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 喫茶から歩いていくばくか。
 視線の先に、古びた石造りの建物が見えてくる。築300年という伝統の教導隊舎だ。
「あれが、試験会場……」
「いよいよね」
 連れ立って試験会場を訪れたリオンとクレア。正門から校舎までの間は走り回れるほどの広場になっており、受験生がそこここで固まっている。隊舎の前には受付のテントがあり、受験生たちが列を成していた。
 二人が正門をくぐると、軍の制服を着た男が寄ってくる。
「君達も受験生?」
「え? あ、はい!」
「なら履歴書を受付に提出し、受験札を受け取って。試験はもうすぐだぞ」
「は、はい!」
 ぺこりと頭を下げた二人は、軍人が示したテントに向かう。
 受付には女性の軍人が座っていた。二人は鞄から履歴書を取りだし、女性に渡す。
「クレア・ウィルジーヌさんに、リオン・テイラーさんね。じゃあクレアさんは126番、リオンさんは127番。頑張ってね」
 手書きで番号が書かれた木札を受けとった二人は、それぞれの鞄にしまうと、前庭をうろつく。
 周囲にいるのは受験仲間であると同時、ライバルだ。
「みんな強そうですね」
「そりゃ軍部を受験するくらいだもの。ここにいるみんな、あなたよりは強いわよ」
「そ、そうでしょうか」
「そうでしょうよ。まあ、みんな受かるわけじゃないでしょうけど」
「全員合格することもあるかもしれませんよ。定員があるわけじゃないんですから」
「確かに定員はないけど、それは素質を持つ者は全員って意味。軍部に入隊できるだけの素質を示せなければ、結局のところ不合格だわ。全員が不合格になることだってありえないわけじゃない」
 理屈としてはその通り。試験官が示す合格ラインを突破できれば全員軍人になれるし、できなければなれない。明確なラインだ。
 そんなことを話していると、受付周辺にいた受験生たちがざわつくのが聞こえた。聞き耳を立てるまでもなく、周囲の声が聞こえてくる。
「おい、あれ、リベット家じゃねえか? たしか、アレン・リベットとかいったか」
「あの軽鎧の紋章、間違いねえだろ」
 見れば、受付に一人の女性が立っていた。凛としたたたずまい。背筋が伸びているのも相まって、育ちのよさが伺える。軽鎧に、腰には短剣を帯びていた。
「マジか……。リベット家って半分くらい軍人だろ」
「ああ。ま、あいつは合格するんだろうな」
「ちっ、枠が一個減っちまうじゃねえか」
「ああ。なにも今回受験しなくたっていいのになぁ……」
 どうも、彼女の受験を歓迎している雰囲気ではない。試験であるということを考えれば、無理のないことだろうが。
 とはいえ、リオンからすれば、彼女も、あるいは噂をしている彼らも、同じ道を目指す仲間ではある。そんな彼らに対し、どちらを悪く言う気にもなれなかった。
 やめさせようか、と思った時、ぐっ、と肩をつかまれた。振り返れば、クレアが立っていた。
「リオン君、やめときなさい。ああいう手合いに絡むとろくなことないわよ」
「それはそうかもしれませんけど、でも、悪口はよくないですし……」
「ほっときなさい。どうせ、他人の悪口ばかり言っているような連中が合格できる試験じゃないんだから」
「……」
「あなたも過去の試験を知っているなら、わかっているでしょう。教導隊の試験は、個人の能力を試される。それは魔術の資質であり、武術の能力であり、とっさの判断力でもある。他人を妬んでいる暇なんてありゃしないわ」
 噂をされているリベット家の淑女は、声が聞こえているだろうに、全く相手にすることもなく、堂々と前庭で時間を待つ。その態度に、リオンは何も言えなかった。
 そうして待っていると、校舎の方から一人の女性が出てきた。軍の制服に身を包んだ彼女は、ウサギのように小柄ではあったが、威圧感だけは人一倍感じられた。
「ようし、お前ら!! 準備はできているな!? あたしは今回の主試験官を勤める、リト・コーツだ!!」
 リトの張り上げる声に、びりびりと振動すら感じる。やはりというべきか、彼女は別格の強さを感じる。
 −−これが、軍部というものか。
 リオンの手が震える。彼女の持つ気配に圧倒されたわけではない。自分が進もうと思う世界、そこにいる彼女に、感動すら覚えたのだ。
 リトは受験生たちを見渡し、
「今回の試験内容はシンプルだ。このあたしを抜いて、隊舎内に入ること。それだけだ。ただし」
 ふと、リトは腰を低くし、構える。
「軍部にとって、防衛線を抜かれないというのは、基本であり最重要任務だ。あたしたちにとって、最前線に立ち、魔物を抜かせないというのは、とにかく何よりも優先される。なぜなら、それが軍の存在意義だからだ。軍部が抜かれれば、後ろにいるのは戦う力を持たない一般人だ。当然、魔物に蹂躙されることになる。そうさせないために、あたしたちがいる」
 にやりと、リトが笑う。
「要するに、あたしがこれからやるのは、お前たちが軍人になった時にやらなきゃいけないことってわけだ。あたしの姿を見習っておけよ。もっとも、最後まで意識が繋がっていれば、だけどな!!」
 リトの手が虚空を掴む。そこに、光が集う。
「行くぞ、幻装!! 【気まぐれな蛇の女王リープスネイク】!!」
「なっ!?」
 方々から驚きの声が上がる。無理もない。幻装−−魔力の物質化。それは魔物と戦うための奥義であり、殆ど一般人に近い受験生相手には過ぎた武器だ。
 だが、リトはいくつもの刃が連なった剣を手に、笑みを浮かべる。
「どうした? あたしがさっき言ったことをきちんと理解しているなら、驚くのはおかしいぞ? これは試験なんだからな!」
 吠えるリトに、クレアはそうか、とつぶやく。
「軍部の最重要任務……、どんな相手でも油断はしないってことね」
「たぶん、違うと思います」
 そう返したのは、リオンだった。
「きっと試験官は、教えてくれているんじゃないかなって」
「教える?」
「はい。軍部は、どんな状況でも逃げられません。後ろにいるのは戦う力のない一般人だからです。つまり、相手が自分より強い相手だからといって、逃げるわけにはいかないんです」
「っ!!」
「これは軍人になるための試験です。軍人になりたいなら、どんな相手でもなんとかすることが求められます。これは、そういう試験なんです」
 クレアは、そうか、と気づく。
 試験を舐めていたのは、よわっちい能力しかない少年ではない。自分だ。
 この少年は軍人に求められるものを自分なりに考えたうえ、なりふりすら構わずに用意してきたのだ。
「来ます!!」