教導隊の初日は、屋外訓練場で始まった。
 隊舎の裏手。小高い丘まで含めた全てが教導隊の敷地である。それらを総称して屋外訓練場と呼び、対魔物用の技術を習得することを目的としている。
 そんな訓練場、丘の上で仁王立ちしているのは、リオンたちの入隊試験を担当していたリト・コーツだ。一方で、リオンたちは丘の周囲を走らされている。
 初日の課題は、能力測定だった。身体能力や魔術的適応性などを試験し、どのような課題が必要か、見極めるものである。
 丘の周囲を走る長距離走の他、武器を持っての殺陣、試験官の攻撃をかわす瞬発力の試験などなど。10の項目をこなし、丘の上に集合と相成った。
「はぁ、はぁ……」
 丘の上に転がるリオン。体力的には普通の青年と変わらないだけに、これだけハードな訓練は初めてだった。
 見れば、自分の隣ではクレアが伸びている。彼女は外見通りの魔術師で、やはりというべきか、体力は全然なかった。瞬発力や柔軟性があるのはまだしもの救いだったか。
 一方で、倒れ込むような無様を見せない合格者が一人。アレン・リベットだ。
 軽く汗を拭っただけで倒れ込んだりしないのは、基礎体力の違いか。また、武器を使った模擬格闘では、リトと遜色ない腕前を見せていた。女性ではあるが、腕っ節はリオンなどよりよほど強そうだ。
 測定結果を記したシートを手に、リトはふむ、と唸る。
「リオン。お前は体力的には並だな。特に長距離が苦手と見える。まずは基礎体力をつけるところからだな。
 クレア、お前は同年代と比べても体力がない。リオン同様、走り込みから始めろ。
 アレン、お前は体力だけは立派なものだ。すでに現役軍務の平均と比べても見劣りはしない。ただ、いささか目標に集中しすぎるきらいがあるな。視野は広く持つといい」
 シートから顔をあげ、リトは倒れた二人を見やる。
「ほら、立て。まだ訓練は始まってすらいないんだぞ」
「は、はい」
 よろめきながらも立ち上がるリオン。一方、クレアはリオンに手を借り、ようよう立ち上がるレベル。
「あの、今回の合格者って、僕ら三人だけなんですよね?」
「その通りだ。よって、教育はまとめてあたしが担当する」
「でも、僕らとアレンさんじゃ、体力が違いすぎますけど、一緒に訓練できますか?」
「必ずしも一緒に訓練というわけではない。お互いの習熟度が異なることなど当たり前、それぞれが足りないものを習得するよう、あたしから課題を出していく。お前ら二人は体力をつけることから、ってわけだ」
「なるほど……」
「感心している場合じゃないぞ。お前たち二人は、もうひとつ、重要な訓練が残っているんだからな」
 そう言うと、リトは虚空に手を伸ばす。
「来い、【気まぐれな蛇の女王リープスネイク】!」
 どこからともなく光が集い、やがてそれは、一振りの剣を作り出す。
 刃が折り重なったような、特徴的な剣。試験の時にも使っていた多節剣だ。
「これはあたしの幻装だ。ではアレン、幻装とは何だ」
「魔術の一種です」
「うむ、間違いではない。確かにこれも魔術。一方で、普通の魔術とは決定的に違うところがある。それは何だ」
「詠唱を必要としない点です」
「正解だ。普通、魔術は長い詠唱を必要とする。それも当然で、魔術というのは、大気中に漂う魔力を集め、『用途』『範囲』『威力』『効果時間』などなど、細かい条件を詠唱によって制御しなければならないからだ。制御が細かいほど詠唱は長くなるが、一方で、魔物と戦おうという時に、敵はいちいち詠唱を待ってくれん。そのため、魔術で戦うのは現実的ではない」
「クレアは簡単に魔術を詠唱してますけど……」
「それは本人の資質もあろうが、杖のおかげだろう。特定の詠唱を道具にあらかじめ記載しておけば、制御の簡単な魔術は詠唱を短くすることができる。だが、それで引き起こせる現象はごく限定的な範囲だ。実戦向きではない」
「なるほど……」
「一方で幻装は、詠唱を必要としない。自分自身を詠唱の代わりとし、起動する特殊な魔術だ」
「自分自身が、詠唱の代わり?」
 うむ、とリトは頷き、
「お前も十何年と生きてれば、色々と経験するだろう。それらの経験、思い出、体に染み付いた癖、そういったものを詠唱の代わりとして魔力を制御する。そのため、幻装は人によってまったく違うものを具象化する。あたしはこの剣だが、アレン、お前は違うな?」
「はい」
 ふっ、とアレンの手に生まれたのは、大きな斧だ。
「見ての通り、あたしの剣とこいつの斧では性能も用途もまったく異なる。これはこいつとあたしの、生まれてからの経歴の違いであり、思想の違いだ。とはいえ、幻装は普通の武器よりも遥かに頑丈で、しかも強力だ。魔物との戦いでも必ず使う。そのため、お前たちは、幻装を習得することが最低限、必要ということになる」
「習得と言っても……」
「こればかりは教えてもらって習得するものじゃない。自分自身の過去、自分を形作る全て、それを鑑みることだな」
 自分自身を形作るもの。
 それは、何だろうか。

☆ ★ ☆


 夕刻。訓練も終わった後、リトのおごりで、親睦会が開かれることになった。アレンは出席を渋ったが、教官の誘いともなれば、断るわけにもいかない。
 結果、食堂の一角に陣取ることになった。軍部の食堂は教導隊に併設されており、100人が収容できるほどの広さを持つ。木柱や壁に染み込んだ色合いは、拭いきれない歴史を感じさせる。
 ちなみにここは、一般人も利用ができる。今も、どこかの作業員が食事をしていた。
 そんな食堂の片隅で、リオンたちは互いにエールを注いだグラスを持つ。
「では、乾杯!」
 グラスを重ね合わせる澄んだ音色が響く。
 一息に半分も飲み干したリトは、
「ふう。やはり酒がないと始まらんな!」
「教官の体格でお酒を飲んでいると、なんだか犯罪のように見えますね」
「いい度胸だなリオン・テイラー。頭の数を減らしてやろうか」
「ひとつしかありませんよ!?」
 はぁ、とため息ひとつ、リトは続ける。
「実際、あたしは昔から血の気が多くてな。軍部にゃ望んで入隊したが、周囲はあたしのことを子供と捉える奴も多かった。みんなボコってやったら二回目からは言わなくなったが」
 平然と、とんでもないことを言う。
 内心で冷や汗をかきながら、リオンは相槌を打つ。
「さて、これはまだ聞いていなかったと思うが、お前たちはなんで軍部に入隊した? リオン、お前は?」
「あ、はい。えっと、モテたくて……」
「ぷっ。馬鹿かお前。まあ、軍部で一線級になれば、引く手数多だ。高給取りだからな。では、クレア、お前は?」
「私は……、魔術の研究のために」
「研究? ああ、禁書架か」
「ご存知なんですか?」
「禁書を閲覧したくて軍部に入るという変人はたまにいる。まあ、目的はそれぞれだからな、あたしからは何も言わん。市民を守るのが生きがいなんて言われるよりは、よほど現実的だ。それで研究を進めて、新しい魔術を開発したやつもいるくらいだ」
「へえ。そんな人までいるんですか」
「うむ、ちなみにお前は何の研究をしているんだ?」
「あ、私は、『ブライトの最終詠唱ラストスペル』を」
「また古典的だなぁ」
「確かに主流魔術ではありませんけど、でも、ロマンがあるじゃないですか」
「クレア、ブライトのなんたらって?」
 話についていけないリオンが問い掛けると、クレアは笑顔で、
「『ブライトの最終詠唱ラストスペル』よ。300年前の大魔術師ブライト・フェルカが作り出したと言われる魔術。ブライトの遺した日記に効果と詠唱の一部が記載されていたんだけど、肝心な部分はページが足りないので省略、としか書かれていなくて、いまだに再現されていないの!」
「う、うん?」
 リトも補足するように、
「ブライト・フェルカといやあ、幻装を作り出した魔術師でもある。いくつもの新しい魔術を作り出しては、魔術の専門家に『この魔術の詠唱がわかるか!』って投げかけてくるような変人でな。とはいえ、ブライトの魔術はいずれも独創的で、詠唱を後から推察するのがとにかく難しかったそうだ」
「ラストスペルも、効果は記載されているのに、それを再現しようと詠唱を逆算すると、どうにも合わないの。かといって、あのブライト・フェルカが適当な術式を遺すはずもないってことで、成功例のない魔術でありながら術式スペルと呼ばれているのよ!」
「な、なんかよくわからないけど、凄い人だったんだ」
「そうよ、ブライトは凄いの! その魔術、絶対に再現してみせるわ!」
 ぐっ、と意気込むクレア。要するに、とリオンは胸の中でこぼす。
 ーー魔術オタク、かな?
「300年も前のカビ生えた魔術はそれくらいにして。アレン、お前は軍部で何をしたい」
「私は、リベット家として相応しい成果を出すだけです」
 そう答え、ぐいっとエールをあおる。
「リベット家……地方貴族か」
「地方貴族?」
「……王都は王家が直接統治をしているが、遠隔地まで統治するのは難しい。そこで、各地方を王家から統治するよう命じられている家というのがある。それが地方貴族だ。リベットはその一つだな」
「へえ。つまり、アレンさんてお嬢様なんですか?」
「どうなんだ。本人」
 水を向けられたアレンは、
「……そういうのはガラじゃないが」
「でも、そうなんですよね?」
「まあ、テーブルマナーだの社交ダンスだのはやらされたな。合わなくてやめてしまったが。私には武術が性にあっている」
「武術は御実家で?」
「ああ。いわゆるリベット流斧術だ」
「武勲で名を馳せたおかげで地方貴族に成り上がったリベット家だからこそ、流派などというものがあるのだな。普通の貴族ならば、そもそも剣なんて持ったことがないという人間の方が多いだろう」
「それは、まあ。リベット家では、最も力の強い者が家督を継ぐ、というのがならわしです」
「だからアレンさんて強いんですね」
「……この程度、ごまんといる」
「まあその通りだな」
 同意を示したのはリトだ。
「入隊したての人間に言うことじゃないが、軍部にはもっと手練れのやつなんざ、それこそごまんといる。あたしでも、ガチタイマンなら、まだ負けないだろう。超えたければ、相応の修羅場をくぐることだな」
「修羅場……」
「死にそうな体験を何回したかで決まる、とまでは言わんが、苦しい体験をしなきゃ成長などないさ。限界を超えたければ限界を作らんことだ。それが強くなる早道だろう」
 限界を、作らない。
 その言葉は、リオンの胸にも、強く響いていた。