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王都『ジェルニア』。 ジェルニアン王家が住む王城を中心にした要塞都市として知られ、軍部の中核である官庁と、その研修生たちが所属する教導隊とが存在する。 軍の入隊試験は年に2回。合格者に定員はなく、条件さえ満たせば何人でも入隊できるという特徴がある一方、試験内容は試験官が決定するという決まりのため、倍率が大きく変動するという特徴も有る。とはいえ、どの試験官が課す試験も一筋縄でいくものではなく、つまるところ、難関試験には違いない。 そんな厳しい試験を受けるために、はるばる王都までやってきた少年が一人。 「ここが王都か……」 背負ったリュックの紐をぎゅっと握り直し、リオン・テイラーは唾を飲み込む。 「やっぱりというかなんというか、人がすごいなぁ。お祭りみたいだ」 乗り合いの馬車から降りた少年は、周囲を見渡し、ぽつりとこぼす。 石畳の道路に、あちこちに立っているのは魔力でともす街灯か。商店が軒を連ね、威勢のよい掛け声も聞こえて来る。 王都は国の中心である。国王が統治する領土の中でも、人口は最も多い。まして、試験を行う教導隊があるのは、王都の中心に近い場所。平日の昼間ではあったが、行き交う人は数えきれない。 時刻は正午。試験開始が15時であることを考えると、さすがにまだ少し早い。 物珍しさも手伝って、きょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていると、何やら騒がしい一団が見えた。 「ん?」 とある商店の前。まだ昼だというに、酔っ払っているらしい男が何人か。それらが、女の子に絡んでいるようだ。都会の習性なのか、周囲の人たちは通りすぎるだけで、誰も声をかけようとしない。 「助けなくちゃ!」 なかば無意識的に、リオンは走る。 三人の酔っ払いと女の子の間に滑り込み、 「ちょ、ちょっと! 困っているじゃないですか、やめてあげてください!」 「あぁ!? なんだお前」 吐く息すら酒臭い。顔をしかめつつ、リオンは目の前の男に言う。 「だから、やめてあげてください。嫌がってるでしょう」 「はっ、お子様にはわかんねえだろうけどな、女は嫌だって言いながら誘ってやがんだよ」 そう言って、下卑た笑みを浮かべる。 「いいからどけ!!」 「わっ!?」 酔っているとは思えない力強い動きで、男は腕を振るう。不意を打たれ、リオンは弾かれた。ごろんと転がったリオンの前で、女の子が嘆息しているのが見えた。 「さ、姉ちゃん、ちょっとくらい……」 「うるさいわ」 女の子は鋭い眼差しを男たちに向けると、腰から短い杖を取り出す。 「正当防衛よ。君、ちゃんと見ててね」 そう言った女の子は杖を掲げ、 「アローサル! クラーワ!!」 次の瞬間、目の前にいた男が吹き飛ばされた。馬車の通る路上まで吹き飛んだ男は、自分に何が起きたか理解できず、呆然と転がる。仲間の男たちもぼーっと状況を見守り、 「あ、おい!!」 路上であることに気づいた仲間の一人が、慌てて転がった男を立たせ、そそくさと逃げていく。 女の子は深くため息をつき、杖をしまった。そして、リオンの方を見やる。 「一応、ありがと。魔術を使ってもよかったんだけど、どう見ても私の味方をしてくれそうな人がいなくって。警邏に何か言われたら、証言してくれるわよね?」 「あ、はい」 よろめきながら立ち上がったリオンは、女の子を改めて見つめる。 少女は、リオンと同年代に見えた。町娘と変わらぬチュニックにズボン。町娘との違いは、腰に提げた短杖に、媒介を入れるのであろうポーチくらいか。長い金髪は頭の横で縛り上げてある。 「私、クレア。クレア・ウィルジーヌ。あなたは?」 「あ、リオンです。リオン・テイラー」 「リオンね。普段はどこに?」 「僕、田舎から出てきたばかりなんで、まだ住所とかは……」 「住所じゃなくて、連絡が取れればいいんだけど」 「あ、ああ、そ、そうですよね! で、でも、連絡先ってほどのものはまだないですし……。そうだ、今日、軍部の試験を受けるんで、受かれば宿舎が連絡先です!」 「軍部? あなたが?」 クレアのうろんげな眼差しに、思わずリオンは涙目になっていた。 「うぅ……。やっぱり受からないと思います?」 「思うけど、まあそれは試験内容次第だし。ただ、ライバルは厳しいわよ」 「そうですよね。軍部の試験を受けるくらいなんだから」 「そうよ。あなたの目の前にいる女もね」 「え?」 ぱちん、とイタズラっぽくウインクし、クレアは言う。 「私も受験生よ」 軍部教導隊執務室。 それは、軍に入隊した新人たちが所属する部隊『教導隊』の事務を担当する者がいる部屋だ。 そんな執務室で、二人の軍人が仕事をしている。同期の仲で、気安い関係だった。 「今回の受験生はどんなもんかな」 「さあなー。ただ、合格者は絶対に少ないだろうな。ゼロでもおかしくねーかも」 「なんでだよ」 「試験官、リト中佐なんだ」 「……あー。あの『暴虐ウサギ』」 「そういうこと。というわけで俺は今、病院の手配をしてる」 「早くね? というか、試験内容、こっちに連絡きてる?」 「きてない。まあ、必須じゃないからな。その場で発表する奴もたまにいるし。ただ、リト中佐に限っては、単にサボっただけだろ。あの人、事務仕事が大嫌いだから」 「本当になー。というか、なんであの人、教導隊なん? 竜殺しっていうくらいだし、絶対に外の方が合ってるだろ」 「なんでも、外で上官ぶっ飛ばしたらしい」 「やりかねないな……」 「というわけで、今回の試験はどんな内容にせよ、倍率は絶対に高くなる。あと入院率も高くなる」 「入隊する前から病院送りか。かわいそうになぁ」 「ま、中佐のやることも間違ってはいないよ。中途半端な奴は魔物に喰われる。その後始末をする、仲間がつらい」 「そりゃあなぁ。食いちぎられた仲間の遺体なんて回収したくないよなぁ」 「向いてない奴は無理して軍部に入ることはねえんだよ。今は魔物もそんなに多くないし」 「確かに。そういう意味では、中佐は教導隊に合ってるのか。魔物との戦闘経験もあるし」 「そういうこと。というわけで、入院費の予算、こんなもんでいいかな」 「……もうちょっと振っとこ。後で増えると上がうるさいから」 「あー。そうすっか」 お互いにまだ昼食を摂っていないということが判明したので、リオンとクレアは教導隊に程近い喫茶で軽めの食事をすることにした。 オープンテラスに腰を落ち着け、リュックを下ろしたリオンに、クレアは言う。 「ずいぶんと大きな荷物ね。何が入っているの?」 「あ、はい。半分くらいは媒介です」 「媒介? 魔術用の?」 「はい」 魔術を構築するには、魔力と、それを練り上げる呪文さえあればよい。ただ、大規模な魔術であるほど、大気中を漂う魔力だけでは足りなくなる。そこで、魔力を多く含んだ石や儀式道具を使い、足りない魔力を補うのだ。これを媒介と呼ぶ。 だが、それにしてもこの量とは。 「そんなに大規模な術式を使うつもりなの? まあ、試験内容によっては、そんなのも必要になるかもしれないけど……」 「そういうわけではないんです。ほら、軍部の試験って、毎回内容が変わるじゃないですか」 「そうね。試験官が内容を決めるものね」 「なので、どんな試験内容になっても後悔しないように、というか」 「それにしたって多すぎる気がするけど……」 「じ、実は僕、魔術が下手なんで……。簡単な魔術でも、媒介がないと発動できないんです」 「簡単ってどのくらい?」 「火球の魔術くらい、です」 がくっ、とクレアから力が抜けた。 「火球って、初歩の初歩じゃない! 魔術が下手な子供だって発動できるわよ!?」 「そ、そうですよね、やっぱり」 リオンの顔を見る限り、嘘を言ってはいないらしい。クレアはじっとリオンを見つめ、 「あなた、恥かく前に、帰った方がいいんじゃない? 今ならまだ間に合うわよ」 「そ、そういうわけにはいきません。どうしても軍部に入りたいんです!」 「どうして?」 「モテたいので!」 「うん、わかった、今すぐ帰りなさいバイバイさよなら」 「ひどくないですか!?」 「ひどいのは君の頭。初歩の初歩すら媒介なしに発動できないような子が、モテたいから軍部って。世も末よ」 「でも、軍部の人ってすごいんですよ! 魔物と戦って、国を守っているんです! そんなことができたら、すごいに決まってますよね!」 「そりゃ、軍部にいる人間なら生活も安定するし、モテるはモテるでしょうけど。でも、能力がなきゃ無意味でしょ」 「それはこれから!」 「スタートラインが違いすぎるわ」 ちょうど運ばれてきたサンドイッチを口にしながら、クレアは続ける。 「軍部にいる限り、戦闘技術は必須よ。酔っ払いすら相手にできないのに、魔物を倒したり、治安維持活動をしたりなんてできるの?」 「学びます! 僕、強くなりたいんです!」 「やる気だけは一人前ね……。まあ、やる気がないよりはいいかもしれないけど」 あきれるクレアに、リオンは問い掛ける。 「じゃあ、クレアさんは、どうして軍部を受験するんですか?」 「私? 少なくてもモテたいからではないわね」 「それはそうでしょうけど。だって、クレアさんって、純粋な魔術師ですよね?」 「まあ見ての通りね」 「魔術師なら、魔術学園とかで教導するほうが自然だと思いますけど」 「それもできると言えばできると思うんだけど、でも、軍部でないと特権がないからね」 「特権?」 クレアは頷き、 「国立図書館にね、禁書架ってのがあるの。技術的に危険なものが書かれた書物とか、それ自体が人間を襲ったりする半魔物状の書物とかを保管してある場所。そこは、戦闘力があると認められている軍関係者でなければ閲覧ができない」 「そんな危ない本を読みたいんですか?」 「研究のためにね。私、魔術の研究家だから。だから、軍部に入るのは手段ってことになるけど」 「すごいです! そんなに未来のビジョンがはっきりしてるなんて!」 「そ、そう?」 褒められて悪い気はしないのか、クレアは少しだけ得意そうだ。 「ま、それもお互い、入隊できたらの話よ。君が入隊できる可能性は限りなく低いとは思うけど」 「そんなぁ」 「事実でしょ」 笑い声が漏れるオープンテラス。 試験の時間は、間もなくだ。 |