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すぐ先にアレッサがいる。ロードクロイツの面々でも誰一人かなわないのに、彼女を倒すなんて不可能だろう。 であれば、ここは賢者の石を渡すしかない。どのみち、断れば殺される。 それが分かっていてなお、アディーの手先は冷えていく。 「私が、賢者の石を渡したら……。あなたは、開拓地域を襲うんですか」 「襲うなんて失礼だな。あるべき姿に戻すんだよ」 「あるべき姿?」 アレッサは頷く。 「冒険者のくせに安全な採取だけするとか、危険のないようにダンジョンを探索するとか。そうじゃないでしょう、冒険者ってのは。かの勇者は、魔王を殺すために冒険をした。冒険ってのはさ! 命を奪う行為でなきゃダメなんだ!」 「なんでそこまで……。命を奪うことにこだわるんですか。命をなんだと思っているんですか!」 「……」 そっか、とアレッサは小さな声でつぶやく。 「君は覚えてないんだねぇ。ワタシに命の尊さを教えてくれたのは君だよ? インビジブル」 「え?」 アレッサは剣についた血を指ですくい、ぺろりと舐めとる。 「ワタシは確かに魔獣だよ。もともと中層と深層を行ったり来たりしていた。ワタシは魔獣の中でも特に知恵があったからね、破壊衝動に飲まれたりしなかった」 「魔族、ってやつですね……」 「でも退屈だったんだ。異界はただ魔物がはびこるだけ。たまに来る冒険者を殺しても面白くもなんともない。そんな中で、君に会ったんだ」 「……」 「夜闇の中だから、きちんとした姿は分からなかった。でも、君のーー無慈悲に魔物の命を奪う瞬間。その瞬間に心を奪われたのさ! これだと! これこそが冒険者だと!!」 「……確かに、私は多くの魔物を殺しています。でも、そんなのはどこにでもあった光景の筈です」 「いやいや、ぜんぜん違うよ? 他の腑抜けた連中は生き延びるために命を奪ってる。端的に言えば、それはみっともない命乞いみたいなものだ。でも、君の殺意は違った! 敵を許さないという強い意思! 自分の命さえ省みず、ただひたすらに命を奪う者!! それこそが冒険者なんだ!!」 「……ッ!!」 そうか、とアディーは気づく。 確かにそんな時期はあった。誰かに認めて欲しくて、でも誰にもアピールできなくて。気づいて欲しくて、がむしゃらに魔物を狩った時期。 その成果は今の強さであり、そしてーー目の前の、この化物なのだ。 「アディー・ヒーリ。ワタシと殺し合おうよ! 君を殺して、ワタシは次の君を作るんだ! この世界を腑抜けさせている全てを破壊して、ワタシはワタシの楽園を作るんだ!!」 「そのために何千何万が犠牲になると!!」 「構うものか!! どうせワタシは魔獣なんだ、お前たちの生き死になんて関係ないね!!」 ああ、と気づく。そう、彼女は魔獣だ。 人のように見えるだけで、人の倫理も論理も通じない。なぜかと言えば、彼女は存在が違うからだ。 ならば、戦うしかない。だが、世界最強の冒険者。まともに戦えば殺される。 正しく冒険者であるなら、今は逃げるべきだ。敵わない相手なのだから。だけど、それはできない。つまるところ、詰んでいる。 ーー私の冒険は、ここで終わりだ。 「ルベル、カーバンクルをお願いします」 小さな獣をルベルに渡し、アディーはポーチの中に手を突っ込む。 ありったけの魔石をつかみ、それを全部、口の中に放り込んだ。 「アディー!?」 「無茶です、死にますよ!!」 仲間の声が聞こえる。 でも、ここは意地を張る時だ。 「冒険は……。つらいことも、悲しいこともたくさんあります。それでも、そんな中に、夢や希望を持つ人だっています」 自分もそうだ。他に何もできない。 ただ、冒険するということだけをーー英雄になることだけを夢見て、危険な土地を渡り歩いてきたのだ。 「みんなの夢は、壊させない」 ああ、そうだ。 ーーでも。 「お前の冒険も、ここで終わらせる」 両手に闇を。冷えきっていたはずの手が、いつの間にか燃えているように熱い。 「いいですよ、見せてあげます。これが、アディー・ヒーリ生涯最後の……大舞台です!!」 ただ、全力で突進した。 策も何もあったものじゃない、超高速の突進。 「ヒャッハァ!!」 嬉しそうに剣を振るうアレッサ。その剣筋が見えている。 剣に合わせて拳を振るう。刃筋をーー横から!! 「ふっ!」 「ハッハァ!」 アレッサの凶刃が迫る。命を奪わんとする、一振一振が必殺の呼吸。 感じる。 アレッサの殺意が、そのまま剣の形となって振り回されている。武闘家のアディーにとって、その”気”は目に見えるようなものだ。 「いいねいいね!! その殺意だよ!! それが欲しいんだよ!!」 アディーの放つ拳が、蹴りが、アレッサのガードに阻まれる。 通常、剣を持つ相手に徒手空拳で敵うことはない。間合いの広さを埋めるには三倍の力量が必要とさえ言われている。 アレッサは格上だ。総合力で彼女に敵う者は世界のどこにもいない。 だが、アディーとてたった一つの武器がある。 「速度なら……!!」 圧倒的な素早さ。 カーバンクルを捉えることができるほどの超速度。闇の魔力によって強化された脚力と魔力の爆発は、そのまま神速の剣を操るアレッサさえ置き去りにする。 まばたきする間に間合いを詰め、離れ、殴り、逃げる。 決定打にはならない。だが、耐久力の低いアディーでは、アレッサの攻撃は致命的だ。どんな一撃でも受けるわけにはいかない。 こうして高速で回避し続けている間は、決して攻撃されることがない。回避に攻撃を重ねることで、かろうじて生き延びることができる。 今を生きれば次の生が見えてくる。生から生へ、死から逃げ回るように拳を繰り出す。 いつしか二人の戦いは、空中にまで展開していた。互いに石柱を足場にして三次元的に飛び回る。 「いいね! 楽しいよ、ワタシとやりあえる奴なんてどれほどぶりか!! 最高だよアディー!!」 「何も私にこだわらなくても! ロードクロイツならいくらでも相手はいたでしょう!」 「ぜんぜんダメさ! あの連中じゃ! 幹部でさえアディーには敵わない! 力が!! 殺意が足りていないのさ!! 必死な気持ちがなきゃぁ!! 拳なんて意味がないんだよ!!」 アレッサの振るう剣が石畳を割り、石柱を砕く。 一刀必死。ただの一撃がなんて威力ーー! 「オプリアを殺した時だってこんなに楽しくはなかったさ! 強くなりすぎて今のワタシを満足させてくれる人間はどこにもいない! もうお前だけなんだ、お前を愛してるよ! アディィィィ!!」 「気持ち悪いこと言うんじゃないッ!!」 全力で振り抜いた蹴りがアレッサの剣を弾く。互いに距離を開いたまま、地面に降り立った。 「最高だよ、アディー。是非とも殺したくなった」 「……私は死ぬわけにはいかない。お前を止めるまで」 「あはっ。つれないねぇ。命の瀬戸際なんてそうそうないだろうに」 「異界にいればしょっちゅう感じると思うけど?」 「そんなことはないよ。ワタシやお前のような強さがあれば、異界なんて散歩と変わらないさ」 「私をお前みたいな化物と一緒にするな」 「にゃはっ」 アレッサは剣を低く構える。 「そういうところが、大好きだよ!!」 振るった剣の圧が空気を切り裂く。アディーは紙一重でかわし、そのまま相手の懐へ。 「破ッ!!」 全力の左ストレート。剣を振りきった状態のアレッサでは受けられないーーはずだった。 「にひっ」 アレッサもまた、左手を閃かせる。 直後。アディーの左腕が吹き飛んだ。 |