「びっっっっっっくりですね」
 そう言って、サフィは机に頬杖を突く。
「そうねぇ」
 エメルはカップに砂糖を入れてくるくるとかき回しながら、
「びっくりするほど何も変わらないわねぇ」
 そう答えた。
 アレッサとの戦いから一ヶ月が過ぎた。アラバスターに戻ったアディーたちとロードクロイツは、よくも悪くも何も変化しなかった。
 今日も今日とて、サフィとエメルは行きつけの喫茶店でお茶を飲むしかない日常だ。
 サフィはトリアイナのコアストーンをいじりながら、
「アディーは相変わらず人見知りだしポンコツだしおひとよしだし! 昨日は昨日で、また嘘つきシャルエンテに騙されて遺跡探索に付き合ってくるし!!」
「大変ねぇ」
「他人事じゃないですよ!!」
「他人事だもの」
 カップのお茶をすすりながら、エメルは答える。
「せっかく石を手に入れて来たっていうのに、望んだことが”深層より深い異界を作ること”だけ!? もっと贅沢に生きたいとかなんとか、他に願うことはないのかっちゅーことですよ!!」
「いいじゃない。ロードクロイツも新たな目標ができたって喜んでいたし」
「よかねーんすよ!! これじゃあ何も変わってないんですよ!!」
「何も変えたくないっていうのがアディーの望みだったのでしょう?」
「それが一番わかんないんですよ。アディーは世界最強クラスの力があったのに、その力を隠していました。彼女はもっと良い地位を選べるだけの能力があるんですよ」
「そんなものより、気心の知れた仲間と旅したい。それがあの子の願いなんでしょう」
「……本当に他人事ですね」
「他人事だもの」
 カップを置いたエメルは、
「わたしはアディーちゃんも好きだけど、あなたにほだされて同行しているのよ? あなたが変わらないなら、わたしに影響はないわ」
「やめてください。ボクは同性愛者じゃないです」
「そう。じゃあ変わらないわね」
「……まったくもう。勿体ないと思わないんですか。あれだけの力があるのに、その力を使うでもなく、無駄にして。彼女はもっと楽に生きられるんですよ」
「ねえ、サフィ」
 エメルはサフィの頬を優しく撫でる。
「あなたは苦しい生活を強いられてきたから、そう思うのでしょうけど。世の中には色々な人がいるのよ。好きな人と結ばれない人も、やりたいことができない人もいる。その中でアディーは、自分の願いを叶えたの。信頼できる人と旅するっていう願いをね。だから、それでいいじゃない」
「……納得できません。あれほどの力があるのに」
「力は幸せを運ばないわ。それはアレッサを見ればわかったでしょう?」
「……」
 答えられないサフィ。すると、いつの間にか席を立っていたエメルが、背後から抱き締めていた。
「うふふ、本当に可愛いわね。食べていい?」
「だから!! ボクは同性愛者じゃないんです!!」
「あら、アディーちゃんにだったら抱かれてもいいって思うでしょう?」
「るっさい!!」
「うふふ。怒った顔も可愛いわねぇ」
「むきー!!」

☆   ☆   ☆   ☆


 裏通りにある名もなき薬草の店。
 カウンターの中に座るキャット老は、カラコロと鳴るベルの音色に顔をあげる。
「なんだい、エミリー。久しぶりじゃないか」
「はぁい、おばあちゃん」
「とうとうクロネコも潰れたかい?」
「冗談はよしてよ。順調よ、そっちは」
 それより、とエミリーはキャットに迫る。
「おばあちゃんのせいで、うちの妹がガチガチの同性愛者になっちゃったのよ。どうしてくれるのよ」
「いいじゃないかい、別に」
「うちの家名はどうなるのよ」
「あんたが結婚すりゃいいだけの話だろうが」
「まだまだ遊びたいのよ!」
「いい歳して何言ってんだいバカ」
「もうっ」
 エミリーは腕を組み、
「だいたい、おばあちゃんがペリドのところに良い子がいるからって迎えに行ったのに。おかげでルベルはとんでもなく危ない目に遭っちゃったじゃないの」
「良い子ではあったろ」
「そうだけど〜」
「だいたい、あんたといいアディーといいペリドといい、冒険者ってのはどいつもこいつも根無し草なのがいけないのさ。ちったあ家庭を守ろうっていう心根をだね……」
「あーはいはい、そんなの聞きたくないわ」
「ったく。用件はそれだけかい?」
「そんなわけないでしょ。はい、これ。うちで買い取った鑑定済みの薬草」
「ん」
 薬草を受け取り、キャットは銀貨の入った袋を取り出す。
「あんたも真面目に商売してるじゃないか。このまま落ち着いたらどうだい」
「気が向いたらね」
「はん。これだから冒険者ってのは……」
「うるさいうるさい」
「ったく……。話を聞きゃしないんだから」
「話を聞くような奴は冒険者にならないわよ」
「そりゃそうだ」

☆   ☆   ☆   ☆


 今日も今日とて、アディーはルベルと共に空き地で魔法の練習をしている。
 賢者の石を手に入れたところで、魔法の使い方が一朝一夕に上手くなるわけではないのだ。石はただの力であり、その使い方は本人の能力である。
「うーん……。《アイシクル》!!」
 パキパキと空気中の水分が凍りつく。せいぜい3センチ四方といったところか。
「まあ、少し成長しましたかね……」
 アディーも苦笑するしかない。最初の頃と比べれば多少はマシになったが、やはり魔法の才能があまりない。
 できた氷はカーバンクルがカリコリかじり出した。何故だか懐いてしまったこの獣は、いまやアディーたちのペットみたいなものである。
「もうっ。ディーちゃん、どうやったら凄い魔法が使えるようになるの!?」
「練習ですね」
「じみち〜!」
「そうですよ、地道な努力が必要なんです」
 実際、アディーの力は鍛練によって身についたものだ。対人関係については地道な努力を一切していない女だが。
「まあまあ、私もできるようになるまで付き合いますから」
「あ、ディーちゃんいま付き合うって」
「……」
「へたれ〜」
「あの、ルベル。最近、隠さなくなってきましたよね」
「隠す必要ないし。アタシ、ディーちゃんが好きだよ。ディーちゃんは?」
「……」
「へたれ〜!」
 そういうところでへたれるのはアディーの習性なので仕方ない。
「もうっ、いいもん。いつか愛してるって言わせてやるんだから!!」
「……それは好感度マックスでもなさそうな」
 くすりと笑い、真面目に魔力を練り込むルベル。そんなルベルの横で、アディーもふっと微笑んだ。
 風が吹き、胸元のペンダントを揺らす。ふと顔を上げると、雲が北へと流れていく。
「ふふっ」
 いつの日か、二人で思い出すのだろうか。あの時はあんなこともあったね、って。
 あるいは、どこか冒険中にのたれ死ぬだろうか。そんな可能性もアリアリと浮かべるけれど。
 未来は分からない。分かっていないから冒険に向かうのだ。
 それが、冒険者という者の生きざまだ。
 運命とか奇跡とか、あるいは青春とか恋愛とか。そういう綺麗な言葉は闇の中で呼吸しているアディーには似合わない。
 そう、強いて言うならばーー。
「流されるだけですよ、私みたいのは」


 そう、これはただ流されるまま、溺れながらも足掻き続ける一人の冒険者による物語ーー。






前の話    
戻る