「ディーちゃん!!」
 アディーが苦戦している。それだけでルベルはいきり立つ。
 そんなルベルを、サフィは後ろから羽交い締めにするしかなかった。
「あなたが行ってどうなる! 足を引っ張るだけだ!」
「だからってディーちゃん一人で戦わせられないわ!」
「殺されるだけだって言ってんだよ!!」
 言うまでもないことだが、アレッサとの力量差は歴然だ。
「悔しいけど、ボクでも足元にも及ばない……! アディーだから拮抗しているんだ、普通の人間なら一撃で殺される! ボクらじゃ、アディーのサポートにもならないんだ……」
「そんなの関係ない!」
 ルベルは首だけ振り返る。その瞳には強い光が輝いていた。
「ディーちゃんはね、アタシたちのために戦ってくれているの」
「そりゃアディーはおひとよしだけど……」
「そうじゃない! だって、ディーちゃん一人なら魔獣が溢れようが関係ないし、アレッサから逃げることだって簡単にできるんだもん」
「……それは」
 そう、アディーはアレッサと拮抗できるほどには強い。
 それは言い換えれば、アレッサが理想とする世界においても、彼女は問題なく生活できるだろうということだ。
 もともと独りぼっちな性分も相まって、彼女からすれば”魔物の溢れる世界”の方が良いかもしれない。
 それでも、アディーは戦うことを選んだ。何故なのか? そんなの言うまでもない。
「だから、絶対に逃げちゃ駄目なの。ディーちゃんが戦ってくれている限り、アタシたちも戦わなきゃ!!」
「友達を見捨てられないって気持ち、素敵ね。わたしも賛成するわ」
 答えたのは、エメルだった。エメルも賛同したことで、ルベルをつかむサフィの力も弱まる。
「……気持ちは、分かりますけど」
「そう、気持ちは分かるわ。でも実際問題として、わたしたちではサポートもできない。そこはどうするつもりなの?」
「……アタシに考えがある」
 ルベルが作戦を伝えると、二人は目を丸くした。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど……! その作戦、一番危ないのは……」
「大丈夫。やれる」
 真剣な眼差し。サフィはエメルと顔を見合わせ、深く深くため息をついた。
「いっぱしの冒険者みたいな顔をしちゃって……。わかりました。エメル、弾薬を」
「ええ」
 エメルが大剣用に使っている火薬を受けとり、トリアイナにセットする。
「三人のタイミングが大事です。合図はボクが出します!」
「任せて」
「うん」
 ぐっと槍を握る。ふと、一匹狼だった頃の自分が頭をよぎった。
 あの頃は、敵わない相手と戦うなんて想像もしなかった。駄目な相手からは逃げるだけだったし、トリアイナがいてくれたから、生き延びるだけなら簡単にできた。
 アディーと出会わなければ、きっと自分は変わらなかった。他人を信用するなんてーー考えもしなかっただろう。
「……走馬灯だなんて、冗談じゃない」
 これからも生き残るんだ。そのために、立ち向かうんだ。
 眼帯を外し、体内に宿る闇の魔力を思いきり引き出す。後先など考える必要はない。ここで勝てねば、全員死ぬだけだからだ。
「やってやろうじゃないですか。これが一世一代の大博打だ!!」
 気合いを入れ、槍を構えるーー。

☆   ☆   ☆   ☆


「ッ……!!」
 手刀で左腕を斬り飛ばされた。そんな馬鹿なという思いが、ほんの一瞬だけ足をにぶらせる。
「貰ったッ!!」
 その一瞬に、アレッサは剣を両手で握り直していた。振るわれる凶刃、迫る死。
「っせるかァ!!」
 気合で全身から魔力を放出する。吹き上がる闇がアレッサを吹き飛ばすと同時、アディーも耐えきれずにゴロゴロと転がった。
「くッ……!」
 左腕の肘から先がない。いくら防御力に難があるとはいえ、まさか素手で腕を落としてくるとは。
 欠損ほどのダメージを受けた割には痛みが少なかった。あるいは、あまりに痛みが強すぎて脳みそが麻痺しているのだろうか。
「あはっ、腕がなくなっちゃったね。そろそろ降参する? それでもいいよ。アディーは楽しいからね、もう少し生き残っていて欲しいし」
「……私が生き延びたところで、あなたは望みの世界を作るんでしょう?」
「もちろんさ」
 アレッサは胸元で揺れるペンダントを握る。
 あの中に賢者の石がある。残りの欠片が揃ってしまえば、賢者の石は本来の力を発揮してしまう。
 ただでさえ手がつけられないアレッサだ。もしも賢者の力が手に入ったら、二度と手出しはできなくなる。
「倒すなら、今しかない」
 左腕はなくなった。力量は相手が上だ。まっとうに考えれば、敵う相手じゃない。
 だが。
「まだまだァ!!」
 まだ死んでいない。なら、まだ終わりじゃない!
「腕がないから、どうしたってんだァ!!」
 足があるなら走れる。右腕があれば殴れる。足を動かし、大地を駆ける。
 いや、違うーーそんなの甘い。
「喰らえ!!」
 腕なんてなくても・・・・殴れる!!
 斬られた腕で構わずアレッサを殴りつけた。予想外の攻撃がアレッサのガードをすり抜け、相手の頬を張る。
「くはっ……! あっははははは!! そうだよ、その殺意だ!!」
 アレッサは嬉しそうに叫び、剣をかざす。周囲で雷鳴が轟き、ごうごうと風が吹き荒れる。胸元のペンダントが風に揺れていた。
「そうさ、殺し合いなんて生きるか死ぬかだ! 腕の一本、足の一本なんて関係ない! 心ノ臓が動く限り、この体は相手の命を奪う兵器なんだ!!」
「お前と……!! 一緒にするなァ!!」
 転がる石柱の欠片を蹴り飛ばす。岩塊が巨大な砲弾となってアレッサを襲う。
「はッ!!」
 一刀で岩など両断される。だが、その程度は折り込み済みだ。
「ふッ!!」
 岩の死角から飛び蹴りをかます。アレッサも腕でガードするが、アディーは止まらない。
「るぁぁ!!」
 闇の魔力を全開に、そのまま蹴り抜く。
 弾かれたアレッサの左腕があらぬ方へ。そのまま続く回し蹴りを、アレッサは左で受けた。
「っ!?」
「腕が折れた程度でビビるとでも?」
 折れた腕でアディーを弾き、アレッサは楽しそうに笑う。
「腕を斬られても戦う女がいるのに、腕が折れた程度で泣き言なんて言うはずないでしょ!!」
「気持ち悪いこと言わないで」
 アレッサの左腕がうごめく。バキバキと骨が鳴ったかと思うと、変形していた腕が元通りになった。
「どういうカラクリ?」
「賢者の石が放つ魔力のせいだね。持ち主が死なないようにしてくれているんだ」
「ずいぶんと都合の良いこと……。賢者の石は全部揃わないと力を発揮しないんじゃ?」
「願いを叶えるほどの力はなくても、純粋な魔力量は桁違いだからね。自分の傷を治すくらいは訳ないさ」
「ちっ」
 理屈は分からないでもない。莫大な魔力さえあれば、普段の状態に戻すこと自体は回復魔法と同じ理屈だ。
 だが、厄介な話だ。それは言い換えれば、一撃で命を奪わない限り、アレッサを止める手段はないということ。
 それは、アディーの切り札をもってしても可能かどうかーー。
「いえ」
 やるしかない。なら、可能かどうかなんて考えるまでもない。
 アディーは覚悟を決め、右足を引いた。