーブルにつく。オレはとぼとぼとその向かいに座った。
 途端、周囲の客たちが集まってくる。
「なあ、本当にやるのか? あのチャレンジメニュー、大人の男でも失敗したって話だぞ」
「そうそう。見てたけどさ、あれは十人前以上はあるって。悪いことは言わないからやめといた方がいいぞ」
 そんな余計なお世話を焼こうとしている客たちを眺め、オレは口を開いた。
「ま、なんとかなりますよ」
 入る前はああ言ったが。
 クルルがこの手の挑戦で失敗したことは、一度たりともない。
 本当に、こいつは腹の中に転移魔法陣でもあるんじゃないかと思うほどによく食べる。もちろん食べなくてもどうにかなるらしいが、食べようと思えばいくらでも入る。
 程なく、チャレンジメニューとやらがやって来た。
 皿と呼んでいいのかわからんほどに巨大な器。その上に山盛りに乗った麺と、数種類のソース。皿はふたりがかりでなきゃ持ち上がらないほどに重いらしい。
「お待たせ! レインボーパスタ挑戦盛り! 制限時間はきっかり一時間! 心の準備はいいか!?」
「いつでも!」
「おーしいい度胸だ! それじゃ、先に名前を聞いていいか?」
 その言葉に、クルルは不敵とさえ取れる笑みを浮かべた。
「あたしはクルル! クルル=コクーン! マルクス学園生徒!」
 堂々と胸を張るクルルは、本当に頼もしく見える。
 おやじさんも、他の客も。自然と笑顔になる。
 それが、クルルのすごいところだ。
「よし、それじゃあクルルちゃん! 用意はいいね!? スタート!」
 始まったか。
 ふわ、とあくびをしながら、オレはクルルが美味しそうに食べる姿を眺めていた。
 この調子じゃ、やっぱ心配いらねーな。

 ――三十分後。オレは賞金を手にしたクルルと一緒に店を出た。
「ふふん! どーだー!」
 封筒を陽にかざしながら、クルルは勝ち誇った顔。
「本当によく食べるな、お前」
 ちらりと店内に視線をやる。まだおやじさんがどこか呆然としていた。やっぱり挑戦を止めてやればよかったかな……。少し後悔がよぎる。
「女の子の体は不思議で一杯なの」
「本当にどこに入ってくんだか……」
 クルルは他では並の成績しか出ないが、こと食欲に関してだけは他の追随を許さない。それほどの勢いがある。
 店を出て通りを歩く。魔法国家『ラグヴァルランド』の首都であるこの都市は、大通りに出ると異様な人混みだ。
 特に今日は休日。人手は半端じゃない。そのぶん、いつもより車が少なくて助かるが。あれはうるさいから苦手だ。最新の発明だかなんだか知らないが、あれなら馬車とかのほうがマシだと思う。
 そんな通りを歩きながら、オレはちらりと後ろに視線を走らせる。
「なあ、クルル。ちょっと忘れ物したから、先に寮に帰っててくれないか」
「え? 一緒に行くよ?」
「すぐだからさ。たぶん途中で追いつくよ」
「そう?」
 クルルは疑念をかすかに持ちながらも、オレと別れて通りを歩いていく。
 その姿が見えなくなる頃、オレは隣を歩く男の肩をつかんだ。
「兄さん。クルルに手を出すなよ」
「……どうしてわかった?」
 同時に何人かが足を止める。それらを視界の隅に収めながら、
「そりゃバレるっしょ。殺気はでまくり、隠そうともしてないんだから。賞金狙いか? セコいなぁ、あんたら」
「なるほどね。つまりはお前があの『炎のカズマ』ってわけか」
 オレを知っている。ということは、その程度にはまっとうじゃない世界にいるってわけか。
 組織関係、だろうか。だとすると後々に面倒になるかもしれないんだが。
 オレの顔色を悟ったのか、男はふんと鼻を鳴らし、
「大丈夫だよ。組織には入ってない」
「敵の言葉を素直に聞くと?」
「思うよ、お前は」
 ……、正解だ。
「それじゃあ、ちょっと裏に行こうか」
「おう」
 答え、男たちに前後を挟まれながら裏通りに入る。素直に全員が来るかどうか不安だったが、ま、すぐに潰せば問題ないだろう。
 人の気配はない、それでいて車は通れるほどの広さを持つ通りに入ったところで、オレは全員の様子を眺めた。
 男ばかり、四人ほど。身のこなしは、なるほど、素人じゃない。少なくても多少は訓練した者の動きだ。
「それでー、オレの名前を知っていて、それでも突っかかってくるのはなんでだ。あんたら、そこまでバカじゃないだろう」
「お前もこっちじゃちょいと知られているしな」
 それぞれに得物を取り出す。大振りのナイフや変わった形の剣、銃らしきものを手にする奴もいる。そのどれもに、絵のような印が刻まれていた。
 ちょうど、オレのしているグローブに縫いつけられているような絵が。
「お前ら、もしかして揃ってとかげ使いか?」
「見た目で判断すると痛い目に遭う」
「常識だな」
 頷き、オレは軽く拳を開閉した。
 とかげの紋章。それは、炎の魔法を扱う者の証。
 名を呼び、紋章を媒介に、人は不可思議な力をこの世に呼び出すことができる。それが、俗に言う魔法。
 車や銃といった新しい科学とはまた別の、古くから存在する確かな技術。
「……どうせお前ら、何を聞いたって答えやしないんだろうなぁ」
 だったら聞くだけ無駄。さっさと潰してクルルを追ったほうが有意義。
 なら、四十秒くらいで終わらせるか。ひとりあたま十秒、まあ妥当なところだろう。
「できれば抵抗しないでくれ」
「手加減は苦手だから、ってか? 甘く見るなよ」
「いや。そんなんじゃねーよ。ただ、オレは早く帰りたいだけ。それにさ」
 オレの周囲を四人が等間隔に囲む。前後左右。攻撃範囲の狭いとかげ相手ならば順当な布陣と言えるだろう。やっぱり、少しは知識がある上、プロに近い。
 だけど、オレには関係がない。
「あんまり力を使うと、ガキが見せびらかしているみたいでかっこわるいだろ?」
「いい度胸だ」
 ひゅ、と前の男が動く。時間差で左右。後ろも動く気配。
「『とかげのひとみ』!」
 同時、オレも魔法を唱える。指先から放たれる熱線が前と左の男を牽制する。
 その隙に、オレは斜め前に跳んだ。男たちの間をすり抜け、全員を一度に視界に収めて。
「いくぜぇ! 『とかげのほうこう』!」
 炎が、路地裏を舐めまわす。