リオンの声と同時、クレアも短杖を引き抜く。
「さあ、試験開始だ! 唸れ!! スネイク!!」
 ぶん、と剣を振るう。次の瞬間、試験官のすぐ近くにいた受験生が5人、はじき飛ばされた。
「なっ!?」
「スネイクを剣と見たか!? 甘いぞガキども!!」
 そう、それはすでに、剣とは呼べなかった。
 何十という刃が、きらきら輝く魔力によって繋がれている。多節剣−−鞭にも剣にもなる、万能の武器だ!
「そらッ! 次ィ!!」
 リトが剣を振るうと、それだけで武器を構えた受験生たちが弾かれる。峰打ちではあるようだが、あれほどの衝撃だ。無事では済まない。
「こっちにも!!」
「アローサル! スクトゥマ!!」
 慌ててクレアは障壁を作り出す。不可視の盾は、クレアとリオンを守り、剣を弾いた。
 リトは剣を引き戻し、次の瞬間には、自分を襲おうとしていた受験生を蹴り飛ばしていた。
 体術だけでも格が違う。これが、軍人というもの!
 動く隙が読めないでいると、一人、動く影があった。
 噂をされていた受験生−−リベット家の女だ。
「幻装! 【邪悪を喰らう月ルナブレイバー】!! 」
「ほう!」
 リトは嬉しそうに笑う。対するアレン・リベットは、表情を変えずに幻装を握り直す。
 アレンの幻装は、両手斧のようだった。長い柄の先に、満月のごとき刃がきらめいている。
 アレンは斧を担ぐと、
「せいっ!!」
「ふん!!」
 リトとアレン、二人の武器が激突し、火花を散らした。それだけでも、周囲の受験者を威圧するほどの迫力がある。
「受験生に幻装まで使う者がいるとはな! 今回は当たりだ!!」
「くっ!?」
 だが、同じ幻装を使っていても、練度まで同じとはいかないようだった。
 リトの方は、素早い動きと圧倒的広範囲を攻め抜く技により、アレンだけでなく、他の受験生すら牽制している。多対一だというに、受験生たちは攻め所がわからない。
 困惑しているのは、クレアも同様だった。
「ど、どうしよう……。このままじゃどうしようもないわ」
「駆け抜けましょう。それしかありません」
 一方で、リオンは冷静だった。リュックサックを置き、中から媒介となる魔石をいくつか取り出す。
「えっと、力を貸してください!」
 石で自分を囲み、祈りを捧げる。次の瞬間、
「ッ!?」
 ふわりと、風が巻いたような気さえした。
「あ、あれ?」
 リオンの体が淡く銀色に輝いている。単なる強化魔術には見られない、不思議な現象だ。
「リ、リオン? 何それ」
「わ、わかりません。こんなの初めてです」
「初めて……?」
「はい。単に強化魔術を使おうとしただけなんですけど、なんだか、体がとっても軽い……。これなら、行けます!」
 ぐっ、と軽く準備運動をしたリオンは、いきなり駆け出した。
「ッ!?」
 クレアですら驚くほどの加速力。だが、誰より驚いたのは、他でもない、入口を守るリト本人だった。
「なに!?」
 リトの意識すら置き去りにするほどの急加速。目の前に厄介な幻装持ちがいることもあいまって、リトの反応が半歩分だけ遅れる。その間に、リオンは三歩を駆け抜けていた。
 剣を引き戻すより早く、リトの横を駆け抜ける。隊舎内の絨毯に焦げ跡すら残しながら、リオンはゴールしていた。
「合格!」
 中にいた軍人が声をあげる。その瞬間、わっ、と受験生が湧いた。
「今!!」
 その隙を見逃すほど、アレン・リベットは甘くない。
 一瞬だけ室内に意識を取られたリトを攻める。対するリトも、すでに意識はアレンへと向いていた。
「ナメるなクソガキ!!」
 ぶん、と音を立てて剣が振るわれる。ガツンと響く衝撃。だが、アレンの斧は衝撃にもよく堪えた。
「はッ!」
 全身をバネにした、跳ね上がるような斬撃。その一撃でわずかな隙間を作ったアレンは、転がるようにして建物の中に飛び込む。
「合格っ!!」
 連続して出た合格者。その様子に、受験生たちは色めき、一方でリトはますます猛る。
「いい度胸だお前ら!!」
 伸びる剣。調子に乗っていた受験生のやる気を削ぐような、圧倒的な一撃。
 けれど、クレアはすでに、試験の攻略法を見破っていた。ゆえに、圧倒的な攻撃を前にしても、怯むことはなかった。
 リオンとアレンが示してくれた。クレアの攻撃は、確かに驚異的だ。だが、剣が伸びた直後だけは、わずかな隙がある。軍務であればチームで組むから、その隙は仲間が埋めるのであろう。だが、今回は一人きり。それがチャンス!
 クレアは腰のポーチから魔石を二つ取り出した。普段はこんなものがなくても魔術を展開できるが、今回は一瞬だけ、莫大な魔力が必要になる。
 石を左に、杖を右に。ぐっ、と足に力を込め、駆け出す。
「正面突破などさせんぞ!!」
 刃を振るうリト。その先端が自分に迫るのを見ながら、
「アローサル!! スクトゥマ!!」
 唱えながら、クレアは地を蹴った。
 飛び上がるクレアの下を剣が過ぎる。直後、跳ね上がった剣が、クレアの展開した盾と激突した。
「くッ……!!」
 踏ん張りの効かない空中では、衝撃そのままに弾かれ、高く飛び上がった。
「ここ!!」
 左手の魔石を感じながら、呪文を唱える。
「アローサル!! クラーワ!!」
 本来は衝撃波によって敵を弾く魔術。だが、踏ん張れない空中で、しかも常より高出力で放てば−−!
「ぐッ!!」
 自らを弾丸に変え、クレアは建物に突っ込んだ。扉を破壊しつつ三回バウンドし、壁に背中を叩きつけて、ようやく止まる。
「合格!!」
 その声を耳にしながら、クレアは意識を手放した。

☆ ★ ☆


 結局のところ、合格できたのは三人だけだった。
 クレアの無茶苦茶なスタイルに湧いた受験生たちではあったが、その先、リトが裏抜きを許すことはなく、というか手加減すらすることを忘れ、残る受験生たちは全力で蹂躙された。病院送りが34人、受付で手当を受けたのは残る全員だ。
 クレアが気がついたのは、日も暮れた後だった。
「あ、気づきました?」
 起き上がったクレアは、自分がベッドに寝かされていること、隣に少年が座っていることを認識し、顔を赤くする。
「あ、あれ、私、どうなったんだっけ?」
「試験ですよ試験。合格しましたよ、僕たち!」
「あ、そっか、軍部試験か……。そういえばリオン、あの強化魔術、すごいじゃない。どうやったのよ!」
「わ、わかりません! でも合格できました!」
「わかりませんって。正気?」
「そのはずなんですけど……」
 頼りない表情は、確かにリオンだ。だが、彼の様子を見る限り、何かおかしなところはない。
「まあ、合格は合格か。って、そういえばここは?」
「軍部の付属病院だそうです。僕は怪我なし、クレアさんも、大きな外傷はないそうなので、気がついたら退院していいですって」
「そっか。それで、私を待っていてくれたの?」
「はい。せっかく一緒に合格できましたし、それに、僕はクレアさんの正当防衛を証言しなきゃいけませんから!」
「ぷっ、何よそれ。もしかして、私まで狙ってるんじゃないでしょうね?」
「そ、そういうつもりじゃ!?」
「ふふっ、わかってるわよ。君、モテたいとか言うくせに、超奥手ね」
「うぅ……」
 顔を赤くする少年に、クレアは微笑を浮かべる。
「えっと。それより、これからは仲間ですね! よろしくお願いします! クレアさん」
「ふふっ。仲間なんだから、敬語はいらないわよ。リオン」
「は、はい……いえ、うん! よろしくね、クレア!」
 握手を交わす。
 リオン・テイラーとクレア・ウィルジーヌの試験は、こうして幕を閉じた。